第11話 ハルだよね? ねえハル? ハル教えて?
「ふ……ふあぁっ……」
口から出た大きな欠伸が疑いようのない寝不足を物語っている。
「……堂々と欠伸してる楠クンにやってもらいたいとこだけど、環境委員とダブるから彼以外で誰かもうひとり立候補いない?」
手で口元を覆ってはみたものの、ホームルームを仕切っている野上君には丸見えだったようだ。言葉の端や語気に棘が見え隠れしている。
普段のホームルームならば、担任の先生が簡潔に連絡事項を伝えて終わるのだが、今日は文化祭の実行委員を決める話し合いが行われている。
意外なことに野上君が早々と立候補し、先生から引き継いで進行しているという状況だ。一学期に僕を環境委員に立候補したことに負い目を感じているのかと思ったが、さっきの様子だとそれはなさそうだ。
部活を引退してから、どうにも野上君がピリピリしている気がする。受験勉強をしながら脚のリハビリもこなして、他人よりも余裕のない日々を送っているからなのかもしれない。
友人の僕としては、いつも通り変わらない態度で接する他ない。変に気を遣ったり、わざとおちゃらけてしまうのは間違っている。何か助けを求められた時だけ力になればいい。
僕のことを揶揄ったりするけど、野上君は人より負けん気が強い。今はそっとしておくのが僕のできる精一杯だ。
「楠クンは眠いだろうけど、話し合いにはちゃんと参加してねー」
「すみません」
忠告されたので眠気に負けないよう両頬を叩く。
週明け早々僕がこんなコンディションなのは理由がある。
先週の土日、受験生だというのに僕はゲーム漬けの二日間だった。
麻央の買い物に付き添った土曜日は、夜の九時から朝までイベントクエストをやり続け、日曜日は昼過ぎから夜十時まで延々と同じモンスターを倒し続けた。
当初の僕の予定だと、土曜の夜に一時間ほどゲームを触ってみるだけで、残りは適度に勉強してしっかりと睡眠をとるはずだった。
だけど僕は甘くみていた……麻央のゲームに対する熱量と、同じゲーム仲間を引き入れた時のテンションの高さを。
頼んでもいないコーチングを朝までしてくれた土曜日はまだしも、昼過ぎに僕の部屋に来た日曜日は完全に想定外だった。勉強などさせてくれるはずもなく、今も耳元で麻央の声が幻聴となって聞こえ続けている。
麻央が帰ってから少しでも遅れを取り戻すべく参考書を開いたが、時間だけ無駄に消費して全然頭に入らなかった。
本来だったら橋田と麻央が楽しくゲームするはずだったんだけど……。
「……小鳥遊さん、どうかな?」
「わたしが? なにを?」
「文化祭実行委員、やってみない? なんだかいつも退屈そうだからさ。挑戦してみようよ」
「ハルがやりたいって」
「な……!?」
「「「ハル!?」」」
「うん。はるや」
麻央の奴……! 全然話聞いてないだろ! つーかクラスメイトがいる中で『ハル』って呼ぶなよ!
突如投じられた爆弾は、思いの外クラスメイトの耳に入っていたらしく、周りからざわざわと声があがる。
「ハル?」
「はるやって楠?」
「なになに? 付き合ってんの?」
「知り合い?」
「あれ? でもマオちゃん秀くんと付き合ってるよね?」
「え!? そうなん!? オレ狙ってたのに!」
「今更かよ……」
「お前じゃ無理だ」
みんなの興味が文化祭からみるみる遠ざかっていく。
「ちょっとちょっと、帰れなくなるから落ち着いてくださーい」
先生の一言でとりあえずは教室内が落ち着きを取り戻す。
「それともう一人は女子でお願い。男女一人ずつって言われてるんだ」
「だってさ」
野上君が爽やかな笑みを浮かべる。
爽やかではあるけど、どこか圧力を感じるのは僕だけじゃないだろう。なるほど、あの強豪の陸上部で部長になったのも納得だ。
「……」
クラス内の空気が文化祭実行委員に戻れば、必然と麻央の方にみんなの注目が集まる。
麻央もそれを感じ取ったのか、珍しくテンパっている。
「あたし、マオちゃん適任だと思うなあ」
「ね。なんかすごい出し物考えてくれそう」
「どっちかっていうと芸術肌だよね〜」
「じゃあ出し物も小鳥遊さんに主役やってもらうとか?」
「それならオレも王子やる!」
「なんの王子だよ」
「秀くんと付き合ってんのにワンチャンあると思ってんのキモイんだけど」
「んだと!?」
「こらこら。脱線しない」
女子が率先して麻央を後押しするが、当の本人は俯いているだけでイエスもノーも言わない。
「時間もないから早めに決めてくれよ〜」
「うう……」
ここにきて先生が余計な一言を付け加える。
ここ最近僕のことをいいようにこき使ってきた麻央だけど、こうも困っていると複雑な気持ちになる。やっぱりどんな状況であれ、僕と麻央は幼馴染なのだ。
「小鳥遊さん、ボクも頑張るから一緒にやってくれないかな?」
野上くんが詰めにかかる。ここまで来ると断るのは難しい。
「は、ハル……」
「麻央……」
迂闊なことに目が合ってしまった。
麻央が口を動かして何かを必死に伝えようとしている。
『たすけて』
ここまではっきり助けを求められると手を差し伸べたくなる。
なんだかんだ言って僕は麻央に甘いとこがある。
「その……環境委員も文化祭実行委員の手伝いするように言われてるからさ、何か困ったことがあったら助けになるよ。小鳥遊さん」
「っ!」
僕なりに最大限のフォローなんだけど、麻央の目から凄まじい殺気を感じたのは気のせいだろうか……。
「じゃあ小鳥遊さんで決まりで。よろしくね」
「それなら小鳥遊も前に出てもらって。まだ決めることあるから」
野上君が多少強引に締めくくると先生がそれに乗っかる。
ちょっと可哀想な気もするけど、委員会に入るのは悪いことじゃない。僕も初めは嫌だったけど、今では良かったと思ってる。それにたかが文化祭の期間だけだ。
「裏切り者が……」
「!?」
悍ましい声音が聞こえてきた。
え!? 麻央!? 今の麻央なのか!? 隣を通りかかった時にそう言ったのか!?
「じゃあ小鳥遊さんから一言」
「よろしく」
実に麻央らしい適当な挨拶だ。
「……」
「麻央……?」
またしても目が合うと麻央はゆっくり口を動かす。
『殺す』
「うえぇ……」
僕、殺されるほど酷いことしてないんだけどなぁ。
「ん。じゃあ出し物決めまーす。ハル、なにやる?」
「おい!」
「なに? ハル」
いつも以上に感情のこもってない声で麻央が切り出してきた。
またしても麻央の『ハル』呼びのせいでクラスがざわつき始める。
「まずはみんなから意見を求めなきゃダメだろ!」
「で? さっきわたしに助けるって言ったのは他でもないハルだよね? ハルは自分が言ったこと早速投げ出すの? ハルは嘘つきなの? ねえハル? ハル教えて?」
「あ、あのな……」
こいつ……わかってて『ハル』連呼してるな。
クラスの話し合いをぶち壊してでも僕に仕返しするつもりだ。逆恨みもいいとこだ。
「ねえやっぱあの二人怪しいって! マオちゃん活き活きしてるもん」
「どんな関係?」
「つーか早く帰りてえ」
「小鳥遊に彼氏がいるってわかったからってやけになんなって」
「小鳥遊さんあんなに喋るんだね」
と次から次へと声が飛び交う。収拾がつかないのを察したのか、真面目な担任の先生は頭抱えている。
「あのう、小鳥遊さん……」
「なに? 今取り込み中」
話し合いを滅茶苦茶にされてダメージがでかいのか、野上君は真っ青になって冷や汗をかいている。
「小鳥遊さんと楠クンって——」
「幼馴染。言ってなかった?」
野上君が言い終える前に麻央が答える。
この後、僕が質問攻めにあったのは言うまでも無い。




