第4話
「あ! 付き合うって言っても彼氏彼女って意味じゃないよ? あたしそういうのよくわかんないし」
「わかってる大丈夫」
日本語って本当に恐ろしいと僕は思う。だって付き合うっていうと、間違いなく最初に思い浮かぶのは彼氏彼女の方なんだから。どうせこんなことだろうと思っていたけど、やはりどうしても一瞬ときめいてしまうし、期待だってしてしまう。美咲が即座に訂正してくれたからめでたい勘違いをせずに済んだけど、こうも早口で捲し立てられると、色々と思うところはある。これって振られた回数にカウントされたりしないよね? 我に返ったようにマジトーンで折り畳むのほんとに勘弁してほしい。美咲もここにきて気まずそうな表情しないでほしい。本当に顔に出るタイプなんだな。
「ああ〜よかったぁ」
「大丈夫大丈夫何も問題ない」
美咲が大袈裟に安心しているのがなんだか鼻につくが、ここで深入りすると碌なことにならないので押し留めておく。男女の距離感はバグっているくせに、変なとこで常識あるの質悪すぎるだろ。僕だったからよかったものの、感受性豊かな男子諸君なら確実に勘違いしているぞ。
「それで付き合ってくれんだよね?」
「うんうん付き合う付き合う手伝う手伝う」
「なんか投げやりじゃない?」
「気のせい気のせい」
「じゃあなんで目背けてんの? こっち向いて」
言われるがまま美咲と向き合う。言動も行動もぶっ飛んでて自分勝手極まりないけど、こうしてマジマジと対面してしまうと、この見た目の良さで何も言えなくなるのずるいよなあ……。
「心配しなくともちゃんと付き合うよ。もちろん僕の力が及ぶ範囲での協力だけど」
このまま美咲が常識外れな行動をとって、相手に深い傷を負わせるだけならまだしも、逆恨みされて事件にでもなったら寝覚めが悪い。
話も色々聞いてしまった以上、これも何かの縁と思ってできる限りの手伝いをしよう。
「出来る範囲ってどこまで?」
「そりゃ遊べる場所を教えるとかだよ。僕が知ってるとこ限定になっちゃけど。あ、荷物持ちも出来るよ」
「あとは?」
「……それは美咲が何を望んでるかによるだろ」
「へー。じゃあ来てってお願いしたら?」
「時と場合による。日中は学校だし夕方から夜にかけて部活。帰ったら勉強」
「ほとんど無理じゃん。サボれないの?」
「無理に決まってるだろ」
「えー……全然ダメじゃん。しかも勉強って」
「仕方ないだろ。学生の本分は勉強なんだから」
「そうだけどさ。でもあたし、今どこの学校にも通ってないから学生ではないよね? ほら」
「なんかとんでもないこと自信満々に突きつけてきたな」
『ほら』と言われても……。理屈は理解できるんだけど、思考が完全にダメな人のソレである。僕と同い年なら今年受験のはずだけど、そこらへん深く考えてないのかな? 一時的に学校に通っていないとしても、転入前に遊び歩いていたと知られたら、内申点にとても響くと思うのだが……。
「ね? 少しくらいサボっても大丈夫だって」
「それは美咲だけだろ」
「あーもう! 陽也くんはいつだったらいいの?」
「そりゃ休日かな」
「お! 明日土曜日じゃん!」
「ごめん。明日は練習試合があるんだ」
「はあ?」
「仕方ないだろ。大会が近いんだ」
「でも練習なんだからよくない?」
「勘弁してくれ。僕が言うのもどうかと思うけど、強豪校で監督も厳しいんだ。サボったりしたら試合に出られなくなる」
ベンチ入りすらしていない僕が今更試合に出してもらえると思えないけど、これでも一年から頑張ってたんだ。最後のチャンスをこんな形で潰したくない。
「……じゃあ結局ダメなの?」
「だ、ダメとは言ってない」
急に悲しそうにされると罪悪感が一気に押し寄せてくる。
「練習試合が終わった後だったら行けるよ」
「ほんと!? 練習試合て何時まで?」
「明日は試合の後に合同練習があるから、こっちに戻るのは五時くらいかな」
「夜じゃん……でも仕方ないんだよね?」
「付き合うって啖呵切っといて本当に申し訳ないんだけど……。その代わり今日家に帰ったら調べてみるよ。遊べる場所」
「……うん。まあ、それならいいや」
満足はしていないけど、納得はしてくれたみたいで美咲が顔をあげる。大人っぽいイメージを最初は持っていたけど、喜怒哀楽がはっきりしていて内面は子供っぽい。自分勝手なところもよくよく考えれば年相応なのかもしれないな。見た目だけで判断して、相手に求めるハードルが高くなってしまってはダメだ。結城美咲は僕と同い年の年相応の少し変わった女の子。それを忘れてはいけない。
「ところで美咲は家に帰らなくていいのか?」
さっきの行動を見るに完全に逆方向だ。
「あーうん。なんとかなるんじゃね?」
「頼られても困るぞ。僕の家すぐそこだし」
「陽也くんの家どこなの?」
「あそこの一戸建て。ほら、マウンテンバイクが停めてあるとこ」
マウンテンバイクは僕が中学に上がった時に買ってもらったものだ。当時の僕は自転車を乗るのがやたらと好きで、休みの日は意味もなく近くの運動公園にサイクリングに行ったものだ。部活を始めてからはほとんど乗らなくなって、結局のところ数えるほどしか乗っていない。今となっては家のオブジェみたいになっている。こうして僕の家を教える目標にはなっているけど、買ってくれた父さんやマウンテンバイク君は複雑な心境だろう。
「へー。学校から結構近いんだね」
「歩いて三十分は近いのか?」
日頃部活で疲れた身体を引き摺りながら歩くのだから、もう少し近くてもいいと思う。
「そんなことより美咲はちゃんと帰れるの? 家族に迎えに来てもらった方がいいんじゃない?」
「うん。今サイン送った」
「いつの間に……」
サインとはメッセージと通話の両方を兼ね備えた連絡用のアプリのことだ。定型分やメッセージ付きのイラストなども使えるらしいので、大半の連絡はそれひとつで事足りるとか。
「そうだ。陽也くんのサイン教えてよ」
「僕スマホ持ってないよ」
「はあ!? マジで言ってんの!?」
「マジだけど問題ある?」
「あったりまえじゃん! 友達と連絡する時とかどうしてんの?」
「学校でいつも顔合わせるからその時に」
「家帰った後は!?」
「疲れて寝ちゃうからどのちみち出来ない」
言うまでもなく休みの日も同じようなものだ。連絡をとる相手も両親や野上君くらいしか思い浮かばないし、今まで不便に感じたことはない。
「はあ〜。陽也くんさあ、なんかあった時に大変だから絶対持っておいた方いいよ。スマホ」
「今度頼んでみます」
家庭環境的に前向きに考えてくれそうだけど、保護者同伴の手続きがあるだろうからすぐには無理だろうな。美咲には面倒をかけてしまうけど今は我慢してもらおう。
「じゃあ明日は夕方五時に陽也くんの学校の前集合ね。遅刻しないでね」
「待て待て待って! 学校の前はダメだ! 絶対にだめ!」
「うるさ。なんで?」
「普通に考えてみろ。学校なんかで待ち合わせしたら絶対に目立つし人に見られるだろ?」
「別によくね? あたし気にしないし」
「僕が気にするんだよ! 学校で噂になったらどう説明すればいいんだよ?」
「テキトーに彼女とか言っとけば?」
「失礼を承知で質問するけど意味わかってる?」
「もち」
「美咲さ、絶対僕のこと嫌いだろ。新手の嫌がらせ?」
「別に? なんとも思ってないけど?」
「……っ」
ほんと男女の距離感おかしいのに、男子中学生の心を抉る術だけは完璧なのどうなってんだよ……とんだパーフェクトコミュニケーションだよ。
「あれ? どしたの? 泣いてる?」
「目にゴミが入ったんだよ!」
泣いてるんじゃなくて泣かされたんだよ!
「とにかく明日は学校以外にしてくれ! ここに来る前にあったミドリーマート! 五時半集合!」
「ちょっと! なんで三十分遅くなってんの!? 五時って言ったじゃん!」
「こっちにも準備があんだよ!」
「意味わかんないし! いいじゃん五時で!」
「うるさい! うるさいうるさーい!」
「はあ!? なに馬鹿になってんの!?」
「うるさいったらうるさーい!」
家に着くまでの間、僕は今日会った出来事をひとつひとつ思い返した。過去の『みさき』と『結城美咲』違う違うと何度も自分に言い聞かせていたけど、やはり違うと思う。昔のことを覚えている様子はない。月日が経てば性格も変わるとはいえ、結城美咲といくら言葉を交わしても面影も似通った部分も全く見当たらないのだ。
それでも僕は美咲とのほんの少しのやり取りも楽しいと思ってしまった。




