第22話 本当に欲しいもの
「ふ……ふぁ……あぁ」
「眠い?」
「あ! ごめん!」
「ううん、もう三時過ぎてるんだね。少し休憩にしよ?」
「僕何か飲み物持ってくる!」
「ねえねえ、それよりキッチン少し借りてもいい?」
「あ、うん。使い方とか大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 楠君はお部屋で休んでて」
言って七海さんはバッグから何やらたくさん入った袋を取り出すと、パタパタとスリッパを鳴らしながら一階へ降りて行った。
「休んでてって言われてもな……」
勉強を教えてもらっているのに他のことまでやらせてしまっては母さんに怒られかねないし、あまりにだらしない頼りない。
追いかけるように僕も階段を降りていく。
「あれ? 付いてきちゃったんだ。休んでてって言ったのに」
「そういうわけにはいかないよ。何か手伝うよ」
テーブルの上に広げられていた食材の数々を覗く。
にんじんに玉ねぎ、バターに挽肉、マッシュルームまである。冷蔵庫を借りたのはこのためだったか。
キッチンでなんとなく予想はしていたけど、どうやら七海さんは料理を作ってくれるみたいだ。
「あーあ。驚かせてあげようと思ったのに」
「なに作ってくれるの?」
「秘密」
「……カレー?」
「違いまーす」
朝に美咲が食べていたから真っ先に浮かんできた。願望込みだっただけに少し残念。
「わかった! シチューだ!」
「違う違〜う! もー! 秘密って言ってるのに!」
七海さんに押されて材料から遠ざけられてしまう。あまりしつこくするのもよくないので逆らわずに場所を譲る。
「楠君、フライパンの場所分かる? あとまな板と包丁」
「調理器具はコンロの引き出しの中だよ。まな板と包丁はシンクの下の扉。」
「ありがと」
「材料切るの手伝おうか?」
「そこで座って待っててください」
「は、はい……」
怒っているわけでもないのに、七海さんの笑顔から謎の迫力を感じて言われた通り腰を下ろす。どちらかというと今日はずっと上機嫌なんだけどな……。
やはり僕がキッチン出禁経験者故に警戒しているのかもしれない。過去の過ちは中々清算されないようだ。
僕という邪魔者を排除すると、七海さんは調理器具をそれぞれ使いやすい場所に配置したり、野菜を洗い始めたりと調理の準備に取り掛かった。トントンとテンポよく具材を切る音が心地良い。僕の生活習慣じゃ中々聞くことのない音だ。
「楠君? どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「なんかいいなって」
「え……!」
料理する人の後ろ姿とでもいうのだろうか、テキパキと作業をこなす姿は眺めているだけで楽しい。調理している様子が見られるお店が流行るのも納得だ。
「ん? 七海さん?」
「〜〜っ」
七海さんは完全に調理の手を止め、指を絡めながら気まずそうにしている。
「どしたの?」
「……私もいいって思う。こういうの」
手際よく作業する姿ってことだよな。しかし心なしか恥ずかしそうにしているような……。
作ってるとこ見られるのが恥ずかしいとか?
七海さんは料理上手なんだから恥ずかしがる必要ないのに。
「なんていうか、長年積み重ねてきた感じがすごい伝わってくるよ。これまで頑張ってきたんだなって」
初めはお母さんの簡単な手伝いから始まったのだろう。失敗や成功を積み重ね続けて今がある。後ろ姿やこれまで食べさせてもらった料理の数々から、七海さんが努力した背景が見えてくる。
「そ、そんなの小鳥遊さんに悪いよ……長年とか……生活の一部だとか……い、一心同体」
「麻央? 麻央は関係なくない?」
あいつ旅行中だし。
それと僕、生活の一部って口に出したっけ?
なんか噛み合っているようで微妙に噛み合ってない気がするんだけど……。
一心同体ってどこからきた? 七海さんにとって料理はもう自分の一部みたいなものって意味?
「関係あるよ」
「そうかなあ」
「それと『なくない』って日本語としておかしいから直した方いいよ。テストだと減点だよ。内申点にも響くよ?」
美咲と夜通し話していたから影響を受けているのかもしれない。
ところで七海さんなら心配ないと思うんだけど、包丁が真後ろにあるのに目を離すのは普通に危ないんじゃないかな。何かの拍子に落としたりしたら一大事だ。
「話戻すけど、楠君そんな風に思ってくれてたんだね」
「うん。ずっと見てられる」
「……っ」
「七海さん?」
「さて! 腕によりをかけて作らなきゃ!」
七海さんはハッとなって作業に戻ってくれた。
今は料理を心待ちにしよう。何やら気合いが入っているみたいだし。
フライパンにバターが投入されたのか、キッチン内に芳醇な香りが広がる。一瞬お米みたいなものを入れてるのが見えた気がするが、料理に詳しくない僕じゃ何が出来上がるのかさっぱりだ。学校で少しもらったシチューも美味しかったし、七海さんなら間違いなく今回も美味しいのは間違いない。
冗談抜きでやることもなさそうだし、変に話しかけて手を止めさせてしまうのも悪い。
七海さんが困った時に手を貸せるようキッチンには居るが、僕はただのんびりと料理を待つくらいがちょうどいい。
せっせと料理を作り進めていく姿を眺めながら、同棲ってこんな感じなのかなと一人勝手に想像に耽っていた。絶対に七海さんに知られるわけにはいかないけど、間違いなく毎日が楽しいんだろうなと自然と頬が緩んだ。
ずっと見ていられるはずなのに、身体はどんどん楽な体勢を求めていって意識は遠くなっていく。
勉強に夢中になってる間は全然へっちゃらだったけど、何もしない時間ができると一気に睡魔が襲ってくる。調理音が心地よくて更に眠気を誘う。
そういえば昨晩から一睡もせずにぶっ通しだったのを今になって思い出した。
一晩中電話して、そのままファミレスまで急いで、また長話して、それで受験勉強だ。
眠りに落ちる最中、ここ数日の間ずっと頭の中に滞っていることがまた浮かび上がってきた。
——七海さんは何故僕にここまでしてくれるのだろうと。
七海さんは僕のせいで学校中で変な注目を浴びることになった。
その対価として僕は七海さんの思い出作りに協力する。ここまではいい。だけど蓋を開けてみれば、実際は僕が七海さんに勉強を始めあれこれ良くしてもらっている。
七海さんは自分にもメリットはあると言い張っているけど、どう考えたって僕のためのものになってしまっている。僕はこれまでのことをどうやって七海さんに返せばいいのか、そればかり考えている。一緒に勉強しても、同じ高校を受けて、同じ部活に入ってもそれは埋まらないと思う。
思い出という曖昧な言葉じゃなくて、七海さんが本当に欲しいものがなんなのか、僕は知りたい。そうでないと、僕はこれから先も一緒にいられる気がしない。対等でいられない気がする。
七海さんが本当に望むことを叶えられた時、ようやく一緒にいられる気がするのだ。
そして時折顔を覗かせるこの感情の正体も理解できると思う。
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僕が次に目を覚ましたのは、美味しそうなハンバーグピラフが出来上がってからだった。
一晩以上喋りっぱなしだったせいか、美咲が夢の中に何度も何度も出てきたのはちょっと複雑だった。




