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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
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第11話 結城栞といいます。

「むっ!」

「……あの」

「な、何かな?」

「何故身構えているんですか?」

「その、なんとなく危ないかなって」

「なんだかものすごく誤解されてる気がします。それと失礼な気がします」


人間の防衛本能というやつは、些細な記憶の断片からでも情報を拾って働くらしい。義理の姉とはいえ、いきなり頬を引っ叩いたインパクトは相当なもので、僕が記憶の片隅に置いといたつもりでも、身体は自ずと臨戦体制を取ってしまうように。


「……もしかして二人はお知り合い?」


 僕達のやり取りから察したのか、七海さんが口を開く。


「まあ、ちょっとね。ね?」

「そうでしたっけ?」

「今はそういうボケいらないんだってば」

「ボケじゃありません! それを言うなら先輩のさっきのあの構えこそボケです! 大ボケです!」


 自己紹介どころかまだ数回しか言葉を交わしていないってのに、誰かとのファーストコンタクトを彷彿とさせる噛み合わなさ。血は繋がっていなくとも、なんだかんだ姉妹なんだと実感した。


「ねえねえ、このままじゃ時間がもったいないから本題に入ったら? 私と楠君は委員会のお仕事の都合でここでお昼を食べてたんだけど。えーっと……名前は……」

「失礼しました。お二人とも先輩ですよね。わたし『結城栞ゆうきしおり』といいます。一年一組、部活動にはまだ入ってません」


 僕の話の運び方が如何に下手かはっきりと思い知らされた。なんの違和感もなく相手側に名乗らせて、空き教室で昼食を食べているのをさりげなく正当化させている。

 これの肝は話のほとんどが本当であること。一番通したい嘘を限りなく目立たなくして、更に自己紹介するよう誘導して話の核をずらしている。心理ゲームとか騙し合いとかめちゃくちゃ強そう。正直今の質問の仕方はちょっとズルいってか卑怯というか……。


「いだ!?」

「あ、ごめんなさい。体勢変えようとしたら当たっちゃったみたい」

「だ、大丈夫……」


 どうやら机の下で七海さんの足が僕の脛に当たってしまったようだ。偶然の割には結構勢いよく。


「ごめんね、少し脱線しちゃって。私は七海綾香。こっちの蹲ってるのが楠陽也君」

「楠陽也……」


 栞の方から視線を感じる。多分これで土曜日の出来事と、僕の存在が色々と結びついたのだろう。僕もそうだ。ようやく当事者同士の目線合わせが完了したと思っていいだろう。


「ファミレスで会った時制服だったよね? もしかして並風の生徒かもって思ったんだ。まさか先輩後輩だとは驚いたよ」

「そうですか? わたしは先輩のこと知ってましたよ」

「え? そうなの?」


 これは予期せぬ展開だ。入学して一ヶ月もしていないのに顔を知られているとは。


「名前までは流石に知りませんでしたよ。新入生の歓迎会の時、野球部の紹介にいたような気がしただけです。野球部のパフォーマンスすごかったので印象に残ってたんですよ」

「あ、ああ……歓迎会ね」


 新入生の歓迎会。あれはあれで僕としては早急に記憶から消し去りたいイベントだ。

 輝かしいレギュラーメンバーとベンチ入りの選手は、キャッチボールをはじめとするパフォーマンスを格好よく披露したのだけど、それ以外の選手はただ立ち尽くしているだけ。途中こぼれたボールを取りに行く役割はあっても本当にそれだけ。ぶっちゃけ必要なかった。


「うちの学校、野球部と陸上部は強いから特に目立つよね」

「そうなんです。うちのクラスの男子なんか部活の話ばっかりで」

「一生懸命なのはいいことだよ」

「ちょっと話が変わるんですけど、わたしクラスの野球部に楠先輩のこと訊いてみたんですよ。まだ名前は知らなかったから特徴だけですけど……」

「え? ここで僕に振る?」


 このまま七海さんと続けてもらっててよかったのに。


「下手じゃないけどベンチ入りしてない先輩と言ってました」

「七海さん、さっきのシチュー残ってない?」

「もう食べちゃった」


 ……なんとかして話題を逸せないだろうか。


「野球のルール全然知らないんですけど、ベンチ入りってなんですか?」

「私も知りたい」


 二人が目を輝かせて説明を求めるが、これを僕の口から言わせるのはあまりにも残酷過ぎやしないか?


「七海さん、スマホ持ってる?」

「持ってるけど?」

「ちょっと貸して」

「……はい」


 レモンのマークってことは、母さんが使ってるのと同じメーカーだよな。

 確か母さんは……。


「ヘイシャーリィー、野球のベンチ——」

「やっぱだめ返して」

「あうぅっ……」

「先輩、女子のスマホで何しようとしたんですか?」


 取り上げられた。無慈悲。あまりにも無慈悲。


「いや、こうすればスマホに簡単に説明してもらえるからさ」

「現役野球部の先輩がここにいるから必要ないですよね」

「そうだよ。楠君が説明するべきだよ」


 野球に興味を持ってくれているのなら、本来なら喜んで教えるべきなんだろうけど、自分がベンチ入りできてないことと、その意味を自ら解説しなきゃいけないのが本当に心苦しい。


「……ベンチは試合に出てる人の控え。つまり僕は控えですらないってこと」


 ものっすごい低い声が出た気がする。声変わりって何かがきっかけでするもんなんだな。覚醒みたいな。


「あ、ああ……そういうことですね」


 そこの後輩、気まずそうな反応しない。


「野球部すごく競争率高いもん。続けてるだけ立派だよ」


 七海さんも無理にフォロー入れない。


「まあ、なんにせよ思わぬ形で再会できると思わなかったよ」

「なんか強引に話を捻じ曲げましたね」


 そこの後輩は変に突っかからない。これで二回目、僕の邪魔するのがそんなに楽しいかい?


「ねえ、二人はどういう経緯で知り合ったの?」

「七海さんにはその話からしないといけないか。実を言うと栞さんの——」

「えぇ……いきなり名前呼びですか……」


 だから変に突っかかるなって! テンポが悪くなるんだって!


「仕方ないだろ。姉妹で同じように呼んだらややこしくなるだろ」

「姉さんのことは親しげに『美咲』って名前で呼んでたじゃないですか。わたしは苗字で問題ありません。適切です」

「……は? 名前? みさき?」

「わ、わかったわかった。とにかく今後は結城さんて呼ぶよ。それでいいよね?」

「それでいいんです」


 おかしいな、なんで僕こんなに追い込まれているんだろ。さっき頭に浮かんだ『万事休す』てあながち間違いじゃないのか?

 だってさっきから七海さんの脚が机の下でムチのようにしなって、風がビュンビュン当たるんだよ? 僕が少し後ろに下がっているから当たらなくて済んでるけどさ。


「二人の話を整理すると、楠君は『みさき』さんと仲が良くて、妹の栞さんのことも朝からずっと探していたと」

「所々細かいズレがあるけど概ねそんなとこかな」


『仲が良くて』も頷いていいか微妙なとこだし、栞さんのこと『を』探していたが正解だ。

 と指摘しようとしたが、七海さんが机の下を覗いていて切り出せそうにない。どこかぶつけちゃったのかな?


「そうだ……楠先輩、今更ですけど土曜日は色々すみませんでした。なんか見苦しいというか、みっともないとこを見せてしまったっていうか……」

「別に見苦しいだなんて思ってないよ。結城さんにも事情があったんだって思うし」


 実際にこうして話をしてみると、初めて会った時と比べて随分と印象が変わった。一年生とは思えないほどしっかりしているけど、年相応の部分も垣間見える。


「それと……姉さんが迷惑をかけて申し訳ありません」

「気にする必要ないって! 時間忘れてちゃってた僕も悪いんだから」

「でも迷惑かけたのは事実です。昔はもっとしっかりしていたんですけど……、自分勝手

っていうか後先考えないっていうか……あの日も家族と約束してたんです。それなのにほっぽり出して……それでわたし頭にきちゃって……」


 本心では美咲のことを嫌っていないみたいで安した。

 この子は家族をとっても大事にしていて、約束とかも重んじる真面目な性格なんだろう。それ故に自由気ままな美咲と少しすれ違ってしまったのだ。


「そっか。じゃあ僕も今度は気をつけるよ」

「そ、そうですよ! 中学生の男子と女子が夜遅くまで遊んでいるのは良くないです! 反省してください!」


 机が『ガタン!』と大きな音を立てて跳ねた。


「ど、どうかした? 七海さん?」

「気をつけてね楠君」


 ニコニコしているけどなんかこわい。それと『気をつけて』が二重の意味を含んでいる気がしてならない。


「それに! 土曜日は姉さんと一緒だったのに、学校では七海さんという違う女の子と一緒にご飯を食べているだなんて!」

「ち、ちが……! これは委員会で!」

「違いません! わたし授業があるので失礼します!」

「ま、待って! 結城さん……」


 言うだけ言って去ってしまった。


「な、何言ってるんだろうね結城さん」

「……女の子の友達、たっくさんいるんだね〜?」


 僕はその後七海さんに口を利いてもらえなかった。廊下を走ったことはしっかり先生に告げ口されていて、午後の授業は少し気落ちして受ける羽目になった。

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