第33話 もう知らない。関係ない。
確かに赤ずきんのお話では、狼は女の子を騙して食べようとした悪い奴だ。
世間一般世界中でそういう認識で知れ渡っている。僕だって今までもこれからも、赤ずきんに登場する狼のことは悪役だと言い切るだろう。
しかしそれはあくまでお伽話の中でだ。
実際の狼は女の子を言葉巧みに騙したりしないし、お腹を切ったところで食べられた女の子は決して助けられない。
「帰る」
「ハル? ちょっとハル!?」
文化祭の赤ずきんのモデルは小鳥遊麻央だ。
そしてチャラチャラとした風貌の橋田秀は、どこか狼を彷彿とさせる部分があった。少し前までの僕なら間違いなくそう思っていた。
本当に助けが必要だったのは、赤ずきんじゃなくて狼だったのだ。
猛毒の赤ずきんを食べ、妄信的に虜になってしまった狼。
中毒性が異常に強いその猛毒を解毒するには、多少痛い思いをさせてでもも、無理やり赤ずきんを引っ張り出さなければいけなかったのだ。
猛毒赤ずきんを食べた狼の腹を割いて助ける。
どんなに痛くても、傷つける言葉を浴びせようと、橋田から麻央を引き離さなければいけなかった。
「ねえっ! 待ってって言ってるでしょ!」
「……帰るって言ってるだろ。ついてくるなよ」
「わたしもこっち」
「じゃあ帰るのやめる」
「なんで? なんで意地悪するの?」
「一緒に帰りたくない」
「じゃあわたしも帰らない」
真っ直ぐに麻央の顔を見据える。
子供の頃から知っている幼馴染で何一つ間違っちゃいないのに、僕にはもう目の前にいるのが同じ姿の別人にしか見えなかった。
「勝手にしろ」
「ハル!! なんで怒ってんの!?」
最低の最悪の気分だ。
何がオーバーキルだ何がありがとうだ何が幼馴染だ。
麻央が後ろで何か喚いているが、これっぽっちも耳に入ってこない。
やはり二年の月日というのは短いようでちっとも短くなかったのだ。
一人の人間が変わるには十分過ぎる時間であって、昔と同じままでいられる方がおかしかったんだ。
「いい加減止まって!」
麻央に引っ張られて強引に向き合わされる。
「急にどうしたの!? わたしはハルに感謝してんだよ!? なんで怒るの?」
「……怒ってない。怒れるはずがないだろ」
感情の籠っていない声が楠陽也を通じて空気を揺らす。
「じゃあなんでわたしのこと置いてくの?」
「言ったろ? お前みたいな猛毒女と二度と関わりたくないんだよ」
「え……?」
「橋田に嘘を吐いたのは、いつまでも麻央に固執しているのが気の毒だからだ。人の気持ちを理解しようともせず、歩み寄ろうとせず、わかり合おうともしない奴と一緒にいたら、誰だっていつか必ず壊れる。そうならないように引き離したんだよ」
「……そんなこと聞いてない」
「じゃあ聞かなくていいよ。僕も理解してほしくない」
「……わたしが悪いの?」
「さあ? 僕はもう知らない。関係ないから」
麻央の華奢な身体を押しのけて帰り道を進む。
どれだけ言葉を交わしても無駄。これ以上は声を張り上げる必要もない。
家が隣同士なせいで多少気まずくはなるけど、そもそも二年も疎遠だったんだ。また元に戻ることくらいどうってことない。少し時間が経てばそれが普通になっているさ。
そう、時間が解決してくれる。
「ハル……何か気に障ったならわたし謝るから。わたしが勝手に付き合ってることにしたのが悪かったの?」
「知らない」
「でも仕方がないじゃん。わたしだって別れてって言うの怖かったんだよ」
「へぇ」
「ねえハル……もっとゆっくり歩いてよ。わたし疲れた」
「じゃあ休んでから帰れば」
「やだ! 待ってよ!」
「うるさい」
肩に手を乗せられるが力任せに振り払う。
もうこの子は僕の知る麻央じゃない。
「ハルぅ……なんでぇ? ……ごめんって言ってるのに……!」
すれ違う人が時折僕の方へ視線を向けるが、それでも関係ない。
怖かったところでなんだと言うのだ。自分のことしか考えずに人を傷つけておいて、どうして楽しそうでいられる?
どうして人を傷つけるのに加担した人間にお礼なんて言えるんだ。
「ゲホッゲホ……ハルぅ……」
断る勇気がなかった麻央の弱さが今回の事態を弾き招いた。
橋田はもちろん、僕も幼馴染をはじめ沢山のものを失う。麻央だって幼馴染を失う。
振り返って望み通りにしてあげても、もう僕は以前のようには戻れない。麻央のことを今までのようには見られない。
麻央が変わったのは弱さを隠すためだったのか、そんなのもう知らない。
いつから変わったとか、毒を吐くようになったのは何が原因だったのかとか、僕はもう知らない。関係ないんだ。
「うぅ……ハルぅ……ごめんなさぁい……ちゃんと反省するからぁ」
「……じゃあ次に知り合う人とは反省を活かして上手くやってよ」
「〜〜っ!」
決定的な決別を麻央に叩きるける。
生まれた時からの付き合いだってのに、たった一日の出来事で全部なくなるなんて、人間の関わりって笑っちゃう程脆いんだな……。
これから先もどんどん切り捨てて切り捨てられていくのだろう。
「ハルが……」
何も聞こえない。
「全部ハルが悪いんじゃん!!!!!」
可愛らしさなど微塵のかけらもない。今にも喉が焼き切れんばかりの怒声が周囲に響く。
涙を目一杯にためた麻央の瞳は、真っ直ぐに僕を捉えていた。




