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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第6話 泉谷と葵空

  図書室はシャープペンがノートを走る音しか聞こえない。あまりに静かで、勉強中なのであればこれが理想の形なんだけど、集中しているかと訊かれたら僕は頷ける自信がまるでない。

 放課後の静かな図書室でひたすらに勉強に打ち込む。受験生としては実に模範的な生徒の姿であるのは間違いないのだが、七海ななみさんと昨日の話の続きをしたくてずっとうずうずしている。


 古い本の匂いが充満している。図書室特有の匂いだ。

 七海さんの方をチラリと盗見る。参考書と睨めっこしている真剣な姿にちょっと申し訳なく思う。

 水色のグリップのシャープペンが、カリカリと軽快けいかいに音を立てながら綺麗な文字でノートを埋め尽くしていく。時折参考書の前のページを開いたり、髪をわけたりする七海さんの指につい目がいきがちだ。

 女の子が黙々と勉強しているだけだってのに、なんだか目が離せない。


くすのき君は高校どこ受けるの?」

「〜〜っ!? 高校!?」


 予期せぬタイミングで声をかけられて心臓が跳ね上がる。


「どうしたの? 私なにかした?」

「いや……その……っ」


 七海さんが勉強してる姿を眺めるのに夢中でした。なんて言えるはずがない。最初から全部気づかれていたとしたら恥ずかし過ぎて死にそうだ……。


「あ! もしかして居眠りしてた? いけないんだー」

「寝てないから! ちゃんと勉強してたから!」

「本当かな〜?」

「本当! 絶対本当!」


 実際は居眠りよりもずっと恥ずかしいことをしていたんだけど。


「……」

「な、なに?」


 七海さんが僕のノートをじっと見つめている。

 頭に入っているかはさておき、ノートはそれなりに書いていたから勉強してないとは思われないはず。


「楠君ってちょっと癖字があるんだね」

「え? どこ?」

「ほらここ、ここも。急いで書くとちょっと丸くなっちゃうみたいだから、見る人によっては違う字に見えちゃうかもね」

「言われてみれば……ありがとう、全然気づかなかったよ」

「どういたしまして」


 あれだけ毎日勉強してもいても、こういう細かい部分は自分では気づかないもんなんだな。

 先生達も教えてくれればいいのにと思うけど、今の時期は忙しいらしいからそこまで気が回らないのかもしれない。


「話を戻すけど、楠君はどこの高校受けるの?」

「僕は泉谷いずみたに受けるよ。通学時間もそんなに変わらないし」


 進路希望調査も既に提出済みだ。あと数回調査が入るけど、僕の希望は変わらないだろう。


「やっぱうちの中学はみんな泉谷志望だよね」

「七海さんは違うの?」

「うん。私は葵風あおいかぜ受けるつもり」

「葵風……葵風って確か近くじゃなかったような……」

「そうだね。受かったら電車通学かな」


 僕の記憶が正しければ偏差値も泉谷より結構上だ。就職組と進学組半々に分かれる泉谷と違い、葵風はほとんどが卒業後大学に進む。

 僕の成績があと一歩……いや、あと二、三歩伸びれば受けられなくもないけど現状は厳しい。最近は勉強時間の割に成績が伸び悩んでる気がするし……。


「毎日電車通学って大変じゃない? トラブルがあったら時間の融通効かないし、朝は絶対混むだろうし」

「うーん……そこが問題なんだよね……」

「例えばさ、通学でかかる時間を自主勉強に充てたら学力の差はある程度埋められるんじゃないかな? 泉谷だって大学に進む人結構いるし、将来の道はそこまで狭まらないと思うんだよ。あくまで僕の考えだけど……」

「泉谷かあ」


 つらつらと並べていく自分に正直驚いている。

 あれこれ続けて言葉が出てきたけど、ほとんど歯止めが効かなかった。

 七海さんを不快にさせていないだろうか……人の進路にあれこれ言うのって普通にタブーだと思うんだよ。僕だったら絶対いい気分はしない。実際に麻央にも怒られたし。


 なんで言っちゃったかな僕……。


「どうしても葵空じゃないとダメな理由ってあるの?」


 また言ってしまった。

 昨日といい今日といい、どうにも僕の中のストッパーが機能していない。


「楠君は私に葵空に通ってほしくないの? 泉谷受けてほしいの?」

「あ、いや! 通ってほしくないとは……なくもないけど……」


 泉谷を受けてほしいと思ってなくもない……。

 さっきは勝手に出てきたくせに、今度は言葉を詰まらせて何がしたいんだ僕は。


「もー! はっきり言ってほしいんだけどなぁ」

「ごめん……」

「謝ってなんて言ってない」

「うぅ……」


 七海さんが怒るのも当然だ。進路に口出しされた挙句、こんなはっきりとしない受け答えをされたら。


「あのね、私が葵空を受けるのは演劇部があるからなんだ」

「え、演劇?」


 想定外の単語が出てきて頭がポカンとなる。

 てっきり将来のためにより偏差値の高いとこなのかと思っていたけど、七海さんが部活で高校を選んでいるとは思わなかった。それも演劇部とは意外過ぎる。


「うん。私ドラマや舞台観るのが好きなんだけど、自分も演じる側になってみたいなって最近思うようになったんだよね」

「演じる側か……僕もドラマはたまに観るけど、演じる側のことは考えもしなかったな」


 普通に考えてみればそうだ。作品に夢中で中身にばかり注目していたけど、出演している人達はみんなその役を演じているのだ。役とは別の本来の自分があって、作品によって全然違う役になりきっているのだ。

 今まで深く考えないで観ていたけど、改めて考えると出演してる人達ってめちゃくちゃすごいな……。


「演劇部は葵空にしかないんだよ。あ、内緒だよこの話。他の人に知られたくないから」

「もちろん誰にも言わないよ」


 七海さんに頼まれたとしても言わない。

 あれ……今の口振りだと七海さんの志望校知ってるのは生徒じゃ僕だけ?


「でも泉谷で新しく演劇部を作ったら、それはそれで青春って感じもするよね」

「部活を新しく作るか……なるほど」


 七海さんと僕と、あとは麻央。五人いれば部として承認されるんだっけ? 

 ……て何考えてんだ僕は。


「あとは楠君も葵空受けるのはどうかな?」

「え? 僕が? 絶対無理だって」

「今度は逆に私から訊かせてもらうけど、楠君は泉谷で何かやりたいことあるの?」

「僕は……高校で何したいかまだ決めてない。探してるとこ」

「通学はちょっと大変かもしれないけど、葵空の方が将来の選択肢は広がると思うよ? それに楠君が一緒だと電車通学でも安心できるかな」

「それはボディガード的な?」

「楠君は他の役目もほしい?」

「え……」


 他の役目って……?


「私は楠君と葵空に通えたら毎日楽しいと思う」

「で、でも! 僕の成績じゃちょっと……いやかなり厳しいよ」


 実際泉谷を落ちないために必死に勉強してるし。


「じゃあ私が勉強を教えるのはどうだろう? 葵空を受ける受けないかは別として」

「それだと七海さんが割に合わないだろ」

「そんなことないよ。人に教えるのって結構自分のためにもなるんだよ?」

「うーん……」

「はあ……ノンデリのくせに変なとこで気を使うんだね。じゃあいいよ、演劇部に一緒に入ってもらうから」

「それならまあ……ん!?」

「はい決まりね」


 え? 演劇部に入ってもらうって、僕が泉谷を受けたらどうなるんだ? 

 僕が葵空受けるの確定? それとも僕が泉谷を受けたら七海さんも受けるってこと?


「……そういえば小鳥遊さんは泉谷?」

「まあね。学力も僕より少し上なだけだし」

「幼馴染だもんね〜。みんなもう当たり前になってるけど、始めて知った時は驚いたなあ」

「中々言い出す機会もなかったし」


 ずっと疎遠だったし。


「最近はずっと一緒に帰ってるんだっけ?」

「家も隣同士だからね。」

「ふーん…………」


 七海さんはペンを置いて頬杖をついた。


「小鳥遊さん最近遠慮がないっていうか、人の目を気にしないっていうか……彼氏彼女でも言わないようなことたまに言うよね」

「あーあれか。あれは麻央の新技なんだよ」

「新技?」


 なんだろう? 

 七海さんの声のトーンがさっきから低い気がする。麻央の話になってからは特に。


「麻央って普段毒舌ばかりでさ、僕はもう言われ慣れてるんだよ。それを面白く思わない麻央が動揺させるためだけに言ってるんだ」

「私には百パーセント本心にしか思えないけど?」

「それはない。演技みたいなものだよ」


 言い終える前に失言だと気づいた。


「それは絶対に違うから。楠君は本物の演技が全然わかってない。なんでわからないかなあ……」

「いやいや! それこそ間違いだって! だって相手はあの麻央だよ? 本心で『らぶらぶしよ』とか『結婚しよ』なんて言うはずがない。僕は幼馴染だから麻央が本心じゃないのは誰よりわかってる」

「幼馴染だから一番わかってるとか、固い絆で結ばれてるとか今全然関係ないから!」

「え……だって麻央の話じゃ」

 前髪で表情は見えにくいけど、七海さんから凄まじい負のオーラが立ち上っている気がする。


「らぶらぶ? 結婚? 楠君は演技をバカにし過ぎ! 許せない!」

「バカにはしてない……けど、誤解させてしまったなら謝る」

「……こうなったら私が楠君に本物の演技を教えてあげる。謝るのはその後にして」


『負けないんだから』『絶対許さない』そう呟きながら七海さんは小さく握りこぶしを作った。

 放課後の穏やかな時間が僕の失言のせいで一転、緊迫した戦場のような空気になってしまった。

 これはなんとしても誤解を解かなければ……。

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