第18話 可愛いから
来週は中総体の地区予選があり、明日からそれを視野に入れた最後の練習試合がある。これらのこともあって、今日の部活は軽い調整の後のミーティングのみで終わった。委員会があった僕が参加できたのはミーティングだけで、結局ユニフォームに着替えたのが無駄になってしまった。
明日に備えて真っ直ぐ帰って、参加できなかった分の練習するなり休むなりするべきなんだろうけど、僕は学校付近をうろうろと徘徊していた。
記憶を起こして、どこで待っているのがいいか、やっていることはかなり不審者地味みたいだけど、僕も一度されているので文句は言わせない。男女平等。こういう考え方って大事にしていかないとね。
「あ、来た」
「うげ」
僕の顔を見るなり、美咲は複雑な顔をする。
「人の顔見るなり酷い反応だな」
「待ち伏せしてたの? ストーカーじゃん。きもっ」
「あのな、僕も前にされてるからこれでおあいこだろ」
回数だけでいえば美咲の方が一回多いし、なんなら家まで押しかけて来たこともある。それに対してストーカーどうこうと言うつもりはないけれど、美咲は一度自分の行動を振り返った方がいい。
「それで? なんか用? あたし忙しいんだけど」
「買い物に付き合ってもらおうと思ってたんだ。でも忙しいなら無理か」
「無理なんて言ってないじゃん。勝手に決めないで」
「ぷっ。じゃあお願いしようかな」
「はあ? 何笑ってんの?」
「なんでもない。じゃ、行こうか」
「納得いかないんですけど!」
美咲が隣に並ぶのを待ってから歩き始めた。学校の近くまで来ていたのなら、少なからず僕と顔を合わせてもいいとは思っているだろう。まだ棘が残っているが、心の底から嫌われてはなさそうで内心ホッとしている。
「あ、そうだ美咲」
「なに?」
明らかに不機嫌さを表に出している。だったらここは僕の方から歩み寄らないと。
「この前はごめん」
「……あたしも、ごめん」
美咲との関係があんな形で終わってしまうのは絶対に嫌だった。こんなこと面と向かって言えるわけないけど、その分『ごめん』に気持ちを乗せた。
出会って十日も経っていない僕と美咲がこうして仲直りできたんだ。これから家族になる二人もきっとできる。
昔みたいになれるはずなんだ。
******
僕が住んでいる街は、他所の人からすると栄えていると思われがちだが、案外そうでもない。都市の一番大きい駅通りですら大きなビルが幾つか並んではいるけれど、実際のところは中身がスカスカだったり、遊んだり買い物をするのには向いていなかったりする。
今日みたいにこうして少し気合の入れた買い物をする時は、電車で隣街の大きいショッピングモールに行くのがここらの学生のお決まりなのだ。
交通用の電子マネーを改札口に通し、ホームへと続く通路を歩く。売店やお土産屋が退屈そうにしている中、今日は珍しくお好み焼きのも屋台も来ていた。とても惹かれるが、ここでお腹を膨らませて財布を軽くしている場合じゃない。
時間帯にしては人が少ないようで、同じ制服を着た学生が一カ所に固まってスマホを弄っていた。駅特有の独特な形と座り心地をしている椅子に腰を下ろす。マナーが悪いかもしれないけど、部活用のバッグを置いて美咲の座る場所も確保。人が少ないならギリオーケーだろう。
「……あれ? 美咲?」
改札口を通るとこまで一緒だったのに、すぐ後ろにいるはずの美咲がいない。電車が来るまで時間の余裕はあるが、もし乗り損なってしまったら帰りの時間に響く。
美咲との買い物が手短に済むとは到底思えないし、向こうで夕食を取りたいと考えている僕としては時間に余裕を持ってショッピングモールに着きたい。
それに美咲をあまり一人にさせたくない。何かしらのトラブルに巻き込まれそうだからだ。見知らぬ学生に声をかけられるだの、変な連中にナンパされているだの、あまりにベタ過ぎる展開も美咲ならあり得そうなのだ。
「探しに行くか……」
一度腰を下ろしたのを再び上げるのも、荷物を抱え直さないといけないのも本当に億劫だけど、迷子にもなりかねないので美咲を探しに行くことにした。
誰かがお好み焼きの誘惑に負けたのか、鰹節とソースの匂いが漂ってくる。委員会と部活を終えたばかりの僕には強過ぎる刺激だ。
「あれ? 陽也くんどっか行くの?」
「行こうと思ってたけど、その必要がたった今なくなった」
「あ、お好み焼き?」
「違うよ……」
僕とは違う階段からホームに降りて来たのか、美咲は反対側からひょっこりと姿を現した。手にはまさに今買ってきたばかりのお好み焼きが入ったパック。
「見てたら食べたくなっちゃってさあ〜。大きいサイズにしてもらったから一緒に食べようよ」
「電車が来るまで時間はあるし、お言葉に甘えて少しもらおうかな」
「いっただきま〜す。うまっ!」
「聞いてないし、食べ始めるの早いし」
美咲は熱くて咽せる可能性を全く考慮せずに、大きく口を開けてお好み焼きを口に運んでいた。食べているのを見るだけで余計にお腹が空いてくる。
「ふぁい、ふぁふやふんのぶん」
「飲み込んでから喋ろうな」
鰹節とか青のりとか飛んだらどうするんだよ。ハフハフ言ってる美咲から割り箸を受け取る。
「おじさん百円安くしてくれたんだ〜。あたしすごくない?」
「え? 値切りしたの?」
「ちょっと! なんで引いてんの!? 違うし!」
まさか中学生に値段の交渉をされるとは思わなかっただろう。屋台のおじさん達もさぞ驚いただろうなあ。絶対変な子が買いに来たと思われてるよ……。
「お。うまいな」
生地にもしっかりと風味や旨みがある。多めに入っている紅生姜や葱が甘じょっぱいソースとよく合っている。
「あのね『お姉さん可愛いから』てサービスしてくれたの」
「気前のいいおじさん達に感謝だな」
変な子じゃなくて可愛い子で安心した。
「あたしにはなんもないの?」
「ご馳走様です」
「他には?」
「忘れてた。いただきます」
「没収。マジあり得ないし」
お好み焼きが僕の手の届かないところに連れて行かれる。
「ごめんごめん。僕がこうして美味しいお好み焼きにありつけたのは美咲のおかげだよ」
「豚肉カリカリ〜。うま〜」
メインの具が美咲の口の中へ運ばれていく。
「僕の分も買ってくれてありがとう」
「あーん」
明らかに聞こえているのに見せびらかすように大きな口を開ける美咲。これはもしかして、この前の喧嘩の仕返しも含まれているのだろうか。
「みさきさ〜ん。僕にも分けてくれませんか〜?」
「あ、カラシいらない」
カラシの入った小さな袋が膝の上に置かれる。さん付けは逆効果のようだ。
「……こうしてお好み焼きを食べられるのも、美咲の……か、可愛さのおかげだと思う。ありがとう」
「はいはーい。最初から素直にそう言えばいいのに」
ようやく許してもらえたのか、美咲がお好み焼のパックを差し出してくれた。僕としてはこういうタイミングで言うべきじゃないと思うんだけど、当人はとっても満足そう。男子と女子の違いってやつか。
「半分払うよ」
「いらないいらない。その代わり後でジュース奢ってね」
「いいよ。美咲の好きなものなんでも」
「え? なんでも買ってくれるの!?」
「ジュースね! ジュース! ジュース一本だけ!」
美咲が全部食べてしまったようで、残っていたお好み焼きには具がほとんど残っていなかった。奢ってもらった立場だし、それに対してどうこういうつもりはない。それにお好み焼きの元の味が良かったから十二分に堪能できた。
少しもしないうちにチラホラと学生が多くなってきた。知っている学校、知らない学校とまちまちだが、どこの生徒からも同じような視線を感じた。




