第5話
「ただいま〜」
「母さんおかえり」
「夕飯は?」
「残ってた冷食で済ませた」
「じゃあ私もそうしようかな」
至って普通のどこにでもある一般的な親子のやり取りだと思う。少し変わっているとすれば、僕の両親は共働きで父さんは単身赴任中。母さんも出張や残業が多く、中々家に帰ってこないってことぐらいだ。こうして週末は家に帰って来るのだけど、それ以外は僕が家に一人でいるのがほとんど。
父さんも母さんも仕事ができる人らしく、おかげで僕もこうして自由にさせてもらっている。今の生活に不満はないし、ずっとこんな感じだったから今更寂しいとは思わないけど、いざ僕が同じ立場になったらここまで仕事に打ち込める気がまるでしない。
「ねえ母さん、ひとつ訊いてもいい?」
「な〜に〜?」
「スマホ欲しいって言ったらどんな返事が来る?」
「なにその回りくどい訊き方。ハルくんはそういうとこお父さんに似てるよね〜」
「別に父さんに似てるとかどうでもいい。スマホ必要になったんだよ」
「いいんじゃない? ハルくん家に一人だし、父さんともこの前そろそろ持たせようかって話してたのよ。何かあった時のためにって」
「え? じゃあ買ってくれるの?」
「いいけど名義は父さんだよ。家族割にも入れたいし」
「名義は父さんでも全然構わないよ。スマホさえ持てればね」
「じゃあ父さん帰って来るの再来週だからその時にね」
「え〜? 再来週? 」
「ハルくんも部活で忙しいでしょ?」
「……うん。まあ、そうだね」
「その頃に新しい機種が出るかもしれないし、それを楽しみに勉強も部活も頑張りなさい」
「お、おーっ!」
半分やけになってらしくないガッツポーズをしてしまった。すぐに買って貰えるとは思ってなかったし、二週間後には持たせてくれるだけありがたい。だけども肝心の美咲との連絡手段としては期待できそうもない。
またあのガッカリした態度を見せられなきゃいけないのか……。
******
長めのお風呂に入った後、寝室のベッドに寝転がりながら明日の予定に考えを巡らせていた。
夕方からでも行ける観光地や遊びに行ける場所。こういう時スマホがあれば楽に調べられるんだけど、生憎それもお預け状態。
罪悪感に負けて調べておくと啖呵を切ったけど、肝心の術を僕は持っていない。母さんに訊いてみようかと思いついたけど、僕が風呂から上がった頃にはリビングで気持ちよさように寝息をかいていた。空のビール缶が二三本添い寝をしていたのがシュールだった。
「ふ……ああ」
欠伸が出てきたところで、部屋の電気を消してベッドに横たわる。
他にあてになりそうな野球部の部員や顧問の先生も、大会前のピリピリした状況じゃとても訊けない。僕みたいなベンチ入りすらしていない奴からなら尚更だ。
それに同じような生活をしている野球部の部員じゃ、僕と似たような場所しか知らないだろう。最悪僕より頼りにならないまである。
女子と日常的にコミュニケーションを取っている野上君に頼ろうにも時間が時間だ。女子部員も多い陸上部なら、美咲が気に入る場所を知ってそうだけど、どっちにしろタイミングが悪い。
幸い明日は練習試合が少し遠い学校で行われるので、その移動中に良い場所を見つけたり、何か案が思い浮かぶかもしれない。
あとは僕のセンスが奇跡的に美咲の趣味にドンピシャだったりとか……。
「……ん?」
待てよ? ところで美咲は、なんであんなに必死になってまで遊ぶ場所を探してたんだ? それこそ美咲は、帰り道が分からなくなっても僕の家まで付いて来るレベルの自由気まま。僕の意見なんか気にせずに、好き勝手自分で出歩いて『ここ良いんじゃね?』みたいなその場のノリとテンションでいくらでも探せそうなものだけど……。
考えなくても遊びに行く場所くらいもっと気楽に探せばいいのに……気分転換に他ならないんだから。あんなに必死になるのも可笑しな話じゃないか。こっちに住んでいる美咲のお父さんや、それこそ妹さんにいくらでも相談できる。
——まさか、こっちの家族とうまくいってないとか……?
……いや、そうだったらわざわざ引っ越してまで一緒に暮らさないし、家まで新しく建てないだろう。それにこれは僕が踏み込んでいい領域じゃない。
僕はあくまで美咲に遊べる場所を教えるだけ。
こういった根本の話は当人達の問題だ。僕が関わろうとしても関われないんだ。それはもうとっくの昔に知っている。必死になってどれだけ心を動かそうとしても、結局どうにもならないことはいくらでもある。人一人の与える影響なんて所詮そんなものだ。
明日僕は、同じ地区じゃまずいないレベルの可愛い女の子と一緒に遊びに行く。そのぐらいの認識でいいはずだ。もっと気楽に、もっと無責任でいいんだ。ここから美咲に深く関わったり、影響を与えることは絶対にない。少しの時間楽しく遊んでそれで終わり。
美咲も僕に対してはこの程度しか求めていない。
関わって理解した気になってしまったら、絶対にお互いに傷つく。そうならないように僕は絶対に間違わない。




