第42話 ただいまと久しぶり
「結構長話しちゃったな……」
再開できた喜びも相待って、時間を忘れて美咲と話し込んでしまった。
サインアカウントを交換した後も、最近食べた料理や天気、一緒に買い物に行った時の思い出話。お互いの恥ずかしかったことや裏話と話題が一向に尽きなかった。
つい最近までの僕だったら、時間の無駄と一蹴していただろう。でも今の僕は、そのくだらないやり取りがかけがえのない時間と信じて疑わない。
「もう九時か」
新品同然のスマートフォンの画面に目を向ける。どこからともなくやってきた通知が何件か続いている。
初めのうちは律儀に一件一件開いて確認していたけど、無駄だと気づいてからは開いてすらいない。こういった鬱陶しい通知を止める方法は後々覚えていこうと思う。
「ん?」
あまり聞き慣れない通知音の後に、青色のアイコンがポップアップされる。連絡用のアプリ『サイン』だ。父さんと母さんを登録してからは、然程使っていないから存在を忘れていた。
『よろー』
ついさっき別れたばかりの美咲からのメッセージだ。下にはヘンテコなイラストがくっついていて、ちょっぴりリアクションに困る。
真面目に応えるか、冗談混じりに応えるか、はたまた僕もイラスト付きで返事をするか……。
数分ほど頭を捻らせた末、僕は無難な返信をした。
家に着いたのかとか、今何をしているのかとか、いろいろと会話を広げたい気持ちはあるけれど、それは美咲からの返事次第にしよう。
「……」
美咲から送られてきた一言だけの簡単なメッセージ。たった一言でも本人の声が頭の中で勝手に再生される。なんなら表情や仕草も容易に想像できる。
僕の中に美咲が色濃く残り過ぎているのか、それとも僕が意識しすぎなのか……どちらにせよ大きな存在であることに変わりはない。
お互いの過去に大きく干渉して、前に進むために背中を押し合った。良いところも情けないところも見せ合って、本音でぶつかり合った相手。深く関わりあった異性。特別視しかできない。
こんなにスマートフォンの画面を見つめたのは、それこそ買ってからの数時間以来だ。特に返事を求めてはいないけど、行き場のない落ち着かない気持ちが溢れて止まらない。
「くあ〜……」
大きく背伸びをしてベッドに倒れ込んだ。
美咲と出逢ってから本当に色々な事があった。繰り返しの毎日だったのに、まるで止まっていた時間が再び動き出したように変わった。
全部あの日、美咲と出逢ったのが始まりだった。思い出とお別れできたのも美咲のおかげだ。
ゴールデンウィークに誰かと過ごしたのも、それこそお別れした思い出の女の子以来だ。まさか同じ名前の人と過ごして、その子に後押しをしてもらうとは思わなかったけど……。
ゴールデンウィークといえば、活動中に七海さんと少し話題になった。
七海さんは家族で祖父母と旅行に行ったらしい。実に七海さんらしいというか、微笑ましい過ごし方だ。
幼い頃はおばあちゃん子だったらしく、昔はよく遊びに行ってたそうだ。
当時の七海さんは、おばあちゃんの真似がブームだったそうで、喋り方や仕草、それこそ電話の出方まで真似っこして困らせていたとか。
そこまで聞かされると僕も気になってしまい、リクエストしてみたが丁寧に断られてしまった。
そこまで話してくれたのなら、ちょっとくらいやって見せてくれてもよさそうだけど、それはまた今度の機会に期待だ。
『ピンポーン』
「っ!?」
スマホを閉じようとしたところでインターホンが鳴った。
悪いことをしている訳じゃないのに、全身がびくりと跳ね上がり、危うくスマートフォンを落とすところだった。買ったばかりなのに壊してしまったら目も当てられない。
知ってはいたつもりだったけど、あまりお目にかかれない金額を見せられたからなあ……。なんの躊躇いもなくサインした父さんも父さんだよ。
「……こんな時間に誰だよ」
複雑な気分でモニターのスイッチを入れると『ザザー』と外の空気の音がマイク越しに入り、インターホンを押した人物が少し遅れて映し出される。
『こんばんは。ハルくんいますか?』
家族以外では久しく聞いていなかった呼び方、そして可愛らしい声音。
学校で毎日顔を合わせているはずなのに、もう何年も前から会っていなかったように感じる。
「え……麻央?」
「あれ? ハル?」
「そうだけど……」
「ただいま」
「いや、意味わかんないんだけど……えっと……久しぶり?」
昔と何一つ変わらない調子で、モニターに映る少女は『ハル』と呼んできた。
この名前で僕を呼ぶのはたった一人しかいない。
こんな時間に訪ねてきて、突然の『ただいま』発言で頭が更にとっ散らかる。
そもそも前置きも無しにいきなり現れていい人物じゃないのだ。こんな昨日も普通に遊びに来ていた様なノリじゃ、僕はこの上なく困惑する。
疎遠だった時間の長さを考えれば、もっと何かしらのきっかけや重大な出来事があるのが普通なんだ。それだったらまだどうにか理解が追いつく。
とにかく分からない事だらけだ。
一つだけ確かなのは、モニターに映っているのが、中学に入ってからずっと疎遠だった幼馴染、小鳥遊麻央だということだ。




