第16話 友達の義妹
社会人や学生にとって年に一度の特別な期間。黄金と名乗るに相応しい誰しも特別視せざるをえない大型連休、それがゴールデンウィーク。
今日はそのゴールデンウィーク前日、クラスメイトの面々も朝からどこか浮ついた様子を隠せないでいる。
僕も間違いなくその中の一人のはずなんだけど、昨日の美咲との言い争いがいつまでも頭に残り続けていて、どうにも連休前の空気に馴染めないでいた。
昼食を早めに済ませたものの、残りの時間に予習するでもなく、クラスメイトと親睦を深めたりもせず、ただ昨日の言い合いを思い出して複雑な気分になっていた。
手元でボールペンが指と指の間をくるくると軽快に回っている。ペンと違い、頭の中は散らかりっぱなしで全く回ってくれない。授業の内容もろくすっぽ入ってこなかった。気持ちを入れ直そうとしても穴の空いた風船のようにすぐに抜けていく。
ゴールデンウィーク明けの気怠さを五月病と呼ぶらしいが、今の僕の病名は何と呼ぶのだろう……。
「朝から浮かない顔してるね」
「あ。なあんだ野上君か」
「また随分と残念なリアクションだ」
「なんか用?」
「移動教室、一緒に行こうよ」
「ん」
短く返事をして席を立つ。昼休み後の社会科ほど眠くなる授業はないが、今日は胸のモヤモヤが邪魔して悪い意味で眠れないだろう。
「それで? 何か悩み事?」
教室を出て早々に野上君が質問を投げる。あまり人のいないタイミングを狙ったのだろうか。だとしたらこんなさりげない気遣いができるから部長が務まるんだと感心する。僕もこれくらいの器量があれば昨日も美咲と言い争わずに済んだのかもしれない。
「まあそんなとこ」
「委員会?」
「いや全然」
全く事情を知らない野上君なら仕方ないんだけど、かなり的外れだ。委員会のことはすっかり頭から消えていた。というか心配するなら最初から推薦しなければよかったのに。
「どんな悩みか教えてもらっていい?」
「別に。そんなに大した問題じゃないよ。少し口喧嘩しただけ」
「へー。楠クンが口喧嘩とは珍しい」
「喧嘩って呼べるかも怪しいだろうね」
「だったらそこまで悩まないと思うけど?」
「そんなに顔に出てる? 今の僕」
「心ここに在らずって顔に書いてるよ」
普段通りを装っていたつもりだけど、全く上手くいってなかったらしい。自分ではそこまで顔に出るタイプじゃなかったと思うんだけど、美咲の影響を受けてしまったのだろうか。
「……よくわかんないんだよ。喜怒哀楽がはっきりしてるんだけど、気分屋が過ぎるっていうか、気ままっていうか……機嫌が良いと思ったらいきなり怒るしさあ」
「そっかそっか。楠クンも女の子のことで悩むようになっちゃったか」
「僕はまだ女の子なんて一言も言ってない」
「男子のことで半日も悩んでたら、それはそれで別の意味で心配かも」
「む……確かに」
喧嘩は普通にあるけど、男子同士ってこんなに拗れないもんな。
「ま、どっちにしろ早めに仲直りしとくに越したことないよ」
「そうしたいけどあっちにも非がある」
今回は全面的に美咲の方が悪いまである。
「やれやれ。楠クンはすっかりボクを置いていってしまったようだね」
「意味がわからない」
「とにかくさ。今のままじゃダメだって思うなら、自分が悪くなくてもこっちから行動した方がいいんじゃない?」
「行動って例えば?」
「謝る」
「え〜……」
爽やかな笑顔で言うことか?
「仲直りしたくないの?」
「そりゃ気まずくなるのは嫌だけどさ」
「だったら決まりだね」
「また僕が振り回されるのか……」
「時には悪くなくとも折れなきゃいけない場面もあるんじゃない? それが女の子なら尚更さ」
「ふん。さすが女子にそこそこ人気がある人は言うことが違うね」
そこそこって付けてるあたり、僕の人間性の小ささが滲み出ている。こういう部分が喧嘩に繋がっているのかな……。
「ま! 自分に言い聞かせてる部分もあるんだけどね」
「女子に人気があるって?」
僕も一生に一度でいいからそんな機会が訪れてほしいものだ。
「違うけどそれでいいや」
「とんでもなく投げやりだ!」
野上君の目が虚だ。
「そういえば陸上部は連休中ずっと練習?」
「ああ。木金土と合同練習で日月は休み」
「野球部は木金土と他所で泊まりの練習試合で日と火が休み」
「ほとんど一緒だね」
「土曜は帰って来るだけだからほぼ休みだけどね」
「遠征から帰って来るのを明るく休みって……楠クンかなり洗脳されてるなあ」
「……」
指摘されると自分が結構危険な思考に陥っていると気付かされる。他の部員にも教えておこう。だからって連休のスケジュールが変わるわけではないけど……。でも心持ちって大事だよね。
「将来ブラック企業で奴隷になってないか心配だよ」
「い、嫌だ……今からそんな自分想像したくない」
「でもあと十年もしないうちにボクら社会人だよ?」
「先生みたいなこと言ってる!」
僕達同級生なのに。
「あ、あれは……」
頭が痛くなってくる話を聞いていると、向こう側から見知った顔の生徒が近づいて来る。校則通りの制服の着こなしに、肩にかかるかどうかのショートカットの黒髪。教科書やノートを抱き抱えている姿がここまで似合う生徒も中々いないだろう。
友達二人と廊下の反対側から歩いて来たのは栞だ。
「どうかした? 楠クン」
ここで説明すると長くなるので黙っておく。
「っ!」
目が合って向こうもボクに気づいたのか、一瞬だけ表情に変化が出る。友達といるときはあんなに楽しそうなんだな。とりあえず友達がいるみたいで安心した。
ここで何も反応しないのもどうかと思うので、栞だけに見えるよう手を振った。まあ、友達の妹だし、知らんぷりってわけにもいかないだろう。
「〜〜」
「……っ」
無視された。ものの見事に。
「ぶっ……くふ……っ!」
なぜか吹き出し始めた野上君。
「く、楠クン。今の女の子……し、知り合い?」
最悪だ! 完全に見てやがった……! 笑いを堪えながら喋っているのが憎たらしい!
「何も言わないでくれ」
「む、無視されてたねっ!」
「言うなって言ったろ!」
授業が始まるまで時間を余すこと無く徹底的に弄られた。




