第2話 生まれる前からの幼馴染
小鳥遊麻央とは生まれる前から家が隣同士の幼馴染だ。親同士も仲が良く、物心つく前から、それこそおしゃぶりを咥えていた頃から僕と麻央は一緒だったらしい。
幼稚園の頃から毎日のように互いの家で遊んで、小学生になってもそれは変わらなくて、登下校も一緒でクラスも六年間同じだった。
いつだって麻央が隣にいるのが当たり前だった。それは多分……いや、きっと麻央だって同じだ。
下手をすると、僕達はお互いの両親よりも一緒に過ごした時間が長い。隣にいるのが当たり前、そう僕は思っていた。
「そうだ。カルピスだっけ」
冷蔵庫の中にカルピスは見当たらない。仕方なくオレンジジュースをコップ二つに注いでトレーに乗せる。どんな文句を言われるか今から不安でしかないが、無いものは出せない。世の中は麻央のためだけに回ってないのだ。
「お菓子も持っていってやるか」
ふと視界に入ったお菓子の袋を手に取る。松ぼっくりと切り株の形をした昔から人気のチョコ菓子だ。
最近麻央が家に来ていることを知っているのか、母さんが予め買っておいたのだろう。
昔から僕と麻央はこのお菓子が好きで、どっちが切り株を食べるかで大概取り合いになる。母さん達はこの事は知らないだろう。
中学に入っても僕と麻央の関係は絶対に変わらないと思っていたけれど、中々どうしてわからないものだ。
両方の親が仲裁に入る程の大喧嘩をしても、次の日には一緒だったというのに、中学に入ってから少しもしないうちに関わらなくなった。
決定的な決別があったわけでも、他の友人関係のいざこざ、男子と女子の違いを自覚して気まずくなったでもない。何の前触れもなく、不思議なくらい自然に僕と麻央は関わらなくなった。
中学でも三年間同じクラスだったけど、会話はほとんど無くて、どちらかが進んで関わろうとすらしなかった。無関心というほど冷たいものではないのだろうけど、僕は麻央に対して何かしらの行動を起こす気にはなれなかった。 多分それは麻央も同じで、何か決定的な大きな隔たりが僕達にできたのだ。
お互いがこの先歩んでいく未来も知らないまま、関わらないまま、大人になって顔を合わせることも無くなって、たまに思い出す程度になるのだろうと思っていた。半年前までは。
「麻央? 入るぞ?」
自分の部屋のドアにノックするのもおかしな話だが、相手が相手なので用心するに越したことはない。
「なんだ、寝てるのか」
僕がシャワーを浴びている間に力尽きたようで、クークーと可愛らしい寝息をかいている。こうも気持ちよさそうに寝ていると起こすのも憚れる。
「……」
椅子に腰を下ろし、離れた位置から麻央の寝顔を眺める。
半年前、麻央はいきなり僕の家に顔を出した。それこそ、昔みたいに遊びに来たようなノリで。
その時は家族旅行に行ったお土産を持って来ただけだったのだが、二週間、一週間、三日、そして毎日と、麻央が来る頻度は増えていった。お菓子のお裾分けだとか、ノートを写させてほしいだとか、要件はその日その日でバラバラ。
次第に僕の部屋に上がるようになり、入り浸られるのが日常茶飯事になってしまった。
昔、僕だけじゃ心配だからと、母さんが合い鍵を渡していたけれど、まさかまだ持っているとは思わなかった。
おかげで思春期真っ只中の僕の部屋は、二十四時間フリーパス同然で、プライバシーもプライベートもあったもんじゃない。
「……しっかし気持ちよさそうに寝てるよ。僕のベッドなのに」
こうして眠っていると、普段の悪行が嘘のような可愛さだ。入学式ですれ違った男子全員が振り返ったのは、今でも並風中学で語り継がれているちょっとした伝説だ。十人中十人が可愛いと豪語するのも頷ける。
ただ、他人に対してあまりに関心がないせいで、告白したりデートに誘う奴は三ヶ月もしないうちにいなくなった。
顔の良さは完全無欠、悪態を吐かせても完全無欠。可愛い代わりに性格が悪いのか、性格が悪い代わりに可愛いのか、未だ解明されていない謎だ。
「起こすか……」
起こすことに対する罪悪感よりも、眠りを邪魔したことに対する仕返しが怖い。麻央の中に眠る邪悪な心……というより麻央が邪悪そのものだが、少しでも穏やかな気持ちで目覚めてくれることを切に願う。
「麻央起きて。家で寝ないと——むぶっ!?」
顔面に麻央の足が直撃する。
どうやら麻央自身が眠りについても、中に潜む邪悪な心は起きているようだ。眉間、鼻、顎の急所三点を見事縦ビンゴした麻央の足は、何事もなかったように元の位置に戻った。
「いって……どんだけ寝相悪いんだよ」
ここまで酷いと酔拳の類の領域だ。
「麻央! 起きろ! 自分の家で寝ろ!」
「んぅ〜……?」
「起きろ! さっさと帰れ!」
「……ぅん……なんで優しく起こしてくれないの?」
「僕もそれで済ませたかったよ!」
寝ぼけているのか、毒舌の方はまるで機能していない。毒素の生成が追いついてないのだろう。
麻央はのそのそとベッドから降りると、目を瞑ったままむくりと立ち上がった。
「くあぁ……およよ」
「おはよでいいんだよな?」
『およよ』だと僕が泣かせてるみたいじゃないか。
「くふぁ〜」
麻央は手で口元を覆って二度目の大きな欠伸をした。
「カルピスなかったからオレンジジュース持ってきた。飲む?」
「いらない。ハルが飲んで」
「一人で帰れる?」
「ん」
「待て待て! 靴下脱げてるって!」
「ん〜?」
ベッドから降りる時にずり落ちてしまったのか、かろうじて爪先に引っかかっていた靴下が力無く置いてけぼりにされる。
「ほら」
拾って麻央に突きつける。
「あい」
慣れた様子で麻央が片足をあげる。
「自分で履けよ……」
履くのがめんどくさくさいのか、麻央は靴下を受け取って裸足のままペタペタと部屋を出ていった。
「階段気をつけろよ〜」
「……ん」
「心配だな」
怪我でもされたら困るので仕方なく僕も部屋を出る。
「おんぶは?」
「しない」
酔っ払いの面倒を看るのってこんな感じなんだろうかと思いつつ、玄関まで肩を貸して付き添う。
「じゃあな」
「ん。また明日」
「明日も来るのかよ」
「だめなの?」
「……だめとは言ってない」
ぽやぽや状態のまま、麻央は家を出た。蹴られはしたものの、悪態は全然飛んでこなかったので、そこそこ平和に乗り切ったとは思う。
「はあ……」
口も態度も最悪だけど、可愛い幼馴染が毎日家に入り浸っている。当事者でなければ羨ましいと思うだろう。勉強に集中できないなど些細な問題で、自分次第だと思う人もいるだろう。僕だって何も知らない当事者ならそう考えるのが普通だと思う。
でもこの大きな悩みの根本は、そんな単純なとこにあるんじゃなくて……。
「あいつ彼氏いるのにな」
もっと厄介なとこから生えているのだ。




