第14話 きっかけ
ウエハースチョコを齧る。甘さの主張の強いチョコレートに混じった、さりげなく顔を覗かせるピーナッツが良いアクセントになっている。ウエハース生地に持っていかれる水分を補うのに、砂糖の入っていないレモンティーはこれとない適役だ。
僕はこの組み合わせで満足なのだが、美咲はレモンティーにスティックシュガーを丸々一本足している。右に左に首を傾げたが、ようやくご満悦のご様子。
「それで美咲、何か話があって来たんだろ?」
「……まあ」
昨日の様子からして、ただ暇を潰しに来たのではないのはわかっている。当初は美咲とは遊ぶ場所を教える教えてもらうだけの関係だったが、僕が想定していたよりもずっと根が深い。
「今更僕に遠慮する必要ないだろ?」
このらしくない態度が美咲を悩ませている事情の深刻さを物語っている。
「……土曜日はホントにごめん!」
「それはもういいって」
何度も謝られて気分がいいと言えるほど、僕は性根の悪い趣味をしていない。
「僕にも責任はある。だからもう謝るのはやめてくれ」
「……ならそうする」
「謝りに来ただけじゃないんだろ?」
「うん。あのさ、陽也くんはもう気づいてるかもしれないけど、あたし栞とうまくいってないんだ」
下手に言葉を挟まず、無言で頷いてその先を促した。土曜日の二人の様子を目の当たりにしていれば、関係が良好じゃないと考えるのは至極当然のことだ。
「出会ったばかりの頃はこんなんじゃなかったと思うんだけど……」
美咲の口からも、栞と同じようなことが漏れたのを僕は聞き逃さなかった。
会ったばかりというと三年前。栞は勿論、美咲も小学生の頃だ。三年間という時間が二人の間に溝を作ったのか、それとも回数を重ねるうちに亀裂ができたのか……。
どちらにせよ小学生から中学生になったのが要因になっていると僕は思う。見た目も性格も変化があるだろうし……。昔はよく観ていたアニメや、毎日乗っていた自転車に興味を持たなくなった僕がいい例だ。
変わってしまったのが美咲なのか、栞なのか、それとも二人が変わったから綻びが出てしまったのか。
兄弟、姉妹で仲が良くないなんて、そんなに珍しい話じゃないと思う。家でほとんど話さないだとか、お互い無視しあってるとか、クラスの中だけでも何人もいる。家族は近いようで一番遠い他人だと、昔の人はうまいこと言ったものだ。美咲の家庭は少し特殊で、二人は血の繋がった姉妹ではない。複雑な関係である以上、問題を起こさないよう互いにあまり干渉しないようにする。そんな結論を出してしまう人もいるだろう。
でも美咲がその結論を受け入れるような人間なら、僕達は出会ってすらいない。
「美咲は昔みたいに仲良くしたいって思ってるんだろ?」
「当たり前じゃん」
美咲からはっきりと意思を聞けて正直嬉しかった。美咲ならこう答えてくれるだろうと期待していたから。
もし美咲が本当に妹のことをどうでもいいと思っているのなら、叩かれて謝ったりしないし、自分一人で罪を背負おうとしない。こんなに悩んだりしない。
複雑な関係でも美咲の相談は至ってシンプルなんだ。
「あたしは栞と仲良くなりたい」
透き通った声にはありったけの想いが込められていた。
「僕もここまで関わっちゃったからにはちゃんと協力するよ」
「なに関わっちゃったって。元はと言えば陽也くんがさあ……」
詰め寄ってきたものの、そこから先が出てこなかったのか、美咲は自分の頬に指を当ててソファーに座り直した。
「そういえば昨日、結城……妹さんと少し話したんだけどさ」
「変態」
「何でそうなるんだよ!」
今はマジで真剣な話の最中でしょうに。
「あたしの妹に何したんですかー? 変態さーん」
「や、やめろ。突っつくな。喋りにくいだろ」
話が進まないのでやむを得ずソファーから降りる。
「栞、あたしのこと何か言ってた?」
「悪口とかは言ってないよ。えっと……姉妹喧嘩に巻き込んですみません的な?」
美咲に伝える以上、多少改変はしているけど、噛み砕くとこんなところだろう。嘘は吐いていない。
「……」
「なんというか、家族想いの子だなって思ったよ。つい最近まで小学生だったとは思えない」
「……栞は色々と大変だったらしいから、しっかりしてるのも当然かもね」
濁し方からして、栞のか過去を詮索するのはやめておいたほうがよさそうだ。今僕が考えなきゃいけないのは、二人が仲良くなるきっかけなのだから。
「あれだけ家族のことを大切にしてるんだから、美咲とだって仲良くなれるよ。絶対」
「そうかな……」
「だって昔は仲良かったんだろ?」
「どうだろ。今とは全然違うし」
栞の話になってから美咲の表情が一向に浮かばない。集中力を欠いているというわけではないんだろうけど、心ここに在らずというか、何もかもが美咲らしくない。
僕には妹どころか兄弟もいないから、この悩みを完全に理解してあげられない。でも美咲にも栞にも互いを大切に想う気持ちがあるのならば、きっかけ一つでいくらでも変わると思う。
栞だって激情に振り回されて叩いたりしてしまったけど、本心は姉のために謝れるのだ。どうでもいいだとか、居なくなってほしいと思っていたらそこまでしない。
思っていたら僕と接した時に名前すら口にしなかったはずだ。
「そんな弱気でどうするんだよ? 今までだって全部妹さんのためだったんだろ?」
「……陽也くんのくせにそこまで気づいてたんだ」
「これだけ偶然が重なればな」
遊ぶ場所を探すのもそう、相談相手に同じ学校に通う僕を選んだのもそうだ。
全ては妹との距離を縮めるためだったのだ。
これまでの情報を当人と目線を合わせたところで、問題がやっとはっきりした。
「あの様子だと何かきっかけがあれば簡単に変わる気がするけどなあ」
「はあ? いくらなんでも舐め過ぎだから」
「確かに僕は二人と知り合って日も浅いけど、妹さんからも美咲と仲良くしたい気持ちは伝わってきたよ」
「ちょっと! 栞と何話したの!?」
「それこそ本人に直接訊いたらいい」
「マジでなんなの……」
美咲がぶつくさと文句を言う。だけど間違ってはいないはずだ。お互いにその意思があるのなら、あとはきっかけだけ。僕が変に掻き回さないほうがいい。あくまでサポートに徹する。
「じゃあさ。きっかけって言うけど、例えば?」
「もちろん……わからない」
「あ?」
「に、睨むな睨むな!」
マジで怖いって。
「ふざけてんなら叩くよ」
「もう数発もらってんですが」
わざわざ隣に来てまで膝蹴りをくださった。とてもお嬢様とは思えない。
「その時が来たらわかるって」
「本当は相談乗る気ないんでしょ」
「あるって! ただ僕も間違ったこと言うわけにはいかないからさ」
「へー。あっそ」
まずい。このままだと完全にヘソを曲げられてしまう。
「美咲、もっと簡単な部分から考えようか」
「簡単な部分?」
「そう、きっかけよりも前の段階。妹さんに何を出来るか考えよう」
「……」
「まずさ、美咲がその調子だときっかけも生まれないって」
「じゃあなに? はっきり言ったら?」
「この前の約束まだだったろ? カラオケ行こうよ」
多分この悩みは僕がどうこうするわけでもなく、自然に解決するだろう。ただ、美咲がいつまでも栞の前で俯いていればきっかけも掴めない。僕はその手伝いをするだけ。美咲がいつもの美咲でいてくれれば、自ずと溝は埋まるはず。
間違ってはいないのに、なぜか胸の内側がざわついていた。




