第31話 コスパいいかなって
頭の中で様々な憶測と感情がぐちゃぐちゃと音を立てて混ざり合う。
これまであった事、ここ数日間であった事、今日の出来事。どこからどう繋がっていて、どういった経緯で関連していたのかは僕に答えを出す術はない。
そう……僕は出せない。
「麻央……」
「なに?」
あっけらかんといつもの調子で応える麻央。
それでいいはずなのに、今は普通でいられるのがたまらなく不気味で仕方がない。
「知ってたのか?」
単刀直入に疑問を切り出した。
麻央に遠回しな探りを入れても無意味だし、何より僕だけ何も知らないままでいるのが嫌だった。
「何を?」
「……僕と麻央が付き合ってるって噂だよ」
「噂ってか……うん。知ってる」
一瞬思案するような素振りを見せたが、麻央はあっさりと答えた。
「どうするんだよ。やっぱり一緒に帰ったりしたのがまずかったんじゃないのか?」
「まーうん。きっかけはそこかもね。それより帰ろうよ」
言って麻央はトコトコと歩き始める。
このまま話を終えるわけにもいかないので、僕も後を追って歩き出す。
「もしかして橋田もこれを知って休んだんじゃないのか?」
「そうかもね」
「そうかもねって……! なんでそんなに悠長なんだよ。橋田に悪いと思わないのか?」
当事者だというのに、麻央の態度は他人行儀というか無関心そのものだ。
「皆勤賞潰れたのは残念だよね」
「そうじゃなくて! とにかく明日になったらみんなの誤解を解くぞ!」
冗談じゃない!
根の葉もない噂のせい橋田はショックを受けて休んでしまった。
文化祭も三日後に迫ってるし、受験勉強も控えてる。デタラメな噂にこのまま振り回され続けるなんてごめんだ。麻央だってそれは同じはずだ。
「なんで?」
「はあ? ふざけてんのか? 今はつまらない冗談言ってる場合じゃないんだぞ? 麻央だってこんなの困るだろ?」
「全然困らないよ?」
「はあ〜?」
なんなんだよこいつ……!
天邪鬼にも程があるだろ……!
「だって噂流したのわたしだもん」
「…………は?」
「正確にいうと周りが揶揄ってきたのに便乗したの」
僕が呆気に取られているうちに麻央が畳み掛けてくる。
顔も声もいつもの調子なのに、言葉の奥底には計り知れない強い意思が秘められていた。
「まさか……付き合ってるって認めたのか?」
「うん。」
「……麻央? 自分が何したか本当にわかってるのか?」
「当然。だってハルは全然手伝ってくれないし、これならコスパいいかなって」
「コスパ……? どういう意味だよ?」
背筋にゾワっと悪寒が立ち上る。
「コストパフォーマンス」
「そんなこと訊いてるんじゃない!」
「……びっくりしたぁ。怒鳴らないでよ」
「やめろ。触るな」
「……うるさいなあ」
近づいてきた麻央の手を叩くが、強引に口元を手で覆われる。
「いいじゃん。これなら楽に別れられるんだから」
振り解くのは簡単なのに、僕の身体は抵抗するを忘れてしまったように動かない。
「ハル言ったよね? できることならなんでも協力するって。してよ」
「……」
「いいよね」
「こんなの絶対に間違ってる」
「恋愛に正しいも正しくないも無いよ」
口をようやく解放されたが、僕はもう言葉を交わす気が失せていた。
「こんなやり方ってないだろ……麻央、橋田の気持ちとか考えなかったのか?」
「じゃあ、あっちはわたしの気持ち少しは考えてた? わたしのこと考えてるのにあんな鬱陶しいことしてたの?」
「……それは訊いてみないと分からない」
「ま、どうでもいいけど。もう彼氏じゃないんだし」
言って麻央は僕の身体を優しく押し除けて歩くのを再開した。
「嫌じゃないのか? 僕と付き合ってるって認識されるんだぞ?」
「少しの間でしょ? 今までに比べたら全然へーき」
「……僕、麻央のことがわからない」
「前にも言おうと思ったけど、やめてそれ。知らないし」
離れている間は長かったけど、中身はそんなに変わっていない。僕はそう思っていた。
でも流れた月日ってのは確かに存在していて、麻央を変えてしまうには十分すぎる時間だったのだ。
「……最低だな」
「どこが? こんなに簡単な方法他にないよ? ハルだって彼女ができるんだよ?」
「いい加減にしろよ! どこまで人の気持ちを——」
「ハルにだけは言われたくない!」
「な……なんだと……?」
「何様のつもりなの? ハルが相手を選べる立場なわけないでしょ? 拒める立場だと思ってんの? そんなわけないでしょ。大人しくわたしの彼氏やってればいいんだよ」
振り返った麻央の顔はっきりと見えている筈なのに、今の僕は麻央がどんな表情をしているのかまるで見えない。さながら頭巾を深く被って顔を見えなくしているようだ。
本人達の気持ちや意思を無視した噂に乗っかって、その役を演じ切るのが麻央の言う最善だっていうのか? 本当にそんなのでいいのかよ……。
「言っとくけど、勝手に誤解を解こうなんて馬鹿な真似しないでね」
「麻央……」
「あー……疲れた」
麻央のその一言は、これまでとは全く異質の熱を帯びていた。
何が麻央を動かしているのかは知らないが、僕の中で決定的な何かが切れてしまった。




