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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
39/52

第39話 答え合わせ


 赤みが少しかかったオレンジ色の空は、すっかり深みを増していた。

 あと少しもしないうちに夜がやってくる。当たり前で普通のことなんだけど、こうして一日の終わりを迎えるのも、美咲と一緒だと特別に感じる。


「陽也くん、今日夕飯なに食べるの?」

「レトルトカレーに冷凍のコロッケでも乗せて食べようかなと」

「ふーん……うちに食べに来る? 栞も喜ぶよ?」

「気持ちは嬉しいけど遠慮しとく」

「つまんないの」


 家族水入らずところにお邪魔するのも悪いし、栞に始末されるのもごめんだ。お邪魔するにしても、美咲達がもう少し落ち着いてからでいい。


「カレーかぁ……うちはなんだろ」


 美咲はぼんやりした顔持ちで空を見上げた。


「陽也くんにずーっと訊きたいことあったんだけど、今訊いてもいい?」

「うん。いいよ」


 美咲の声音がいつもと違うことに気づく。明るくも暗くもなく、フラットだけどそれでいて無感情とは違う。

 短く息を吐いた美咲に、小さく頷いて続きを促した。


「昔好きだった子に告白できなかったって言ってたけど、本当にそれだけであたしに優しくしてくれたの?」

 初めて会った日もこんな天気で、こんな空の色をしていた。


 偶然が重なり合った特別な十日間の物語。

 旧校舎の前で出逢ったあの時を思い出さずにはいられなかった。


「……どうしても答えなきゃダメ?」

「ダメ」

「そのうちね。今日はもう遅いし」

「まだ明るいって。陽也くん部活はもっと暗くなるまでやってたじゃん」

「ぐぬ……」

「そのうちっていつ? 時間は何も解決してくれないんじゃなかったっけ?」

「ぐぬぬ……」


 いざ自分に返ってきて気づいたけど、大分偉そうなこと言ってたんだな僕。


「いいじゃん! もう昔のことなんでしょ?」

「わ、わかったよ」


 別に絶対に誰にも話せない特別な思い出ってわけではない。昔はともかく今はそうだ。だが先程散々弄られた手前、切り出すのに中々勇気がいる。

 深く息を吸って、手のひらで顔を隠しながら口を開いた。


「その……その子の名前がさ、一緒なんだ。美咲と」

「……え? 美咲なの?」

「うん。『みさき』」


 散々揶揄われた後だっていうのに、まだ恥ずかしさが底なしに溢れてくる。


「もしかして……あたしがその女の子だと思ってたの?」

「最初だけ! 最初だけだよ! ほんと一瞬だけ!」


 我ながらなんともまあ見苦しい……。


「いや……別人かな。あたしこっちに住んでたことないし」

「わかってる! わかってるからそれ以上喋らないで!」


 冷静に返されると死にたくなる。


「な、なんかごめんね……」

「謝ってなんて言ってないー!」


 申し訳なさそうに謝られると以下略……。

 これならいつもみたいに揶揄われた方がまだマシだ。


「……でもいいよね。そういうの」

「いきなり何さ?」

「あたし恋愛とかよくわかんないから」


 茶化している様子は一切なく、美咲は明るい声の調子で背伸びをした。


「あたしも誰かを好きになる時が来るのかなあ……」

「……僕にはなんとも言えない」

「ねえ、陽也くんと一緒にいたらわかるかな?」

「な、なんで僕……」


 身体を少し預けられたのに気づく。

 本人は好奇心百パーセントなんだろうけど、こんなことされながら言われたら絶対に意識する。こっちは理論武装を固めてあれこれ言い訳し続けたってのに、たった十日間で心の中心に居座られてしまった。

 ほんと……質が悪い。


「えいっ!」

「あいて」


 肩をぶつけられる。


「ちょっと想像しちゃった。昔の陽也くん」

「意味ないのに」

「いいの。あたしがしたいんだから」


 言って美咲はもう一度肩をぶつけてきた。


「陽也くんは優しいから、好きな子のために色々頑張ったんだろうなって」

「……頑張ったってほどじゃないよ」


 当時の僕はもっと幼稚でもっと単純だった。気を引きたいが為に頑張っているポーズを見せて、わざとバカなことをやってみたり、笑ってもらおうとしたり、目立とうとしたり、ただそれだけだった。

 誰かのためなんかじゃない。僕も本当は気づいていたはずなんだ。何も言わずにいなくなったのが許せなくて、ずっと目を逸らしていた。

 振り向いてもらいたい。その子の心を独り占めしたい。一番になりたい。

 結局僕は自分のことしか考えていなかった。


「ぷっ」

「な、何がおかしいんだよ……?」


 また茶化されそうだ。


「ごめんごめん。だってさ、陽也くん結構すぐに別人だって気づいたんでしょ?」

「まあ……そりゃあね」


 こうして美咲と答え合わせをするまでもなく、面影すら全く感じなかった。とっくに答えは出ていた。


「思い出の女の子じゃないのに、あそこまでするってどんだけ優しいのって感じ」


 目を細めて笑顔を見せる美咲。心なしか寂しそうにも見えたのは気のせいだろうか。

 僕は誰にだって優しくするわけじゃない。第一僕は優しい人間じゃない。

 あの時だって、誰かの為にだなんて絶対に二度としないと確かな意思を持っていたんだ。


「ふむふむ。陽也くんは尽くすタイプっと」


 なのに美咲はそんな僕の硬い殻を簡単に破った。

 僕がどうして美咲にここまでできたのか。なぜか少しだけ、ほんの少しだけ、今になってその理由がわかりそうな気がする。


「あはっ。ちょっと羨ましいかも、その女の子」

「だからそんな大したことじゃないって」

「またまたご謙遜を〜」


 いつもみたいに機嫌を悪くして怒ればいいのに、美咲はまた笑顔を見せた。栞に拒絶されて、傷ついた時に見せた笑顔だ。

 美咲は嘘が下手だ。思ったことは顔だけじゃなく、態度や言動にも出る。今美咲が無理をして笑っているのは手に取るようにわかる。

 なのに美咲が寂しそうにしている理由が僕にはわからない。


「そりゃ陽也くん名前呼ぶよね『みさき!』って。おいおいどんだけ好きなんだよー」

「……この際だから言うけど、あそこまで頑張れたのは美咲だけだよ」

「え……」


 誤解されたままなのが嫌で口を滑らせてしまった。

 自分でも不思議だった。誤解されたままでもなんら問題もないはずなのに、美咲が勘違いをしているのがどうしても嫌だった。


 ——どうして嫌なんだ?


 今までだってそうだ。普段の僕だったら我儘も面倒事も絶対に避けているはずなのに、何度も何度も付き合った。急に機嫌が悪くなって八つ当たりされるのも、嬉しいとさえ思ってしまった。

 僕は美咲達の為に悪者を演じてまで仲を取り持った。

 嫌われて二度と会えないと思って涙まで流した……。

 そして今一緒にいることに、疑いようのない心地よさを感じてしまっている。絶対に口に出せないけど、僕はこれからも美咲とこんな関係でありたいと思っている。

 美咲の隣に他の人がいるのを想像したくない考えたくもない。


 ——ずっと一緒にいたい。


「僕は……」


 ——この感情はもしかして。


 押し留めていた気持ちや想いが僕から溢れ出る。ぼんやりとしていた感情に色がついて、はっきりとした意味が生まれる。


 それは僕の口から言葉になって——。


「今度は陽也くんの番だよ」


 言いかけた瞬間、透き通った声音が頭の中を真っ白にした。


「陽也くんも過去を乗り越えるの」

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