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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第4話 将来

 スマートフォンの液晶に映るトーク画面をぼんやりと眺める。

 今日の授業の半分以上を消化して、昼休みもそろそろ終わりだというのに、朝からまるで頭が回っていない。週末でガス欠気味なのを差し引いても僕のコンディションはすこぶる悪い。理由は明白だ。

 昨晩の麻央まおの甘ったるい口撃こうげき寝相ねぞうの悪さで一睡もできなかったのが原因だ。

 一人の人間から精神的にも肉体的にもここまでダメージを受けるのもそうないだろう。


 麻央は悪口慣れしている僕に対して甘ったるい接し方をしてきたのだけど、これが狙いなら効果は絶大だ。

 毒舌の新たな境地と言ってもいい。嘘と分かっていても実行するのが麻央となれば破壊力は計り知れない。

 僕がいくら理論武装しても精神をじんわりと甘く溶かしていくのだ。


 しかし昨夜の僕は結婚云々の話をされる直前まで寝息をかいていた。

 正直なところ、あれが現実だったのか記憶が曖昧なままだ。

 麻央が抱きついてきたとこから夢なのか、全部夢なのか、それとも現実なのか……。

 確かめようにも気まずくて出来やしない。おかげで今日の登校時間は僕だけ変に緊張しっぱなしだった。


 なんにせよ今日の僕は授業に励む集中力など微塵も残されていない。


「休みねえ……」


 トーク画面に打ち込んでいた文章を打って消してを長々繰り返している。

 そこまで気を遣わなきゃいけない相手ではないんだけど、もっと良い返しがあるのではと考えが過り、貴重な昼休みを無駄にしている。

 相手は僕にとって少し特別な友人の結城美咲ゆうきみさき

『冬休み何して過ごすの?』美咲からしたら何気ない質問のつもりなんだろうけど、ここで『勉強』と淡白たんぱくに答えるのは少し違う気がした。

 そりゃ勉強なんだけど、もう少しだけ会話が続くような返しをしたい。


「やっほくすのきクン、今日は随分と調子悪そうだね」


 後ろから声をかけてきたのは同じクラスの野上真斗のがみまさと。一年からずっと同じクラスの友人だ。


「うん。もう午後の授業は保健室で過ごしたい。ふぁ〜……」

「こりゃまた随分と大きな欠伸しちゃって。勉強?」

「まあ……頑張りすぎて悪いのが出てきたっていうか、呼び覚ませてしまったというか」

「ゲーム?」

「違う違う。ゲームのボスなんか目じゃない強さだったよ」

「うん?」


 首を傾げる野上君。そりゃ頭からクエッションマークの一つや二つ出てくるだろうけど、原因が麻央だと知ればすぐに納得してくれるだろう。

 その傍若無人ぼうじゃくぶじんさから魔王まおうと呼ぶに相応しい。麻央はボスじゃなくてラスボスがピッタリだ。


「そうだ。野上君に訊きたいんだけど、将来何したいか決めてる?」


 確か野上君も泉谷を受けるはずだ。その先の進路を参考にしたい。


「陸上は大学まで続けるとして、スポーツに関わる仕事に就きたいかな」

「やっぱり選手? オリンピック?」

「うーん……どうだろ? ボクより実力も才能もある選手はたくさんいるからね」

「怪我の後遺症がなければ選手目指した?」

「後遺症どうこうじゃないんだ。ボクの実力じゃ怪我がなくても選手としていつか限界が来るよ。むしろ中学で怪我をしたから高校は選手として復帰しようと思えるのかもね。打ちのめされるためにさ」

「でもうちの陸上部って県でもかなりの強豪校だろ? 補欠だった僕と違って野上君は一年から大会にも出てたじゃないか。今は負けてても大学でいくらでも追い越せるだろ」

「勿論。リハビリ頑張ってる以上は復帰したらがむしゃらに打ち込むさ。少し話は変わるけど、楠君はうちの女子エースのことは知ってる?」

「女子のエース? 知らない」


 同学年女子の名前ぐらいならわかるけど、陸上部の女子のことまでは詳しく知らない。

 決意表明で壇上に上がっているのを何度も見てるはずなのに、誰がエースだとか誰がどの競技に出ているのかさっぱりだ。


 野上君とは部活終わりに一緒に帰ることが多かったけど、今思うと部活の話はほとんどしていなかったな。


「まあ学年が違えば仕方ないか。実を言うとさ、今年の春に同じ地区に全国区の選手が転校してきたんだよね」

「へー。強力なライバルじゃん」

「そこまで拮抗きっこうしてれば良かったんだけどねえ……その選手がこれがもう凄くてさ、中一で全国二位になるレベルなんだよ」

「マジ!? 全国二位って将来日本代表じゃん」

「今年の夏の大会でその選手が出てきたんだけど、うちのエースが一秒近く差を付けられたんだ。うちのエースも一年から県の強化選手に選ばれてるんだけど、流石に世界が違ったよね」

「全国二位と県の代表だもんな……」


 陸上の一秒がいかに大きいかは僕でも知ってる。将来日本を背負う選手と県の代表とではこうも違う。


「それを目の当たりにしちゃったらさ、ボクも結構キちゃってさ」

「せっかく選手として復帰するのに今から弱気でどうするんだよ」

「わかってるけどさ……いつかは手放さなきゃいけないとは思ったよ」


 そう呟く野上君は部活中に時折見せる顔をしていた。

 悲しみや悔しさとは違う、どこか寂しさを含んでいるのにずっと先を見据えているような……。


「それと選手以外にも道はあるって最近思うようになったんだよ」

「たとえば?」

「ボクがお世話になってるリハビリトレーナーがすごく良い人なんだよね。その人見てたら、将来はボクみたいに怪我で悩んでる選手を助けられたらって思ったんだ」


 言い終えると野上君は水筒の水を呷った。

 怪我で悩んでいた野上君だからこそ選手に寄り添える。僕はリハビリトレーナーのお仕事は全然知らないけど、野上君にすごくピッタリだと思った。


 僕が思っていた以上に、野上君は先のことまでしっかりと考えている。

 もしかすると引退前からずっと考えていたのかもしれない。


「でもたくさん勉強しないとなんだよな〜高校行ったら頑張らないと……」

「選手としても活躍しないといけないから大変だな」

「なに他人事みたいに言ってんだよ。楠君も野球続けるんだろ?」

「ううん。僕は中学でおしまい」

「え? なんで? せっかく頑張ってたのに勿体無い」


 これは引退前からずっと決めていたことだ。


「他のことに目を向けようと思うんだ」

「へー。やっぱ将来に向けて? 何かやりたいことあるの?」

「いや、それはまだ決まってないけど……」


 はっきりと将来を思い描いている野上君と違って何も決まっていないのが恥ずかしい。


「まあまずは受験だしね。進展あったら教えてよ」


 野上君が言い終えたところでタイミングよくチャイムが鳴る。

 まだ先のことではあるけど、焦る気持ちが出てしまうのが否めない。急ぐ必要はないけれど、真剣に将来を考えていかなければと気持ちを入れ直した。

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