第12話 ノッキー先生
「よーノッキー先生、お疲れだな」
「最悪だよ……なんで僕が」
「今日明日はこの話題で持ちきりだろうな」
「冗談じゃない」
なにが面白いのか知らないけど、橋田は屈託のない笑顔を見せつけてくる。自分の彼女がこの事態を巻き起こしたのだから、少しは責任を感じて申し訳なさそうにしてほしい。
麻央の衝撃のカミングアウトの後、案の定質問の嵐に巻き込まれた。
中には質問じゃなくて、恨み言を吐いてくる筋違いの奴までいた。
三年の二学期の中盤になって明かされる、まさかまさかの衝撃的な真実。僕にとってはそんなに大事ではないのだけど、何も知らなかった人からしたら今年最大のビッグニュースだ。
学校一の美少女と言っても差し違いない小鳥遊麻央に幼馴染がいた。それだけでも話題性としては十分なのに、その幼馴染が、僕みたいなパッとしない奴なら一波乱も生まれるだろう。
僕の通う学校に横暴な手段を取る生徒はいないと思うけど、明日からの登下校には細心の注意を払わなければ。上履きの中に画鋲が入っていた。なんてありきたりは有り得ないとは言い切れない。
「珍しいじゃん。ノッキー先生がオレに用事なんて」
「その『先生』っての意味わかんないんだけど」
僕はまだ生徒でありたいんだ。
「あー。なんとなく?」
「なんだそりゃ」
空っぽな返事が返ってくる。所謂ノリってやつで、特に深い意味はないんだろう。橋田がただ思いつきで口に出しているだけ。
「クラスの連中から逃げてきただけじゃないんだろ?」
「うん。二組に逃げるくらいなら家まで走って帰る」
隣のクラスに逃げたところで情報なんてすぐに伝わる。それでも僕は、こうして机の下に隠れながら橋田と話しているのだけど、こんな奇妙な行動を取っているのにはちゃんとした理由がある。
「麻央が文化祭実行委員になった。一応教えとく」
「マジ!? あ〜っ! やっちまった……」
「え? なにが?」
「他の奴が実行委員になっちまった」
「そっか……それは残念だな」
他のクラスも同じ時間に実行委員を決めていてもおかしくはない。むしろ当然と考えるべきだ。
橋田も実行委員になれば麻央と親交を深められると思ったんだけど、タイミングというのは中々難しいものだ。
「うっし。明日うちのクラスの奴に代わってもらうわ」
「え? それありなの?」
「多数決で嫌々押し付けられてた奴だから問題ねーよ。先生は適当に誤魔化す」
「適当に頑張ってくれ。応援してる」
後のことは橋田次第だ。僕にできるのは情報提供だけ。これで最低限の役回りと協力を全うしたと言っていいだろう。
「ところでそっちのクラスはハニーの他に誰がやるんだ? ノッキー?」
「僕は環境委員につき免除。野上君だよ」
「あぁん? よりによってアイツかよ」
橋田があからさまに不服そうな態度をとる。
「あのさ、前にも似たようなこと言ってたけど、野上君のこと苦手なの?」
「苦手っつうか普通に嫌い。マジで」
「野上君に対してそう思うのって珍しいな」
橋田が他人に対してここまでわかりやすく敵意を見せるのも意外だった。
よくも悪くも橋上はムードメーカーであって、誰に対してもお調子者って感じの接し方をする。ノリが合わない人も結構な人数いるんだろうけど、マイナスな感情を抱くとは思わなかった。
「みんなが優しいとか言う理由がわからん」
「間違ってはいないだろ。物腰柔らかっていうか、無害っていうか」
たまにチクリとした発言をするけど、無意味に傷つけたり攻撃的なことをする人じゃない
「どこがだよ。アイツいつもオレに態度悪いぞ。ありえんほど」
「何か恨み買ってるとか?」
橋田の軽いノリが悪い方に働いて、それが野上君の地雷を踏んだとか。
「ぜんっぜん。オレは常にされてるけどな」
「うーん……」
「こっちは楽しくやろうってのに、マジめんどくせー」
二人が話しているとこに立ち会ったことがないから、これ以上真偽を確かめる術はないんだけど、橋田が嘘を吐くとは思えないしなあ。
「じゃあ文化祭実行委員はやらないのか?」
「やるに決まってんだろ。野上がいるなら尚更だ。ハニーに指一本触れさせねー」
「が、頑張ってくれ……」
僕と橋田とで野上君に対するイメージが随分と違っているようだ。
多分これは橋田の持つ麻央のイメージと、僕の持つ麻央のイメージみたいなものだ。
橋田は麻央のことをお姫様と言ってたけど、僕からしたら天上天下唯我独尊の魔王様だ。
なんであれ喧嘩にならないのを祈るのみだ。僕にはこれくらいしかできない。
「あ……っ」
視線を廊下へ向けると、ちょうど帰るところだった七海さんと目が合った。
控えめにだけど、僕に向かって手を振ってくれたので同じように手を振って応える。少し間を置いてから七海さんは顔を背けて足早にかけていった。僕も少し恥ずかしいけど、悪い気分はしなかった。
委員会活動以外でもちょっとしたコミュニケーションのある距離感が心地いい。
「へー。やっぱやるねえノッキー先生」
「だから先生は変だって」
肩をバシバシと叩く橋田の手を払って二組の教室を後にした。




