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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第二章 『ガラクタピエロと猛毒赤ずきん』 
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第32話 猛毒女

「ハル? 立ち止まってどうしたの?」

「電話するから先に帰っててくれ」

「だめ。ここで待ってる」

「そっか。じゃあ好きにすればいいさ」

「ん」


 スマートフォンを取り出し、サインのトークルームの通話ボタンに指をかける。

 出てくれるかは向こう次第だが、出なかったらまた明日。それでも出なかったら明後日、弥明後日と何度でもかけるまでだ。


『楠……なんだよ……?』

「今いいか?」

『……』

「了承したと思って続けるぞ。切ったらまたかけ直す。何度でもかける」


 僕が通話を始めたと気づいたのか、麻央がピッタリ隣にくっついてくる。

 聞かれようが構うものか。


『切るつもりはねえよ。オレだって話したいと思ってた』

「そうか」


 尚更都合がいい。

 通話の相手は橋田だ。

 まさか交換した連絡先をこんな形で使うなんて、橋田も思っていなかっただろうな。


『お前ら付き合ってたんだな』

「ああ、そうだよ」


 声に緊張が現れないよう平静を装う。

 すぐ隣に麻央がいるから、身振りや表情に余計なものを入れてはいけない。


『いつからだ?』

「中総体が終わったあたりから」


 麻央が僕の家に来るようになったあたりだ。頃合いとしては適切だろう。


『なるほどな……じゃあオレは付き合ってからの殆どの期間を二股されてたってことか』

「橋田に言わせればそういうことになる」


 息を吐く音がスマートフォン越しに聞こえてくる。


『それで? お前はオレが相談していた時も小鳥遊と付き合ってたんだよな?』

「……そうだ。僕は麻央と付き合ってた」

『へ〜。お前さ、相談に乗ってた時どんな気持ちだったんだ? 何考えてオレの話聞いてたんだよ?』

「それは……申し訳ないとは思ってたよ」

『恥ずかしくねえのかよ? こんな腐った野郎みたいな真似コソコソして』


 橋田の声が震えている。

 今にも爆発しそうな気持ちを必死に堪えているのがわかる。それでもここで怯んではいけない。


「橋田、勘違いしてるみたいだから教えるよ」

『あぁ?』

「恋愛に正しいも正しくないも無いんだよ。麻央は僕を選んだ……それだけだ」


 向こう側で大きな物音が鳴る。


「……ここでお前に当たり散らしても何も変わんねえんだろうな」

「そうだよ。麻央が橋田を好きになることは絶対にない」

『……ああ、だろうな。んなことオレが一番わかってる……わかってんだよ! けど、だったらこのどうしようもない気持ちはどうすりゃいいんだよ!? 頭の中掻きむしられて、奪われるだけ奪われて! どうやって明日からやっていけばいいんだよ!? なあ!?』


 橋田の慟哭が次々と胸に突き刺さっていく。

 だが通話を切るわけにはいかない。僕にはこれを全部受け止めなければならない責任がある。


「……知るか。それくらい自分で考えろよ」

『〜〜っ!』

「橋田、一つ教えといてやるよ」

「……なんだよ」

「麻央はお前のこと一度も好きだと思ってないよ」

『るせ……知ってたよ。んなこと』

「……もう僕たちに——」

『だからお前に相談したんだろうが』


 消え入りそうな声を最後に通話は途切れた。

 画面上には無機質な終了画面が表示されていて、真っ暗な画面には僕の陰鬱な顔が映った。


「ふーぅ……」


 よろけそうになった足元を支えるべく、適当なところに身体をあずけた。

 これからの方がもっと大変だってのに、先のことを考える気が起きない。

 僕も明日から学校に行く気になどなれない。


「おっつー。聞いてたよ、オーバーキル」

「……なんだ。やっぱり聞いてたのか」


 隣でずっとくっついていたのなら当然か。


「うん。正直引いた」

「あっそ」


 麻央の反応を確かめずに帰路に戻る。

 明日から文化祭までの期間をどう過ごすか、噂の熱が冷めるまでどう過ごすかではなく、どうすれば明日から学校をサボれるかばかり僕の頭は模索していた。


 学校を休んだことによる授業の遅れに内申点の損失、何日までなら休んでも問題ないかと、頭は如何に学校から遠ざかるかばかり探る。


「ねーねー。あいつ何か言ってた?」

「覚えてない」


 覚えてはいないけど忘れられもしないだろう。


「明日学校に来るのかな?」

「知らない」


 来ようが来まいが僕のしたことに変わりはない。


「なんかハルらしくないよね。わたしは楽できたからいいけど」

「……はっ。僕らしさってなんだよ」


 人の気持ちもろくすっぽ考えないやつに、僕の何がわかるというのだ。


「……お腹空いたね。今日の夕飯なんだろ?」

「自分で訊けばいいだろ」


 好物だろうがなんだろうが、今日は絶対に喉を通らないだろうな。


「ハル歩くの早くない?」

「気のせい」


 気のせいでないのは知っている。

 今は誰の声も聞きたくないし、誰の顔も見たくない。特に麻央だけは。


「そうだ。ありがとう」

「は? なんだそれ?」

「ん。お礼」

「……お礼言う場面じゃないだろ」


 こんな時にだけお礼を言うなんて本当にどうかしてる。


「でもわたしは嬉しかった」

「嬉しかった……?」


 張り詰めていたものが激しく解けて頭が真っ白になった。


「ふざけんな……! お前みたいな猛毒女から解放するためにやったんだよ!」


 こんな奴にお礼を言われる筋合いはない。


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