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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
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第1話

はじめまして! 刺草イウです!

どうぞよろしくお願い致します!

第1話だけ少し長めになっています。



 外の景色をおもむろに眺めていた。

 校庭をピンク色に覆い尽くしていた鮮やかな花びらは、新しいクラスになったばかりの、どこか浮ついた空気と一緒に飛んでいってしまったようだ。目に映るのは見慣れたいつもの景色。

 三年になって僕の背だって少しは伸びたのだから、何かしら新しい気づきでもあるのかと、僅かな期待を持っていた。だが感じ取れるのは、二階が三階になった程度の些細な変化だけ。

 背伸びをしながら大きく息を吐いて目を瞑った。


「く〜〜っ」


 自分の発した声が耳に入ってくる。

 同級生の男子は成長期の象徴であろう声変わりを終え、声だけは一丁前に大人になっているというのに、漏れ出た声から全くと言っていいほど成長を感じない。周りと比べて変化が控えめなのもあって、どうにも三年になったという実感を未だ持てない。これでは来年の今頃に高校に通っている自分を想像できない。


「おーい。先に部活行ってんぞー」

「今日は練習早めに切り上げるってさ」

「監督には遅れるって俺から言っとく〜」


 そんな複雑な心境のせいなのか、放課後独特の開放感や高揚感に、クラスメイトと同じように乗り切れないでいる。新しいクラスとはいえ、ほとんどが知った顔でそこまでの真新しさはない。今更馴染めていないだなんてありえないけど、自分が輪の外側にいる気がしてならない。


「お、おい……あいつ全然反応示さないぞ」

「先生に渡されたプリントを全く視界に入れないな。目が虚空を見つめてる」

「完全に自分の世界に陶酔してやがる……」

「誰か現実に引き戻してやれって」


 『時間が解決してくれる』なんて無責任なことを言う人が世の中にいる。その考え方自体は間違ってはいないと思うけど、時間が解決してくれるのは、あくまで何もする必要がないときだけだ。何か変えなきゃいけない、変わらなきゃいけないことに関しては当て嵌まらない。それと僕はこの考え方が嫌いだ。何故なら——


「楠クン、委員会行かないの?」


 何故なら時間は絶対戻らない。だから取り返しがつかなくなってからでは何かを失っているわけで——


「もしもーし」

「やめろ。頭を撫でるな」

「おー。やっと気づいた」

「さすが野上だ。扱いをよく分かってる」

「あとはボクに任せといて」


 頭に乗せられていた手を払いのけ、スラリとした長身男子と向き合う。


「何回も言ってるけど、そうやって僕の頭を撫でるのやめてよ野上君」

「いやー。野球部がいくら話しかけても全く反応しないんだもん。ちょっと刺激をと思って」

「何言ってんだよ。寝ぼけてるわけじゃあるまいし、話しかけられたら反応するって」

「あはは……やれやれこれは重症だ」

「人を変な奴みたいに言うな」

「まあまあ。そうツンケンしないでさ、ボクは心配してるんだから」

「どさくさに紛れて頭に手を乗せるな。絶対馬鹿にしてるだろ」

「そんなつもりはこれっぽっちもないよ。ボクは楠クンに同じ目線になってほしいだけ。大きくな〜れって」

「うわあ……嫌味にしか聞こえない」


 この男、微塵も思ってないくせに。よくもまあペラペラと軽口を叩けたものだ。


「さてと。楠クン、そろそろ委員会の時間だよ」

「……行きたくない」

「自分が背負った使命は全うしないとね」

「誰のせいだと思ってんだ」


 黒板に大きく『環境委員会 楠陽也』と書き殴られている。今だけは認めたくないが『楠陽也くすのきはるや』は僕の名前だ。


「誰も悪くないよ。そんなに自分を責めちゃダメだよ」

「そっちのせいだって言ってんだよ!」


 さっきからつまらない冗談を続ける男子生徒が『野上真斗のがみまさと』一応僕の数少ない友人だ。


「そっか……ごめんね。ボクの力が及ばなかったばっかりに」

「僕を環境委員に推薦した奴が言うセリフじゃないから」


 簡潔に纏めると、ホームルームで環境委員を決める話し合いをしていたのだが、誰一人としてやりたがらないグダグタの展開になってしまったのだ。そこでこの野上真斗が僕の名前を挙げた。僕も僕で反撃してみたものの、結果はこの通り。来月には最後の中総体がある忙しい時期だってのに、とんだ面倒事を押し付けられてしまったものだ。しかも今年は受験もある大事な一年だ。週に数回でも貴重な放課後の時間を削られるのは痛い。


「あ! 楠クン、時間だ時間だ。急がないと!」

「おい待て。話はまだ終わってないぞ」

「ボクも部活に行かなきゃ!」

「後で絶対仕返ししてやる」


 言うも虚しく、僕は荷物と一緒に教室から追い出されてしまった。



 ******



 二階の廊下に並ぶ学習室の数々と、化学室に社会科教室。環境委員が集まっている第二学習室は、選択教科の授業でも頻繁に使う馴染みのある場所だ。

 中に入ると既に結構な人数がいて、空席の少なさからして僕が最後なのは一目で分かった。


「よ、よろしく」

「どうも」


 どうやら座る場所は決まっているらしく、三年は三年で一ヶ所に集められていた。三つ横並びにくっつけられている机の左側に座る。とりあえず隣の子に軽く挨拶をしたけど、緊張が隠しきれない僕と対照的に、向こうはお手本のように淡々としている。右側も喋ったことのない女子だ。居心地が悪いとまではいかないが、男子が一人転がり込んでなんだか申し訳ない気持ちになる。


「よろしくね。楠君」

「え? あ、うん」


 右側の女子から声をかけられた。名前を呼ばれるとは思ってなかったから、声が若干裏返ってしまった。向こうは僕の名前を知っているみたいで、更に申し訳ない気持ちになる。


「全員揃っているな? 始めるぞ」


 先生が教室に入ると、前置きも何もなしに委員会活動は始まった。

 初めは各々が名前とクラスを言うだけの簡単な自己紹介をして、活動内容が手短に説明された。先生が早口なのもあって、旧校舎の清掃と同学年の女子二人の名前しか頭に入ってこなかった。僕のやる気がないとも言える。



 ******



 よっぽど時間が押しているのか、説明が終わってすぐに旧校舎に移動して掃除に取り掛かることになった。最低でも二ヶ月は旧校舎関連が主な活動になるそうだ。


「楠君、一年の時以来だね。私あまり話せる人いないから少し安心しちゃった」

「へー。二人結構仲良かったり?」


 開始早々ピンチ到来。片方との記憶のすれ違いがとんでもないことになっていて、もう片方からは説明を求められている。

 どうやら僕はこの七海綾香ななみあやかという女子と一年の時に同じクラスだったらしい。人の名前と顔を覚えるのはそこそこ自信があるのだが、いくら思い出そうとしても七海綾香の情報が全く出てこない。もう一人の平山ひらやまなつきは女子バスケ部にいた気がする。どちらにせよ今のままだとまずいのは確かだ。


「な、七海さん」

「? どうしたの?」


 記憶を緻密に辿るために、もう一度七海さんの姿をじっくりと眺める。


「え……な、なにかな?」


 なにやら良くないことをしている気分になるが、これも七海さんを思い出すためだ。

 一言で言うと、七海綾香の外見は地味な優等生って印象だ。髪は二つのおさげにしていて制服の着こなしも校則通り。スカート丈に関しては基準よりも長いくらいだ。それでいて身につけている眼鏡や黒いタイツが地味……真面目さを引立てている。これだけ揃っているのに前髪がちょっと長いのが気になる。女子の髪の基準は知らないけど、目元にかかるのって大丈夫なのか?


「私に何か付いてるかな?」

「いや……その……」


 やはり思い出せない……もしかすると七海さんが勘違いしているのかもしれない。


「あれ? もしかして、わたし邪魔?」


 平山が何やら勝手に盛り上がっているが、そっちに構っている余裕はない。今は七海さんの誤解を解いてあげるのを優先したい。


「七海さん、もしかして僕を誰かと間違えてないかな?」

「楠君でしょ?」

「えーっと。そうじゃなくて一年の時の話。僕と七海さんて同じクラスだったけ? 誰か他の人と間違えてない?」

「……」

「……」

「気にしなくていいよ! 間違いって誰にでもあるし! 仮に七海さんの勘違いだとしても、これから委員会を通して仲良くなれたらなって、僕は本気で思ってるよ!」

「……」

「七海さん?」


 あれ? もしかして七海さんは仲良くなりたくないのか? だとしたらこれから相当気まずいぞ……。


「ええ……入学式の時に『よろしくね』って声かけてくれたの覚えてないの?」

「え!? 僕が!? なんで七海さんに!?」

「うっわ……最低だこいつ」

「……最低」


 怒涛の疑問形三連発。七海さんの目の端も三連続でピクリと動いたのは気のせいだと思いたい。平山がこの世の生物とは思えないと言いたげに蔑んだ目を向けてくる。


「でも同じクラスになったことはないよね?」

「楠はもう喋んない方いいんじゃない?」

「ひどっ!」

「……そっか。じゃあ楠君……いえ、楠さんは入学式に声をかけたことを忘れていて? しかも自分から七海綾香に声をかけるなんてありえない、なんの意味もないと。同じ委員会になれたのも嬉しくないと」

「いや、そこまでは言ってない」


 全く覚えてないのは申し訳ないと思っているけど、そこまで酷いことは言っていない。


「言ってないだけで思ってはいるんでしょうね」


 七海さんがクルリと背を向け、背後から重々しい空気が溢れる。


「平山、ちょっといいか〜?」

「はーい。なんすかー?」


 先生に呼ばれるや否や、平山はそそくさと教室を出ていってしまう。


「……」

「……僕達も教室の掃除続けようか」

「私は廊下の掃除をします」


 僕の言葉を遮るように七海さんも教室を出ていった。ピシャリと閉められたドアの向こうから『ついてこないで』と念を押されているように感じた。


「やってしまった……」


 覚えている覚えてないも大きな問題だが、それ以上に僕が取った行動で怒らせてしまったのは明白だ。これから活動の度に顔を合わせるというのに、こんなことでは先が思いやられる。


「これから気まずいなあ……」


 静まり返った教室で一人呟いた。当然返事をしてくれる人も応えてくれる人もここにはいない。教室の掃除なんて小学生の頃から何回もしているけど、一人でやるにはいささか骨が折れそうだと短くため息を吐いた。


 ******


 僕が通う並風中学校は、去年の四月に新しい校舎が建った。生徒が授業を受けたり、学校生活を過ごしているのが新校舎。ここ旧校舎は野外の部活の雨天時のトレーニングや、ちょっとした学校行事に使われる程度だ。その証拠に、教室だったら本来あるはずの学習机や教卓、個人用のロッカーがない。

 掃除する分には物の移動をする必要がないから楽なのだが、三十人は入る広さの空っぽ空間に一人となると、意識せずとも虚しさと切なさが込み上げてくる。


「さてと」


 掃除用具を壁に立てて軽く手を叩いた。廊下で作業していたはずの七海さんはいつの間にかいなくなっていて、平山も先生に呼ばれたきり戻らなかった。


「なんだ。回収し忘れたのか」


 黒板の隅に小さな白いチョークが残っていた。何気なく手に取ってみて、真っさらな黒板に音を立てないよう突き立てる。

 七海さんとの間にあんなことがあったから、ふと昔を思い出してしまった。

 僕が小学校に入ったばかりで、学校という空間に馴染めないでいた頃の話。広い世界の中ではよくある話なんだろうけど、僕には他所の学校に好きな女の子がいた。もう何年も経っていて、お互い成長もしているだろうし、再会していたとしても気づかないかもしれない。だけどその時の僕は、確かにその子のことが好きだった。

 思い出すのも恥ずかしい話だが、どうすれば喜んでもらえるか、楽しんでもらえるか、僕のことを見てくれるか、子供ながらに必死にあれこれやった。笑ってもらえれば嬉しいし、喜んでもらえなかったら落ち込んでいた。きっとその子も僕のことを特別に思っているんじゃないかって淡い期待まで持っていた。

 でもそれが期待通りになるのは子供の世界……いや、作り物の世界の話だ。

 一緒に遊ぶようになって少しもしないうちに、その子はパタリと姿を消してしまった。遠い街に引っ越したって聞いたけど、当時の僕からしたら本当に消えてしまったように思えた。本当は海外に行ったとか重い病気にかかったとか、交通事故、家庭崩壊、重い病気。良くない噂を耳が痛くなるまで色々と聞いたけど、どれが本当かなんて僕にはどうでもよかった。

 僕に何も言わずにいなくなってしまった。それだけは本当なんだから。どれだけその子のために頑張っても、仲良くなれたと思っても、結局は独りよがりだったんだから。今思えば、その時の僕は実に滑稽だったと思う。理由がなんであれ、その子の気を引くことが全てで、そのために尽くすのになんの疑問も持たなかったんだから。


「……まあ意味ないけどさ」


 黒板に書いた文字を見て苦笑する。もしも僕が思い出の子と再会した時に忘れられていたらと思うと、七海さんにどれだけ酷いことを言ったか……そう思ってシンプルな謝罪を黒板に書いた。今度会ったらちゃんと謝るのは当然として。


「あれ……もしかして、もう委員会終わってる?」


 周りの静けさに違和感を覚え教室を出た。

 そう、この旧校舎と同じように、いずれは僕のこの思い出も風化して消えるんだ。誰かのために必死になっても、必ずこういう結末が待っている。期待しても叶わないことがたくさんある。それも含めて人生ってやつで、そんなのは僕だって知っているつもり。でも一つ心残りがあるとすれば、当時の僕の気持ちだけは伝えたかった。

 頭の中を切り替えたくて、少し強めにドアを閉めた。

 いずれは時間と共に消えて無くなる。もうここから何かが変わることのない、朽ちるのを待つだけの思い出と想い。それがいつまでも僕の奥底に残って捨てられないでいる。



 ******



 他の教室で掃除をしていたはずの生徒の姿はなく、やはり委員会活動は終わっていたようだ。僕がベランダに出ているうちに号令がかかったのだろうか。

 いずれにせよ部活動に出なければならないので、荷物を取りに新校舎に戻ることにした。


「〜〜っ」


 少し離れた場所から話し声がして、誰かが歩いてくるのが目に入った。着ている服や一緒に歩いている人の雰囲気からして、並風中の生徒や先生ではないのは明らかだ。


「あっ」


 解けてしまった靴紐に気を取られた瞬間、僕の関心とは無関係に会話の内容が耳に入ってきた。


「お母さんは先に帰っていいよ」

「問題だけは起こさないでね」

「大丈夫大丈夫!」

「だってこれ普通に不法侵入……」

「あーもういいじゃん! 見つかったら謝ればいいし! 早く行った行った」

「あまり遅くならないでね。美咲」


 靴紐を結び終えたのと同時に僕の意識は完全に持っていかれた。

『みさき』確かにその女の子がそう呼ばれたのを聞き逃さなかった。

 思い出の女の子も『みさき』という名前だった。

 ——ずっと止まっていた時間が動き出した気がした。

 

ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

気に入って頂けたらブックマークと評価していただけたらとても嬉しいです。

今後のお話も読んでいただけたら幸いです。

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