第8話 小鳥遊家
「ごめんねえハルくん、麻央が我儘しちゃって」
「ま、まあ……最近勉強ばっかりだったんで、たまにはしっかり歩くのもいいかなって思います」
「遠慮しないでどんどん食べてね。はいこれも」
「ありがとうございます」
差し出されたローストポークを口に運ぶ。そのへんのレストランなんか目じゃない上品な味わいが口いっぱいに広がる。絶妙な火入れ加減の肉とフルーツ系の甘味のあるソースがよく合っている。数年ぶりに食べたけど、やっぱり麻央のお母さんの料理は美味しい。
「ハル、おいしい?」
「とっても美味しい……」
相変わらず冷凍食品が主力の僕にとっては、手作りの絶品料理は胃袋と心がハイタッチするレベルだ。
「よかったね。わたしのおかげだね」
「まーおー?」
「う……」
お母さんに凄まれ縮こまる麻央。
結局僕はじゃんけんの一本目で敗北を喫し、学校まで麻央のカバンを取りに戻った。ところが帰ってきたところを麻央のご両親に見られてしまったのだ。
必死で庇ったんだけど力及ばず、麻央は中三にもなってご両親にガチめに怒られていた。
イヤー、僕がもっとしっかり誤魔化せれば……力及ばず無念だ。本当に残念でならない。
「ハルくん、遠慮しないでどんどん食べなさい」
「はい、いただいてます。どれも美味しいです」
ナポリタンを皿に運びながら麻央のお父さんが笑顔を見せる。いつ見てもこの体躯には驚かされる。
麻央曰く普通のサラリーマンらしいけど、二メートル近くある身長に、丸太のような二の腕は狩人を連想させる。
対してお母さんは麻央によく似ていて、小柄で髪の色まで同じだ。似た者親子にも程がある。もしも麻央の性格でお父さん似だったら手がつけられなかっただろうなあ……。
「それにしてもハルくんが家に来るなんて小学生以来じゃないか?」
「そうですね。部活が結構ハードだったんで……」
「少し見ないうちに逞しくなったもんね。ほら見てパパ! ハルくんの筋肉!」
隣に来ていたお母さんが僕の二の腕あたりを持つ。
「よし! じゃあご飯を食べ終わったら腕相撲しようか!」
「え、遠慮します!」
絶対勝負にならないだろ。向こうの階級が数段上で不成立だ。
「ハルくん、デザートにケーキもあるからね」
「え? いいんですか?」
「ハルくんが来るって麻央から聞いたから買って来たんだよ」
「そうだったんですか……ありがとうございます」
強引に連れて来た麻央に文句の一つや二つも言いたかったけど、ご両親からこんなに喜ばれるとその気もなくなる。
昔と何も変わらない麻央のお母さんとお父さん。昔から家に一人でいることが多かった僕にとって、その存在がどれほど大きかったことか……。
もちろんそれは麻央も同じで、僕にとって小鳥遊家の人は家族同然だった。いつの間にか関わらなくなったけど、今はこうして同じ食卓を囲んでいる。
ここにいてもいいのかなと思う反面、居心地の良さ、家族の暖かさを感じずにはいられなかった。
******
「本当に泊まっていかないのかい?」
「お父さん、ハルくんもお勉強とかあるんだから無理に止めちゃだめ」
「またご一緒させてください」
夕食後、タイミングを計って帰るつもりだったが、麻央のお父さんから泊まっていくよう提案されたのだ。まさか中三にもなって言われるとは思わなかった。二人から見たら僕はまだまだ子供ってことなのかな。
それにしたってすぐ隣の家に帰るだけなのに、家族揃って外までお見送りとは……。
「またいつでも来なさい。ハルくんはうちの子供でもあるんだから」
「はい。楽しみにしてます」
小学生の頃も全く同じことを言われたのを思い出した。
親同士の仲も良くて、こうして受け入れられている。それなのに僕と麻央は全く関わらない時間が続いた。深く考える必要はないんだろうけど、麻央はその時のことをどう思っているのだろう……。
「おやすみなさい」
「ハル、明後日家まで迎えにいくね」
「……わかった」
麻央の奴……大人しいと思ったら、とんでもないタイミングで約束を取り付けたな。
明後日とは例の買い物の件だ。僕は終始断るつもりだったけど、ご両親がいる状況でキッパリ断るのは難しい。狙ってやってのけたのかは知らないけど、これで僕の週末の時間は麻央の物になってしまった。
「ママ聞いた!? 麻央とハルくんがデートだ!」
「明日はお赤飯かしら?」
「違いますって!」
「ママ、わたしお赤飯より白いご飯がいい」
「そこなの!?」
いやいや! デートの部分を否定しろって! 正真正銘の彼氏が他にいるんだから!
と声を荒らげたかったが、さっき麻央に散々怒られた手前何も言えない。
結局僕は一方的に約束を取り付けられて、バツの悪さを感じながら家に帰った。
あの感じだと、麻央のご両親は彼氏の存在を知らないんだろうなあ……まあ、そのあたりは当人たちの問題としか言いようがない。
頭を切り替えて勉強に取り掛かろうとしたものの、週末のことが頭からちっとも離れなかった。結局その日はシャワーを浴びてすぐにベッドに潜った。




