第10話 息抜きの日
大きな肉の塊が熱々の鉄板の上でジュ〜と音を立てている。肉の焼ける香ばしい匂い、肉汁が弾ける音、全てがぺこぺこのお腹に直接訴えてくる。
「いただきます」
「ま〜す」
付属している小さな焼き石を経由して、大根おろしのたっぷり入ったソースに潜らせて口に運ぶ。噛むだけで一瞬にして広がる強烈な肉の旨みと肉汁、そしてソースとの完璧な調和。
「「うまっ!」」
またしても僕と麻央の反応が重なる。
目的のゲームを無事買い終えた後、僕と麻央はショッピングモールを一通り見て回った。さすが県内でも一番大きいだけあって、回り終えた頃には五時を回っていた。ゲームを買うのに時間がかかったのもあるけど、麻央の他の買い物が長引いたり、途中途中で休憩を挟んだらこんな時間だ。
せっかくだからちょっと寄り道をして、ちょっと早めの、ちょっと贅沢な夕飯を食べているところだ。
ショッピングモールを道路で挟んだ反対側にある、県内でも有名なハンバーグが人気のファミレス。競合店が近くに多い中、長年経営しているだけあって、味は折り紙つきだ。
「早めに来てよかったな。夜になったら絶対混むし」
「ん。ハンバーグ最高」
「ご飯おかわり必須だなこりゃ」
「取りに行く時はわたしのもよろしく」
僕と麻央は昔から一緒に食事をするのが多かったせいか、味の好みがとてつもなく似ている。ほとんど同じと言っても過言ではない。
主に麻央のお母さんの手料理がベースになっているのだが、一緒に遊んでいる時に食べたお菓子やジュース、その他諸々、同じ物を食べて育ったのなら自然の成り行きなのかもしれない。
疎遠になっていた間で違いが出てくるかと思っていたが、お互い味覚はそんなに変わっていなかったようだ。
「それにしてもうまい。もう一サイズ大きくしてもよかったかな」
「運動たくさんしたからゴールデンタイムの栄養補給は大事」
「絶対意味わかってないだろ」
「和風ソースどんな感じ?」
フォークで運ばれた麻央のハンバーグが僕側のソースに入ってくる。言ってくれれば分けたのに。
「大根おろし入ってる」
「あれ? もしかして苦手?」
麻央の苦手な食べ物発見と少し優越感に浸る。
「全然おいしい」
「麻央って意外と好き嫌い少ないよな」
「ママの料理美味しいから嫌いになる要素ない」
「なるほど。言われてみればそうだな」
苦手にならないように色々工夫されていたんだろうなあ……おかげで僕も麻央も好き嫌いせずに育ったってわけだ。辛いのが少し苦手って程度だ。
「ハル、ん」
「適当にかけてよ」
麻央が自分側のチーズソースを容器ごと差し出してきた。
「めんどくさい」
「あ!」
麻央は僕が切り分けたハンバーグをソースにドボン。チーズでコーティングされたハンバーグが僕側の鉄板に乗せられる。
「ちょちょ! 焦げるって!」
「早く食べて」
「あつ!」
とろとろのチーズは思っていたよりも熱くて舌を火傷してしまいそうだった。その分肉によく絡み、コクがあって濃厚な味わいだ。
「……うん。チーズソースもうまいな。もっとコッテリしてるものかと思ったけど、ちょうどいいバランス」
「ね?」
麻央がなぜか得意げだ。
目的の買い物もできたし夕飯はお互いに大満足。勉強詰だったところに程よい息抜きができたと思う。
「……」
「食事中にスカートの中覗かないで変態」
「覗いてない」
麻央の隣側を見ているのにどうしたらスカートを覗けるんだよ。
僕が気になったのは麻央が買ったゲームだけだ。このゲームをきっかけに橋田と麻央がもっと仲良くなればと思っただけ。
スカートを覗かれて困るくらいなら、まず僕の部屋でのだらしない姿を見直すべきだと思う。下にハーフパンツを履いているとはいえ、こっちも目のやりどころに困っているのだ。自分の部屋だってのに居心地が悪いったらない。
「いつまで見てんの? すけべ」
「なんのゲーム買ってたのか気になってたんだよ」
「一緒に買ってたじゃん。バカなの?」
「タイトルだけならうっすらと覚えてるけど、どんなゲームかは知らないよ」
「はあ……昔からゲーム音痴だったけど、中学になってもっとバカになったよね」
「ゲーム音痴は認めるけど、バカは今の話題に関係ないだろ」
それにゲーム音痴も麻央目線での話だ。中学になってほとんどやらなくなったけど、僕だって昔は普通程度にはやっていた。なんなら日頃麻央の相手をしていたから、平均以上の実力は余裕であるだろう。
「あ、そうだ。麻央が入れたゲームなんだけど、これって面白いの?」
毒を吐かれないようアプローチを少し変えてみる。
「なになに? 興味あるの?」
「ま、まあ……」
橋田の手助け程度の興味だけど……。一応嘘はついてないからよしとする。
「多人数参加型のロールプレイングゲームだよ」
「大勢でやるの? スマホで?」
どうしよう……この時点で全然わかんない。
「なんかすっごく頭悪そうな反応だね」
「いちいち僕を虐めないと説明できないのかな?」
「何かを得るためには対価が必要なんだよ」
「それちゃんと釣り合ってるのか?」
「釣り合ってないかも……」
「な? そうだろ?」
「わたしがすごい損してる」
「損得の物差し曲がってない?」
橋田、申し訳ないが僕の心がもう折れそうだ。後で奢ってもらわないと割に合わない。
「オンラインで全国の人と協力して強敵を倒したり、一つの目的を達成したりするんだよ」
「へー。全国の人と協力ってのは結構面白そうだな」
「それで今日買ったゲームはスマホ側の特典がついてるの」
「色々あるんだな。僕もやってみようかな」
「特典はあげないよ」
「わかってるって」
「じゃ、まずはわたしがアカウントだけ作ってるからそれで触ってみれば? わたしの本垢がフレンドに入ってるから序盤のクエストは簡単にクリアできるし」
「とりあえず家に帰ったらやってみるよ」
何事もまずは触ってみてからってとこか。僕が先に始めておけば橋田に協力することもできるだろうし。
「イベント中は一緒にクエスト入れるから全部完走できると思う。次のイベントは木属性のキャラが有利だから——」
「ま、待った待った。まだ始めてもいないから、わかんないことがあったらその都度訊くよ」
「じゃあ今日家に帰ったらログインする前に連絡して。わたしもログインする。わたしのランクのクエストに参加すれば装備も強いの手に入るし、ランクもすぐ上がる」
よくわかんないけど、色々手伝ってくれるってことでいいんだよな?
「じゃあログインできそうな時間になったら電話するよ」
「電話だと一階まで降りるのめんどいからサインにして」
「あれ? サインのアカウント交換してたっけ?」
「ん ハルのちょうだい」
「はい」
麻央のサインアカウントがマイページに表示される。アイコンは何かのキャラクターのぬいぐるみだ。
「何時頃になりそう?」
「寝る前にするから——」
「遅い。夕飯もう済んだんだからすぐにお風呂入ってログインして」
「勉強があるだろ」
「明日二日分やればいいでしょ」
「……まあ今日くらいはいいか」
ゲームのこととはいえ、せっかく麻央が色々教えてくれたんだ。今日は気分転換の日と割り切ろう。
それにしても顔には出てないけど、麻央の奴、ゲームの話になるとこんなにテンションが高くなるんだな。いつもの省エネが嘘みたいだ。
「デザートにチョコパフェ奢ってね。プレミアムの方」
「僕、今日買い物付き合ってあげたんだけど……」
「じゃあ二人で食べる?」
……そういう問題?




