第8話 映画館の独特な雰囲気
映画館で映画を観るのは人生で三度目だけど、始まる前の独特の雰囲気には心地の良い緊張感を覚える。
映画が始まればそんなものはスッパリ忘れて作品に没入してしまうのだから、作品を作っている人達は本当にすごいと思う。
七海さんに事前に教えてもらった通り、上映されている作品は高校を舞台にした恋愛ストーリーだった。
主人公の女の子が昔住んでいた街に戻ってくるところから物語はスタートするのだが、かつて両思いだった男の子と再会するのだ。
女の子は当時のことをしっかり覚えているのだけど、男の子の方は全然女の子のことを覚えていなくて、これがまた観客をヤキモキさせる。
苗字が変わっているとはいえ、両思いだった相手をそんな簡単に忘れられるものなのだろうか?
どうにも僕はこの男の子に対しては良いイメージを終始持てないでいた。そのうえ男の子の方は他に親密な女の子がいて、ほぼ彼氏彼女のような関係を築いているのだ。
僕としては両思いの女の子がいるのにありえないと思ってばかりだ。
物語は主人公の女の子目線で進んでいくのだが、陰ながら男の子のことを支えたり相談に乗ってあげたりと、正体を明かせないままひたすら献身的な行動が目立つ。
すぐに正体を明かせば良いのにと僕は思っていたのだが、明かしてしまったら今の関係を壊すことになると健気なことを言うのだ。
そんな状態のまま物語は終盤まで進んでいき、最後の最後で主人公の正体がバレてしまう。
意を決して全てを主人公に打ち明けるのだが、結局男の子が最後に選んだのは今仲良くしている女の子だった。
主人公の独白が入り、男の子のためじゃなくて自分が傷つくのが怖かったと自責の念が強く描写されていた。
『想い続けることはもう許されないけど、やっと前に進める』
どこかすっきりした表情の主人公が映り物語は終わり。
僕としてはあまりスッキリしない終わり方で終始モヤモヤしっぱなしだったのだが、主役の女優さんの演技は目を張るものがあった。
伝えたいけど伝えられない葛藤や、最後に男の子に気持ちを伝えるシーンなど、切なさや憂いが混ざり合った演技が印象に残った。
個人的にストーリーにはちょっと物申したい部分もあるけれど、演技をする人達の本気がわかった。それだけでも観に来てよかったと思う。
物語はこれで終わりだけど、主人公の女の子にはこれから先幸せになってほしいと思ってしまった。
架空のお話なのにもどかしさや主人公の今後のことを考えさせらりたりと、そうなった時点で僕はもうこの作品にのめり込んでしまったと言っていいだろう。
そしてここまで登場人物に感情移入させられたのなら、僕は役者さん達の演技にまんまと魅せられた。
恋愛もののお話はほとんど観ないのだけど、こういうのもあるんだと知れてよかった。
館内に明かりが灯り、アナウンスが上映時間の終わりを告げる。
物語の世界から現実に引き戻されたのは僕だけじゃないみたいで、他の来場者は大きく息を吐いたり背伸びをしたりと様々だ。女性客が多いからなのか、泣いている人がちらほら目立つ。あまりジロジロ見ていいものではないので視線を一旦落とす。
上映前に買ったポップコーンがほとんど減っていないのに今更気づく。
それほど映画に没頭していた。
このままポップコーンを抱えたままモール内を歩くわけにはいかないので、一度に数粒つかんで口に放り込む。サクッとした軽い食感と、控えめなバターの風味と塩味が程よくコーラと合う。コーラの方は氷が溶け切ってしまって味も炭酸も薄くなっているのが少し残念。だがしかし、喉の渇きを潤すならこのぐらいの方が丁度いい。
ゾロゾロと会場を後にする人達がいるが、ポップコーンが残ってる以上中々動けない。食後のデザートのつもりで買ったのに、困ったことに値段の割に結構ボリュームがある。食べても中々底が見えてこない。
「……」
隣にいるはずの七海さんの方を見られないのは、他の女性客同様に泣いているのではないかという懸念があるからだ。ポップコーンで気まずさを誤魔化してはいるが、いつまでも館内にいるわけにもいかないのでどうしたものか……。
いつも僕の相談に乗ってくれる優しい七海さんのことだ。多分今回の報われない主人公には僕以上に感情移入していて、自分のことのように悲しんでいるのだと思うと居た堪れない。
このまま黙って気付かないフリを決め込むのが優しさなのか、気にかけて声をかけてあげるのが優しさなのか、はたまた違う選択肢があるのか……。
どの行動を取っても優しさや気遣いなのかもしれないけど、ノンデリカシーに繋がる危険性も秘めている。
こういう時どうするのが正解なのか、僕の乏しい人生経験じゃ答えを導き出せない。
「私もポップコーンもらうね」
「あ、うん……」
フラットな調子で七海さんがポップコーンを掴んでいく。
僕の葛藤なぞ一瞬で消し飛ぶあっけらかんとした様子だ。
「どしたの?」
「いや……案外平気そうだなって」
「うん? なにが?」
キョトンと首を傾げて七海さんがポップコーンを口に入れる。サクサクパクパク。
七海さんが涙で目をいっぱいにして、喋ることも立ち上がることも出来ずにいたらどうしようと心配していたがとんだ空回りだ。
「その、七海さんって涙脆いと勝手に思ってたからさ。もしかしてもう何回か観た?」
「ううん。今日が初めてだよ?」
「そ、そう……」
ケロッとした表情でまたポップコーンを掴む七海さん。
あれ……もしかして僕の方が夢中になってた感じ?
「キャラメル味にしとけばよかったね」
塩バター味のポップコーンはあまりお気に召されなかったようだ。




