第3話 どしたの? 結婚する?
「ねみぃ……」
「やっぱ今からでも僕帰るよ」
「ご飯も食べてお風呂にも入ったのに今更何言ってんの? 明日も学校だし早く寝よ」
「なあ、本当にこれでいいのか? これっていいの? 麻央は少しもこの状況を疑わないの?」
「全然。だってハルだし。それより眠いから早く寝たい」
「麻央、幼馴染言うけど、僕達もう半年後には高校生——」
僕の声をを遮るように部屋の電気が消される。モゾモゾと布団が擦れ合う音がする。
電気を消した張本人はこれ以上やり取りをする気はさらさらないようだ。
「床で寝るのはやめてね。ママに怒られるのはわたしなんだから」
「うん……」
「おやすみ」
これまでの経緯を整理すると、僕は麻央の家でいつもみたいに夕ご飯をご馳走になった。
麻央のご両親に進路の話だとか最近の学校での麻央の様子だとか、受験勉強どうのこうのと会話に花が咲いてしまい、小鳥遊家総出で引き止められて泊まることになってしまった。
着替えや明日の準備は家から持ってきたからいいとして、問題は麻央の部屋で一緒に寝なければならないということ
。
当の本人が僕を全く警戒していないのは良いのか悪いのかはこの際どうでもいいが、世間一般で考えたらこの状況は異常である。
麻央のご両親の中で僕は昔のままなんだろうけど、子供の感覚でいられない部分も当然ある。
幼馴染とはいえ、地区内でも可愛いと有名な麻央と同じ部屋で寝るだなんて、はっきりいってこれは事件だ。
僕が二年分成長したように、麻央だって二年分大人に近付いているはずなのだ。
「ハルぅ、早く来てよ。うるさくて眠れない」
「何も言ってないだろ」
小声で言い返す。
「行動がうるさい」
「あのさ、僕は麻央の身を案じてそっちに行くの躊躇ってんの。気遣いだよ? 気遣い」
「睡眠時間減るから早くして」
「この……」
人の気遣いや気苦労も知らずによくもまあ好き勝手言ってくれる。
「わかったよ。行けばいいんだろ! 行けば!」
僕は何度も抵抗したし躊躇いもした。
麻央があれこれ騒いでもそれは僕の責任じゃない! 意を決してベッドに横になる。
「よ」
「……なんでこっち向いてんだよ」
しかもこれっぽっちも眠そうじゃない。
「話したいことあったから」
「あっそ」
「こっち向いて」
「会話が成立すればいいだろ」
「やだ。ハル誤魔化しそうだし」
「僕の信頼どんだけ薄いんだよ」
「裏切り者だし」
「……それは本当にごめん」
そこを掘り返されると従うしかなくなるんだよなぁ……。
仕方なく麻央と向き合い応じる。
「ハルは高校どこ受けんの?」
「泉谷。てか前も言わなかったっけ?」
「した。でも念の為」
麻央の声音が真剣さを物語っている。
まさかこれを訊くためだけに僕を泊めたのか?
「僕の学力じゃ他に選択肢ないから変えようがないよ。麻央も泉谷受けるんだろ?」
「うん」
麻央は僕よりわずかに成績が上。受ける学校のレベルとしてもなんら問題はない。
順調に行けば春から二人揃って登校できるはずなんだけど……。
「……麻央はそれでいいのか?」
「何が?」
「受ける高校だよ。麻央は僕より成績良いし、ちゃんと勉強すればもっと良い高校受けられるんじゃないのか?」
「イヤ。他のとこなんてどうでもいい」
表情に大きな変化はなくとも、麻央の言葉に強い意志が込められているのは十二分に伝わってくる。
だからこそこれでいいのかと不安になる。
「将来のことなんだから慎重に考えた方がいいと思うぞ?」
「でもハルは泉谷にしかいない」
「麻央……」
「ハルはわたしが同じ学校だとイヤなの?」
「イヤじゃない。でもそれだと麻央のためにならない気がするんだよ」
この考えは麻央の将来を狭めている気がする。
僕は麻央の幼馴染だ。枷にはなりたくない。
「いいの。わたしとハルはずっと一緒だった。それが当たり前でこれから先もずっとそうなの。パパとママもそう言ってる」
「そ、そんなのおじさん達の昔からの口癖だって」
「いい。こんな話したくない。もういい……!」
「な……なんだよ急に!」
僕の肩を叩くと麻央は寝返りを打ってしまう。
「……好きにしろ」
麻央がこうなってしまったのは間違いなく僕のせいなんだ。
僕が無意識に麻央を避けるようになったから二年も疎遠になった。
僕の弱さが招いた行いが麻央を傷つけてしまった。だから麻央は同じようなことになるのを恐れているのだろう。
だけど今と昔は違う。
お互いに気持ちをぶつけ合って乗り越えたのなら、違う学校になっても何かが壊れたりしないと僕は思う。
「学校違くてもいつでも会えるだろ。隣なんだからさ」
「……」
返事はない。不貞腐れて眠ってしまったようだ。
喧嘩なんかするつもりはないのに、昔のことがきっかけで波風が立ってしまう。
これ以上語りかけても意味はないし、僕も瞼が重くなってきたのでこのまま身を委ねることにする。
明日には麻央の機嫌が直っていますようにと心の中で呟きながら。
******
「ハル……」
「……んぅ?」
眠りに落ちかけていたとこで柔らかい何かが触れて目が覚めた。
「ハルハル」
「……麻央?」
「さっき将来のこと考えてるか訊いたよね?」
「んぁ? 訊いたけど」
半分寝ている頭で考えながら麻央に応える。
暖かい何かに包まれて身動きが取りづらい。麻央がまた何か悪ふざけしてんのか?
……あれ?
この感覚ってもしかして。
「じゃあ……わたしと結婚するとこ想像できる?」
「…………えぇっ!?」
一つ目の驚きは僕を眠りの世界から強制的に叩き起こし、
「ねえ、想像して。ちゃんと考えて」
「〜〜っ!?」
二つ目は僕から文字通り言葉を奪う。
これまで何度も麻央と身体がぶつかったり接触したりしたのはあった。時には近すぎたり長い時間だったしたけど、それは制服や部屋着のパーカーがほとんどだったのだ。寝巻きという無防備な格好となれば、よりリアルに体温や感触が感じられるのであって……。
麻央にきつく抱きつかれている今、絶対に無視できない事態になる。
間違いなく当たっているあまりに柔らかすぎる感触。
それが大きさも形も全部惜しまずに僕に押し当てられている。これは本来僕が扱えるはずの言語すら容易く奪う過剰攻撃力。
……ぇ?
麻央ってこんなに大きかったの? 嘘でしょ?
それと柔らかい感触の中に別の——
「わたしはハルと結婚するとこ想像できるよ? いつもしてる」
首筋に暖かい息が当たる。
「ぼ、ぼぼぼ……僕は……っ!」
絞り出した声が情けなく震えている。
この状況が夢じゃないのも把握済み。だからこそ麻央の言葉や行動で甘く溶かされて、考える力を奪われて何もできない。
このまま流されたら僕はどうなるんだ……?
「……やっぱりハルにはこっちの方が効くね」
「……へ?」
麻央が身体を引き離したことで火照りがスゥーッと引いていくのを感じた。
頭のてっぺんのから熱が抜けていって平常心が戻ってくる。
「ハルは悪口言われ慣れてるから、あま〜いこと言った方が効くかなって」
「は……はあ〜!?」
「大きな声出してどしたの? 結婚する?」
「するか! じゃああれか!? この前の『らぶらぶしようね』てのも今日の『ずっと一緒にいたい』てのも全部僕に対する新技なのか!?」
「教えてほしい? 教えてあげよっか?」
「くぅうううっ! このぉ……!」
「裏切り者の分際でわたしのこと遠ざけようとした罰だよ」
「うるさいうるさい。遠ざけようとしたんじゃないやい」
「ならわたしの進路に二度と口出ししないでね。バカハル」
「そっちだって僕の志望校しつこく訊いてくるだろ」
「あー。雑魚蹴散らしてスッキリした。おやすみぃ」
「はあ……おやすみ!」
寝返りを打って目を固く閉ざした。
結局麻央が何を考えているのか理解不能だが、前よりパワーアップしてるのは思い知った。
その夜の僕は、麻央の寝相の悪さに徹底的に打ちのめされ、一睡もできないまま朝を迎えてしまった。
床の感触を感じたまま迎える朝がこんなにも最悪の気分だとは思わなかった。
もしかするとベッドの上での出来事は全部夢だったのかもしれない。




