第9話
波乱の土曜日、部活動に明け暮れた日曜日を終えた先にやって来る始まりの月曜日。
もはや生活のほとんど中心になっている部活動はともかく、週末から続いていた思わぬ出来事の連続。結城美咲との出会いから始まった数々の出来事は、僕の日常に大きな影響を与えた。部活で扱かれた疲れはそれなりに残っているのに、ダメ出しに土曜日の美咲の妹『しおり』の一件だ。僕は日曜日の部活こそいつものようにこなせはしたものの、家に着けばいつまでもいつまでもそのことが頭に残っていて、結局外が明るくなるまで寝付けなかった。
横になって目を閉じてるだけで疲れが取れると言う人がいるけど、あれは絶対に嘘だ。その証拠に午前中の授業はまるで頭に入ってこなかったし、今すぐにでも仮病を使って保健室のベッドで横になりたいと思っている。
「さて……来てはみたけど」
そんな心身共に疲れが残り気味の僕が、貴重な昼休みにお昼ご飯も食べず、一年生の教室の並ぶ一階に足を運んでいるのには理由がある。
「名指しで聞くのも変だしな……」
遠くからとある人物がいないか見回す。そう、僕が今探しているのは美咲の妹の結城『しおり』だ。僕の記憶が間違いでなければ、例の土曜日に彼女は並風中学の制服を着ていた。美咲のことを引っ叩いたり、恐ろしい剣幕で僕を睨んだりとそれどころではなかった。しかしよくよく考えれば、並風の女子の制服はこの地域じゃ珍しい黒のセーラー服だ。他に似ている中学もないから、同じ学校に在学しているとしか思えない。それとこれを踏まえると、美咲が金曜日に並風中学を訪れたのにも説明がつくのだ。
あの日美咲は妹が通っている学校を見に来ていたのではないだろうか。
直接本人に訊けばすんなり教えてくれそうなものだけど、学校にいる以上『しおり』が在学しているか確かめるのが先だ。
「二組も違うか……」
残すところは一組。やはり三年が一年の教室の前を彷徨いていると目立つのか、徐々に僕に注目が集まってきた気がする。美咲は一年にしか見えないとかほざいていたけど、それは大きな間違いだったようだ。
ここで問題が一つ。いざ一年の教室を覗きに来たはいいが、今は昼休み。僕がこうして自分の教室を離れているように、一年生も自分の教室を離れていても不思議じゃない。『しおり』もどこかに行っている可能性も容易に考えられるのだ。
「ひとまず三組を見てから考えるか」
「楠君何やってるの?」
「うわあっ!? な、七海さん!?」
声に反応して振り返る。というより声をかけられたことに身体がびくんと跳ね上がってしまった。後ろにいたのはまた意外な人物だった。
「な、なに? そんなに驚くことないじゃない」
「ごめん。ちょっと急だったからさ」
「ほんと? なにか悪いことでもしてた反応だったよ?」
「悪いことはしてない……はず」
覗きが悪いことかどうかはかなりグレーだが、僕の行動原理は美咲の問題をどうにかしたいって善意からなので決して悪いことではない。……あれ? これものすごく犯罪者の思考に近いような気がする。
「怪しいなあ……じゃあ楠君は何の用事があって一年生の教室まで来たの?」
「そ、それは……あ!」
訝しげな視線に耐えきれず顔を背けると、その先に『しおり』らしき人影を見つけた。
「ちょ、ちょっとごめん!」
「え!? 楠君!?」
七海さんを押し退けて『しおり』らしき生徒をお追いかける。後ろから『話はまだ終わってないよー!』とか『廊下は走っちゃ駄目なんだよー!』と七海さんが追いかけているみたいだが、生憎今はそれどころではない。
「こらー! とまれー! このノンデリ男〜!」
「……」
気のせい気のせい。七海さんはそんなこと言わない。
先生に見つかるリスクを冒して追いかけはしたが、二階の踊り場で完全に見失ってしまった。
「くそ……確かにこっちに来たはずなんだけど」
「ねえ、何か事情があるなら聞くよ?」
「あれぇ!? 七海さん!?」
息つく間もなく七海さんが隣に並んでいた。僕結構飛ばして走ったはずなんだけど……意外と運動神経いいんだな。息一つ切れていない。
「……ほら、私にできることなら協力できるかもしれないし」
「うーん……でもなあ」
「いいから。教えて」
前に酷いことをしてしまった手前、強く断れない。
「実は人を探してるんだ」
「名前は?」
「えっと……それはまだ言えない」
「じゃあ後でならちゃんと教えてくれる?」
「七海さんが知りたいなら教えるけど、知ったところで得にならないぞ? 決して面白い話でもないし」
「いいの。損得とか面白い面白くないじゃないの。私が知りたいの」
「わかったよ」
「約束だからね」
この件に関して七海さんは全くの無関係なんだけど、言葉尻には何か強い意志を感じた。
「ところで七海さんはどうして一年の教室に?」
廊下で見かけるのも滅多にないレアキャラ中のレアキャラなのに。
「今週の環境委員の予定を伝えに来たの。普通は委員長に任せるのにおかしいよね」
「あれ? 委員長って誰だっけ?」
「平山さん」
「あー。なるほど」
あいつ冗談抜きで典型的なサボり魔なんじゃないか?
「まあ、そのおかげで楠君の役にも立てそうなんだけどね」
「何か良い方法でもあるの?」
「ふふっ。楠君、今から私のお仕事を手伝いなさい」
「僕が手伝える範囲でなら」
「ほら、これ持って。一緒に一年生のクラス回ろ」
「これなに?」
「私のジャージ。次体育なの」
ちょっと待った。サラッと渡してきたけど、女子が男子に衣服を預けるって普通のことなのか? こういった状況に慣れてないから基準がわからない。
「七海さんの荷物持ちをするのに一体なんの意味が?」
「その方が手伝ってる雰囲気出ない?」
「持ってるのがジャージじゃイマイチ伝わらないと思う。
委員会活動の手伝いってよりお嬢様と使い人みたいだ。「お嬢様、お着替えをお持ちしました」て感じの。七海さんがどういう家庭環境かは知らないけど、僕が知る本物のお姫様は使い人は連れてなかった。かくいう七海さんも育ちは良さそう。
「仕事といっても予定を伝えるだけだから、そんなものだよ」
「そんなものかなあ?」
「細かい事気にしない。昼休み終わっちゃうよ? 早く行こ」
階段を降りていく七海さんの後をついていく。先週の委員会の時は今後口も利いてもらえないんじゃないかと思っていたけど、向こうから僕に声をかけてくれたあたり、仲直りというか、これから活動を通じて親交を深めていけるのかなと素直に嬉しく思った。
「あ、そうだ陽也君」
「どうかした?」
「さっき私を置いて廊下を走ったこと、先生に言っておくからね」
「え〜。七海さんも走ってたじゃないか」
「つべこべ言わない」
「だって本当のことじゃないか」
「へ〜。前に私に話しかけたのは簡単に忘れられるのに、そんな細かいことは無駄に気にするんだ」
「あ、あの七海さん。その細かいことを先生に報告するのは時間が勿体ないんじゃない?」
「なに? ノンデリ君」
「その……すみませんでした」
前途多難とはまさにこのこと。百パー僕が悪いんだけど、七海さんまだ根に持ってるなあ
……。




