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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第38話 頼むよ

 ガラクタ……ピエロ……? 


 聞き慣れない単語が頭の中で何度も響き続ける。

 僕は七海ななみさんに嫌がらせをしないでほしいとお願いしてたんだよな……?

 それが何で今更野球部の頃の話が出てくるんだ?


「お前さ、マジで滑稽こっけいだよな」

「滑稽……?」


 立ち上がれない僕に再び掴みかかる元チームメイト……だと思っていた男子。


「大してうまくねえ、才能も能力もねえのにいつも必死こいた顔して練習出てさ、バカじゃねえの?」

「うっひゃー。ガラクタピエロまで言っちゃうか」

「掴まれて完全にキレてんじゃん」


 言われてる言葉の意味がまだ頭に入ってこない。

 だって部活なら一生懸命やるのは当然だろ? うちは強豪校なんだから練習についていくのも必死だったんだ。


「後輩にも簡単に追い越されてんのに何でお前野球続けてんのって感じだったわ」

「つーかくすのき臭くね」

「ゴミ箱に手突っ込んでたしね」

「うえっきっも」


 雑音がどんどん増えていく。

 実力が足りていないのは僕が誰よりも理解してたよ。何度も何度も諦めようとて、何回も投げ出そうともした。部活を辞めようと思ったのも数えたらキリがない。それでも諦めずに全力でもがき続けたんだ。


 そんなに可笑しなことなのか……?


「おい聞いてんのか?」

「うっ!?」


 他の生徒から脇腹に蹴りを入れられて息が止まりかける。


 あれ……? 

 僕は今なんのためにここにいるんだ?


 七海さんを何とか助けたくて戻って来て…‥でも根っこの部分から間違っていて、頼むこと自体が全く無意味だって知って……。


「自分は頑張ってますアピールがサムいんだよ。お前みんなから笑われてんの。オイ!! 聞いてんのか!?」


 ほほに拳が深く入って耳鳴りと共に鈍い痛みが広がっていく。


「……僕はいい。だから七海さんに嫌がらせするのはもうはやめてほしい」


 今更僕について言われたところで何も変えられない。色々な物が音を立てて崩れていったけど、卒業まで七海さんに危害が及ばなければ僕はいい。


 頭のてっぺんからスーッと何かが抜けていく。

 殴られて、胸ぐらを掴まれて、これまでの自分を否定までされたのに静かな気分だ。


「もう一回頼むよ。お願いだから七海さんに嫌がらせを——」

『離して!』


 聞き覚えのある声が機械を通して聞こえてきた。

 女子生徒の手に持った最悪の悪意が僕の背筋を凍らせ、落ち着きを取り戻しつつあった心をぐちゃぐちゃにかき乱す。


「あ〜今朝の撮ってたんだ」

「使えると思って」

「やめろ……」


 声が震えていた。

 ここまでされる理由が七海さんのどこにあるんだよ……。


「やめろ!!!」


 女子生徒の手からスマホを奪おうとするが、すぐに正面にいた男子数人に取り押さえられる。


「うわー楠マジ襲おうとしてんじゃん。ウケる」

「大丈夫?」

「こいつピエロってより獣じゃね?」


 取り押さえられながらも力の限り手を伸ばし、のどが焼き切れんばかりに叫ぶ。


「消せよ!! 今すぐ!! 七海さんに謝れよ!」


 踏みにじられた思い出の形や侮辱ぶじょくの数々が走馬灯のように頭に過ぎる。

 取り巻く連中からは嘲笑ちょうしょうと冷やかしの眼差しの集中砲火。


 ——ああ……なるほど。ガラクタピエロってそういう意味か。


「うぜえよガラクタ!」

「邪魔だ!」

「ああ!?」


 殴ってきた生徒を殴り返す。反撃をもらうと思ってなかったのか、相手の形相は一瞬で鬼のように変わる。


「ちょっとコイツまじキモい! 先生呼んで退学にしてもらう?」

「やってみろよ! 退学になるのはお前らだ!」


 自分のものとは思えない断末魔のような叫びが笑い声の中に消えていく。

 どれだけ必死になっても、どれだけ気持ちを伝えようとしても笑いものにされるのが決まっている。どうやら僕はそういう人間として決められていたようだ。

 決められた役割でいることしか許されず、意思を持つことすら烏滸おこがましいとされる。


 壊れた笑いもの。


『ガラクタピエロ』僕にぴったりだと思った。


 あちこちからスマホを向けられているのが視界に入った。

 今の世の中、それはある意味拳銃よりも恐ろしい兵器になりうる。結城栞ゆうきしおりは実の母親に一生消えない傷を負わされた。

 もう録画されているのであれば、僕は既に蜂の巣になっているも同然。


「楠、お前調子乗りすぎ」

「小鳥遊ちゃんと幼馴染って言いふらしたあたりからだよね」

「思い出した!こいつ秀くんのこと別れさせてんじゃん」

「それでよく七海綾香がどうこう言えるよね」

「自分のことどんだけ高く見積もってんのよ」

「ナルシスト」

「何様だよ」

「つーかこの前違う学校の女子と一緒にいなかった?」

「え? じゃあ三号?」

「四じゃね?」

「……」


 ふざけるな。

 ありもしないことを言うだけならまだしも、お前らなんかが軽々しく語っていいことなんか一つもないんだよ。

 番号で僕の大切な人達を呼ぶな。思い出を愚弄ぐろうするな。人の想いを笑うな。


「ぷっ……やっぱ七海綾香ななみあやかのこれ最高」

「ブスなのに気取りすぎでしょ『やめて!』」


 ——七海さんを笑うな。


「どけえぇぇっ!!!!!!!」


 自分が違うものに生まれ変わっていくとさえ思えた。

 目の前の男子を力の限り蹴り飛ばし、他の連中に押さえつけられても、制服のあちこちがブチブチと音を立てながらも主犯の女子のスマートフォンを奪い取ろうとした。

 安全圏から見てる人間からすれば、さぞ愉快で面白い見せものだっただろう。そう考えると僕にはピエロの才能があったのかもしれない。

 真っ黒に染まった感情に身を任せ、激情に身を委ねて何もかも壊していく壊れていく。殴られても蹴られても、どんな犠牲を払っても七海さんのことだけは——。


「がっ……!」

「うっせえよ。そろそろ黙れ、粋がってんなよ」


 これまでの暴力とは比べものにならない衝撃が背後に走り、僕の身体は今度こそガラクタ同然に崩れ落ちた。


 ガシャンと頭の上で何か金属がぶつかる音がした。


「あ゛あぁっ!!?」


 熱い。

 頭が熱い皮膚が痛い。頭から肩にどんどん広がっていく。


「え……それかけるのヤバくね? めっちゃ熱くなってるやつじゃん」

「流石にやりすぎじゃない……? 先生にバレたら終わるよ……」

「あ? こいつが勝手にぶつかって倒したんだろうが」

「ま、麻央ちゃん!? 今入っちゃだめ!」


 ——遠くで声がする。目と耳に何かが入ったのか、よく見えない。あまり聞こえない。


「え…………ハル…………ハルなの……?」


 身体が動かない……。


「ハル!」


 誰かが泣き始めたところで僕の意識は暗闇に落ちていった。



 ******



 冷たい。


 首の後ろに置いてあった氷の入った袋で僕の意識は眼を覚ます。


「……保健室」


 何回かお世話になったことがある。独特の匂いの中にどこか落ち着く雰囲気が混じっている。

 あの後何が起こったのかはさっぱりだが、騒ぎが大きくなりすぎて先生が駆けつけたのだろうか……。それで僕が運び込まれたと。


 ベッドのカーテンを開けて室内を見回すが誰もいない。もしかすると緊急で職員会議が行われているのかもしれない。あれだけの騒ぎがあれば先生達も無視できないだろう。

 隣のベッドはカーテンが閉まっていて上靴が置いてある。どうやら僕以外にもお世話になっている生徒がいるようだ。


 やけにぼーっとする。

 頬と首の後ろに残る痛みもだが、身体から何かが抜け切ったような感覚の方が大きい。ここが死後の世界で僕は既に死んでいるとかだったら本当笑えない。

 と、大して面白くもないジョークを考えるが、扉の音と共に入ってきた人物によって僕は現実に戻される。


 知りたくもない現実を知ることになる。


「おお、起きたか楠」

「……はい。今さっき」


 担任の先生だ。


「大変だったな? 大丈夫か? 熱湯を頭から被ったらしいな。学校側で応急処置は済ませてもらったが、今日は早退してすぐに病院に行きなさい」

「え……でも僕親が……」

「先生から連絡してある。タクシーももう少しで来るからまずは病院だ」

「は、はい」


 母さん帰って来られるのかな……泊まりって言ってたけど。

 結果的に巻き込んでしまっている。こんな日に母さんや先生に迷惑かけて最低だ。


「事情は聞いて回った」

「そうですか……」


 僕進学できるのかな……。


「大丈夫か?」

「先生、僕よりも一組の七海——」

「頼むよ楠、卒業まであと少しなんだ。なんとか耐えてくれ」


  …………は?

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― 新着の感想 ―
退学あれこれ言ってるので高校生かと思って流石に無理があると思ってましたが中学でしたっけ。 中学なら正直私学でも公立でも義務教育なので退学もクソもない気がします。高校は内申はあれど大体学力で決まりますし…
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