01
これは私が二十二歳の時に体験した話だ。私は夫と二人で大阪から東京に出てきた。これから私たちは夫の会社の借り上げたマンションに入居することに。
四階建てのおしゃれなマンションで、入り口は鉄製のアーチ門があったが、そこを潜ったときに少し嫌な感じを受けた。初めての東京で浮かれていて、おしゃれなマンションに住めると喜んでいたので、その小さな違和感などまったく気にしなかった。
部屋には最低限の備え付けの家具があったが、今のようにスマホはなく、ネット環境十分になかった。
夫の収入に頼るより仕事をしたかったので、私もバイトを探し始めた。しかし東京とはいえ田舎の方だったので、あまりいい条件のバイトはない。バイトを探しつつも、息抜きは日中にテレビを見るくらいでしかなく……。
夫の仕事は二十四時間勤務態勢のある会社だったので、シフトの関係で夜の三時くらいに出勤することもあり、私はそのたびに起きて見送っていた。
新生活が始まって二週間ほどたったある日。夜中におかしなことが起こり始めた。夫を送って私は寝直したのだが、キッチンの方で水音がして目が覚めた。枕元の時計を見ると、夜中の二時過ぎ。
(なんの音……?)
私は起き上がって音のする方を見やった。寝室から見えるのはキッチンだ。シンクの前には踝まである白いスカートを履いた、髪の長い女性が立っていた。それを見てギョッとなり完全に覚醒。目を凝らしてその女性を凝視したが、やはりどう見てもそこに女性が立っていて、ずっと水を流して手を洗っている。
(どうしてこんな夜中に、知らない人が勝手に入って手を洗っているの?)
怖いという前に疑問が湧き上がった。しばらくその女性の姿を見ていたが、突然、水の音が止まり、女性がゆっくりとこちらを振り返った。目が合ってギョッとした私は、布団に潜り、怖くて目を閉じた。でもやっぱり気になって隙間を開けて様子を覗うと、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきていたのだ。慌てて布団の隙間を閉じた。怖くて怖くて、ドクドクドクと自分の心臓の音しか聞こえなかった。
(なにあれ! なんであんな人がいるの? 誰? なに? 怖い!)
どのくらい経ったのか、私は布団を被ったままいつの間にか眠ってしまっていた。目が覚めると朝になっていて、あれはきっと夢だったんだと思うことにした。きっと大阪から出てきて慣れない東京の暮らしで疲れ、それで変な夢を見たのだと。