第20話 他の女の子と話してるのがイヤ
「それで栞は学校だとどんな感じ?」
「友達はいるみたい」
「なにそのふわっとした情報。陽也くん本当に栞と話したの?」
「学年が二つも違うのに詳しいのはおかしいだろ」
「はぁ……そこはもう少し頑張れないかなあ」
美咲はピザを一片口へ運びつつ苦言を呈す。それを見計らって僕も反対側を手に取る。お好み焼き、タピオカとなんだかんだ間食を挟んだので、夕食は標準サイズのピザとサラダを二人で分けて食べることにした。
学生客の多い比較的安価なお店ではあるが、メニューが豊富で味も申し分無い。今食べているマルゲリータピザも、ふんだんに使われたトマトがチーズとよく絡んでおいしい。
「あのね。美咲は女子校の感覚で言ってるんだろうけど、こっちはごく普通の共学なの。同学年の女子に声かけるのだってハードルが高いのに、後輩の女子だなんて無理に決まってるだろ」
「そうなの? あたしは普通に陽也くんと喋れるけど?」
「それは学校の中じゃないからだろ」
美咲の感覚がバグっているのもある。よくよく考えてみれば、美咲との今までのことだって、ほとんどが学校の外のおかげで大事になっていなかったが、これが校内だったらと思うと冷や汗が出る。たまたま美咲がどこの中学にも所属しいてない状態だから成り立っているだけ。在学中だったらあっという間に特定されて、あれよあれよで噂は広がっていく。学校中どころか地区内の有名人まっしぐらだ。
「じゃあ陽也くんはあたしが同じ学校だったら話しかけないの?」
「間違いなく今と同じようにはならないね」
ピザの最後の一切れを取ろうとしたが、美咲に阻まれピザカッターで真っ二つにされる。仕方なく半分を口に運ぶ。
「へ〜……」
美咲が正真正銘最後の一切れを口に入れたのを見計らって、メロンソーダで喉を潤す。
段々と気にしなくなってしまったけど、本来なら美咲も僕と同い年の中学生なんだよな。手続きが終われば、同じ地域の勉学に励む普通の中学生。
思えば僕は美咲のことを知っているようでほとんど知らない。性格や好き嫌いを知ることはできたけど、前の学校の話もそれ以前の話も殆どしていない。
それも当然なのだ。なんせ美咲と出会って一週間しか経ってない。偶然僕がそこに居合わせていて、偶然美咲の妹が僕と同じ学校だった。運命の悪戯か、偶然思い出の女の子と同じ名前だった。幾重にも起こった偶然の連続で、嘘みたいな一週間になったのだ。
ふと、美咲が同じ中学だったらと考えてしまう。美咲はすぐに女子のグループの中心になるだろう。目立つ男子からも数えきれないくらい声をかけられて、毎日が充実して楽しい学校生活を送って……。
僕がしている協力も、きっと他の誰かが完璧にやってのけてしまうんだと思うと、胸の奥が苦しくなった。
「……美咲? どうしたの?」
「別に? 顔見てた」
思いの外顔を近づけていた美咲に気づき、思わず手を前に出した。口の周りに何かついていたのではと軽く手で拭った。そんなにぼーっとしていたのかとあれこれ思考が入り乱れる。
「僕の顔見ても全然いいことないぞ?」
「……」
「な、なにかな?」
僕の話を聞いていないのか見てくるのを一向にやめない。頬杖をついているせいか、機嫌が悪そうに見える。
「陽也くんさぁ、男子が女子に話しかけるのはキツいって言ってたけど、じゃあなに? 学校で女子と全っ然喋んないの?」
「キツいとは言ってな——」
「喋んの? 喋んないの?」
女子と喋ると言われて真っ先に七海さんの顔が浮かんだ。美咲以外だと、ここ最近で一番話した相手だ。
「えっと……それは」
「はっきり言ったら? てかこっち向けよ」
「美咲、言葉遣いが悪い」
「はあ?」
嫌な予感は的中。こんな流れになることが多い。ほんの些細なやり取りから美咲が機嫌を悪くして言い争いになってしまう。連休でしばらく会えなくなるから、できればこんなことで喧嘩したくないんだけど……なんで僕、恋人相手にするような心配してんだ?
「……喋ります」
「ほらやっぱり。キツいとか嘘じゃん」
「嘘じゃないって。怒らなくてもいいだろ」
「怒ってない!」
「怒ってるって! なんだよもう! せっかくプレゼントも決まっていい雰囲気だったのに」
「仕方ないじゃん! ムカつくんだもん!」
「そんな子供みたいな……八つ当たりじゃないか」
「ムカつくったらムカつくの! あたしの知らないとこで他の女の子と話してるのが嫌なの!」
「……ぇ? み、美咲……それって……」
「なに? まだ言い訳すんの?」
予想だにしていない一言に耐えきれず口元を手で覆った。こうしなければ美咲に僕の表情が丸見えになってしまう。このままだと血迷ったことを口走りそうだ……。
浮かれちゃいけない。わかってはいるけど、意識せずにはいられない。美咲が今振り回している理不尽の理由を。
「……いや、それなら気をつけるよ」
「なんか急に態度変わってない? まあ、わかればいいけど。それにしたって本当にわかってんの?」
「だ、大丈夫」
「だからなんで顔を背けんの?」
全然大丈夫じゃない。勘弁してくれ……。
間違いを起こしちゃいけない。今僕の頭に浮かんだ考えは、美咲とのこれまでとこれからもどちらも壊してしまうものだ。それが原因で美咲達の仲直り支障が出る可能性も無いとは言いきれない。
前にも似たようなやり取りはあったはずだ。僕がこの感情を受け入れてしまっても、美咲の心を動かすことは決してあり得ない。
『わからない』と言っていただろ。だから今のやり取りだって、なんの意図もなくて意味のないもの。自分の役割を忘れちゃいけない。
それに僕は思い出の女の子との過去を整理できずにいる。そんな状態で美咲に対してあやふやな好意を持つのは不誠実だ。
少なくとも美咲と栞の関係が元通りになるまでは絶対に意識しちゃいけない。
「ねえちょっと、聞いてる?」
「あ、うん。聞いてるよ」
「なーんかなあ……」
「美咲、ちょっといい?」
「なに?」
改めて美咲と向き合って顔をマジマジと見つめる。見れば見るほど僕と一緒にいるのが不思議な存在だ。
「一応言っとくけど、僕は誰にだってこうじゃないから」
「ごめん。普通に意味わかんない」
「美咲はさ、うちの学校じゃ考えられないくらい……か、かわいいんだよ」
「……は、はぁ!?」
「だから同じ学校だったら絶対に目立つし、話しかけるのに勇気もいる。少しでも関わったらすぐに噂になるんだよ」
「……」
おっかなびっくりで反応を伺う。我ながら女々しいとは承知しているけど、触れない、近づき過ぎない離れ過ぎないを保つので精一杯だ。
「だ、だから美咲はもう少し自覚を持った方がいい。美咲はかなり目立つんだよ」
「……前にも言ってたけど、あたしのこと本っ当に本気で可愛いって思ってる?」
「僕が嘘でこんなこと言うとでも?」
「陽也くん結構捻くれてるし、めっちゃ遠回しにこねくり回すし、すぐに言い訳するし、他の女の子とも仲良いみたいだし」
「嫌な信頼だな……」
「うん……」
「……」
お互いに続きが出てこなくて残っていた飲み物を飲み干す。
「……遅くなるからそろそろ出よっか」
「そうだな。買ったもの忘れないようにね」
「うん」
ショッピングモール内のファミレスを後にし、出口へと足を進める。
「そうだ。陽也くんに言おうと思ってたんだけど、連休明けからあたしも星坂の生徒だから」
「じゃあ今みたいに会えなくなるな」
「たまには陽也くんが星坂に来てね」
「ハードルが高すぎるだろ」
軽い調子で返した後に胸を押さえ込んだ。チクリと痛んだ何かに気づきたくないがために。
僕が美咲とこの関係でいられるのもあと僅か。同じ地区なのだから、会おうと思えばまたいつでも会えるはず。なのにどうしても考えずにはいられない。
この先に待っている確かな『終わり』を。




