第7話
店内に流れているはずの音楽は、学生を中心とした利用客でものの見事にかき消されてしまっている。学校の授業がどうとか部活がどうとか、社会科の先生がムカつくとか、やれ誰々が付き合ってるとか。そこに従業員がオーダーを取ったりする声が混じっているのだ。控えめに流されている音楽なんか聞こえるはずもない。時折それらに混じって『超可愛い子いた』とか『どっかのモデル? 芸能人? 声かけようかな』と聞き流せない話も聞こえてくるが、それは僕と同伴している女の子に向けられているものではないと思いたい。
「お待たせー。ドリンクバーめっちゃ混んでたよ」
「ごめんな。僕の分も取りに行かせちゃって」
「ううん、全然いいよ。あたしが取りに行きたかったんだし。はい、陽也くんの分」
「ありがと。それよりいいの? ここのお店全国チェーンなのに」
「そうなの? あたしが住んでた地域ではあまり見かけなかったけど」
「来るの初めてだったりする?」
「うーん……どうだろ? 多分初めてかな。てかファミレス久しぶりだから全然いいよ」
「ならいいんだけど……」
「ファミレスレスだったんだ〜」
「なんだそりゃ」
「それより飲まないの? せっかく持ってきたのに」
「あ、うん。いただくよ」
「召し上がれ〜」
グラスいっぱいに詰められた氷のおかげか、手に取っただけでひんやりする。季節的には早いかもしれないけど、バッティングセンターで軽く運動してきた身体にはこれぐらいが丁度いい。ストローを通して口に入る冷たい烏龍茶は、乾いた喉にこれでもかと浸透していき、シュワシュワとした爽快感すら……しゅわしゅわ? しかも少し甘いような?
「え!? あまっ!?」
「あっははははは! めっちゃいい反応じゃん!」
「こ、この……! 何か混ぜたな!?」
「烏龍茶じゃパワー不足かな〜っと思ってエナジードリンク混ぜてみた!」
「なんて余計なことを……不自然に甘いし、アンマッチな爽快感があるわけだよ!」
「あははっ! どうだった? おいしかった?」
「気になるなら自分で飲んでみたらどう?」
「どれどれ?」
勢いに任せてグラスを美咲に差し出したけど、これってもしかして間接キスになるんじゃ……はっとなってグラスを戻そうとした時には遅かった。
ちゅー。
「あ……」
なんの躊躇いもなくストローからエナドリ入り烏龍茶を飲む美咲。
「ど、どうだった? その……お味は」
「……これはない。まっず」
「エナドリの甘さと炭酸が余計だと思う」
「烏龍茶が余計なんだってば」
結論。この二つは絶対に合わない。
「うええ……マジでまずい」
顔を顰めながら舌を出す美咲。
「……っ」
理由のない罪悪感に苛まれ、思わず自分の頬を叩いた。
「ところで美咲のも何か混ぜてあるのか?」
「これ? なんだと思う?」
美咲はカラカラと氷を鳴らし、グラスの中に入った鮮やかなピンク色のドリンクを見せびらかす。
「ヒント、めっちゃうまい。これしか勝たん」
大したヒントになっていないが、僕が飲んだ烏龍茶より明らかに美味しそうだ。
「アップルティーとオレンジジュース?」
「ほい。答え合わせ」
「え……」
そんな気軽にグラスを渡されても……やはり美咲の男女の距離感はかなりおかしい。
「飲まないの?」
「飲むけど……」
僕だけ意識しているのも癪なので、ストローを介さずドリンクを少し飲む。オレンジジュースの甘さの中に、柑橘系のスッキリとした味わいと僅かな苦味がある。弱めだが炭酸も入っている。
「オレンジソーダとグレープフルーツか」
「ぶっぶ〜。オレンジとグレープとサイダーでーす」
「な……! そんなのほとんど正解じゃないか!」
「だーめ。陽也くん罰ゲームね」
「おい、そんなの聞いてないぞ」
「コーヒー烏龍茶飲んでもらおっかな」
「なんて危険なもの飲ませようとするんだ」
ドリンクバーは喉を潤すものであって、誰かを苦しめるものじゃないと教えてあげないとな。これはなんとしても美咲がドリンクバーに向かうのを阻止せねば。
「さて……悪魔的にまずい烏龍茶も飲み終わったし、ドリンクを持ってこようかな」
「うっわあ……陽也くんクレーマー? ドン引きなんですけど」
その悪魔的な烏龍茶を作った張本人がなんか言ってる。
「美咲の分も持ってくるよ。何飲みたい?」
「ううん。あたしが持ってくるから陽也くんは座ってて。ね?」
美咲が腕を掴んで強引に止めてくる。一体どこにこんな力隠してたんだ? 明らかな作り笑いから何か企んでいるのは丸わかりだ。
「いーや。自分の分は自分で持ってくる」
「いやいやいやいや、あたしに任せて」
「だめ。絶対ダメ」
「いや。いーやーだ。あたしが行く」
「あの……お客様、ご注文のお品物をお持ちしました」
「「あ、すみません」」
「この人が勝手に」
気まずそうにしていた店員さんに二人一緒に頭を下げる。美咲が何か余計な一言を付け加えている。まさかドリンクバーでこんなに盛り上がるとは思いもしなかった。
******
「ねえねえ」
「ん〜?」
「陽也くんってハンバーグが好きなの?」
「まあまあ好きかな。ファミレス行ったら大体頼むし」
「ふーん……」
言って美咲はスプーンを口元に当てて僕の手元を見つめた。
「そういう美咲はカレーが好きなのか?」
「まあまあ好きかな。外食行ったらたまに食べるし」
「なんで僕の真似するんだよ」
全然似てないし微妙に違うし。
「カレー普通に好きだよ。おいしいし。辛過ぎるのは苦手だけど」
「僕も辛過ぎるのは苦手かな」
言って美咲はカレーの最後の一口を口に運んだ。ここのカレーは食べたことないけど、今度来たときは食べてみようかな。美咲が食べているのを見たら興味を持ってしまった。
「陽也くんは兄弟いるの?」
「いないよ。正真正銘一人っ子。美咲は義理の妹さん? がいるんだよね?」
「うん。前に会ったのは二年前だけど」
「でもこれから一緒に暮らせるんだろ? よかったじゃないか」
今日遊びに行ったバッティングセンターがどれほど気に入ってもらえるかわからないけど、少しでも美咲の家族に喜んでもらえれば嬉しい限りだ。僕もあれこれ悩んだ甲斐がある。
「嬉しいけどさ……」
「?」
「ううん。なんでもない」
美咲らしくない歯切れの悪い返しだったが、なんでもないと言われた以上、深入りするべきではないと思った。今までの生活からガラリと変わるとなれば、美咲だって不安や心配の一つや二つもあるのだろう。
「あたし他にも陽也くんに訊きたいことあったんだ」
「どーぞ」
「陽也くんの学校て男女共学じゃん? どんな感じなのかなって」
「どんな感じも何も普通だよ……ってその言い方だと美咲が共学じゃないみたいだな」
「そうだけど。あれ? 言ってなかったっけ?」
「初耳だよ。今まで全然知らなかったよ」
聞いていたのは、これから家族と一緒に暮らせるようになるってことと、それに合わせてこっちの学校に転入するってことぐらいだ。まさか女子校に通っていたとは。
「あたしは途中からだけど、小学校からのエスカレート式だったんだよね」
「そっか。それじゃあ共学のこと知らないのも無理ないか。転入先が共学なのか?」
「女子校だよ」
「……ちなみにどこ?」
ここらの女子校? 一つしか思い浮かばないけど……そもそも女子校なんてそんなにたくさんないし……。
「星坂」
「ほ、星坂!?」
星坂といえば県内でも有名な小中一貫のお嬢様学校だ。そこに転入するとは……思い切ったことするもんだ。
「陽也くんいちいちリアクション大きくない? ウケるからいいけど」
「だってあそこかなりのお嬢様学校だぞ? 頭良いし、有名人とかも結構出てるし」
「そうなんだ。前にいた学校より少し小さいくらいじゃない? 転入試験も簡単だったよ」
「……し、信じられない」
空いた口が塞がらない。本人を前にして絶対に口に出せないけど、美咲は勉強の類は苦手なタイプだと勝手に決めつけていた。何事も決めつけは良くないってやつか。
「どうしたの? おーい」
「美咲、フライドポテト食べる? 注文するよ」
「食べる食べる」
「それとここの料金は僕が持つよ」
「マジ? なんか急に優しくない?」
半信半疑の美咲の視線を受けながら、タブレットを操作してポテトを注文する。
バッティングセンターで見せた運動センスもだけど、もしかしてとんでもない天才なのかも。
分からせられるってこういう状況なのだろう。まさに今思い知らされた。勝手に決めつけていた謝礼ってほどじゃないけど、ちょっとしたお詫びってことで。
「……途中からってことは共学の時が少しはあったのか?」
「まあほんとに少しねl。小二? 小三くらいまでだったと思う。あんまり覚えてない」
「そうか。結構複雑な学校生活だったんだな」
転校した時期的に『みさき』がいた時と重ならなくもないか。
「それでどんな感じ? 楽しい?」
「楽しい楽しくないは普通としか答えようがない。共学といっても話すのは男子の友達ばっかりだし。昨日みたいに委員会で一緒にはなるけど、特定の人と昼休みに一緒にお弁当を食べたりはしないよ。もちろん休みの日に遊びに行ったりもね」
「へー。もしかして休みの日は女の子と一緒に遊びに行きたいって思ってる?」
「まさか。僕は今部活と勉強でいっぱいなんだ。遊ぶ時間なんて……」
「あはっ。でもあたしには付き合ってくれるんだ」
「……少ししかとれないってだけ。全くなんて言ってない」
部活と勉強が忙しいのはみんな同じ。その中で如何に自分の調子を整えていくかが大事と監督も言っていた。好きなことをする時間、休む時間、それら全部をうまく調整できるのがこれから先も成功する秘訣だと。
こうして美咲と遊べるのも、僕がうまいこと時間を作った成果なのだと思いたい。
「あ。ポテト来たよ」
「お、おう」
でもこれで美咲の男女の距離感がバグっている理由がわかった。多分無意識なんだろうけど、美咲の中での男子と女子の境界は小学校低学年レベルで止まっている。所謂、女子も男子も混じってやんちゃ遊びできる感覚なのだ。彼氏彼女の知識はおそらく学校の友達から得たもので、あくまでそれは予備知識に過ぎない。根本的な美咲の認識が小学生のまま止まっているから、こんな思春期男子絶対破壊少女に仕上がっている。
何はともあれ大きなトラブルに発展する前に、その点も知ってもらえればいいんだけど……。
「奢ってくれるお礼に食べさせてあげよっか?」
「遠慮しときます」
「はい。あーん」
「僕に訊く意味ないやり取り多くない?」
「あーんして」
「……」
難しいだろうなあ……本人がこの調子だし。
このまま指摘だけするのは簡単なんだろうけど、楽しそうにしている美咲にどうこう言うのは気が引ける。
「いいって。一人で食べられるよ」
「はやく。ほら、あ〜ん」
「……あー」
観念して口を開ける。本当にこんな調子で大丈夫なのかと不安が過った矢先、僕はその人達と目が合ってしまった。
「あれ? 美咲?」
「美咲ちゃん!?」
「え!? お母さん、お父さん!?」
僕が咄嗟に口を閉じたのは言うまでもない。
「……姉さん」
そう呟いた女の子は、一人だけ冷ややかな視線を僕達に向けていた。




