ばんのうやく
ばんのうやく
あらゆる病気を治す、魔法のようなクスリが発売された。
どんな病気でも立ちどころに治してしまう。糖尿病も、高血圧も、怪我や虫垂炎も、胃潰瘍も脳梗塞も大動脈破裂や全ての末期癌まで。
それだけではない、飲んでいればそもそも病気にならない。全ての癌を防ぎ、心筋梗塞も防ぐ。どれだけ食べても肥満にならないし、コレステロールも正常値。飲みすぎても肝臓を悪くせず、そもそも飲んだあとに飲めばアルコールも身体から魔法のように消えてしまう。
「すごい薬だ。もう、この薬だけでいいんじゃないか」
「そうだな、他の薬なんていらん」
「病院も、医者も不要だな」
「だが高いんじゃないのか?これ」
「いや、ものすごく安い。なんでも、そこらへんの道端に生えている野草から抽出できるとか」
長期成績が発表された。
驚くべきことに、老化を防ぐ効果が証明された。認知症の老人はボケが治り、抜け毛やハゲまで治してしまう。精液の産生も活発になり、男女ともに若さと快活さを取り戻した。
「永遠の若さが手に入るわ。ああ、もっと早くこの薬が開発されていたら」
「もう、飲み続けて永遠に20歳を保とうと思います」
「僕、ずっと小学生でいいや」
「50歳で子供が授かるとは思わなかったわ」
世界中で薬が販売された。タダ同然の値段で。
薬は増産され続けた。薬価はどんどん下がっていき、健康食品として世界中の誰もが、日々食事とともに服用した。
人口は増加したが、爆発的な増加にはならなかった。もう子供なんて要らない、誰もがそう思ったからだ。
「今さら妊娠しても、出産する病院がないから」
「子供なんていなくても困りません。自分たちは永遠に暮らせるのだから」
「うちの子、ずっと6歳児のままなんです。可愛いでしょ?あ、頭脳は大人だから」
薬の開発から10年が経過した。
あちこちで病院が廃業した。医者は失職し、看護師という職業も消えた。製薬会社も全て倒産した。
死者はぐっと減った。死ぬのはもはや、不慮の事故や交通外傷、戦争による死者だけだった。
「銃で撃たれた!医者は、病院はどこだ!」
「そんなのもういないよ。いても経験もないぺーぺーの、知識だけの医者にこんな大怪我は治せんよ」
だが、世界の大半の人々はそれでも困らなかった。大きな事故や怪我さえしなければ、ちょっとしたキズくらいなら薬で治るのだから。
幼稚園は消え、小学校も国家に一桁あるかどうか、になった。教師がいなくなり、教育学部がなくなり、あちこちで中学校が、高校が潰れた。
大学が縮小され、研究者がいなくなった。新たな技術を生み出す力は失われていった。
20世紀から21世紀にかけて、人類は極地や深海、宇宙へと踏み出していった。だがそれももはや行われず、命をかけた挑戦もなくなった。誰もリスクを負わなくなったからだ。
ただ薬を飲み、安定な生活ができていればそれで良かった。
20年が経った。
「・・・困ったな」
「どうした?」
「原薬を製造している野草、あれがだんだん枯れ始めたんだ」
「なんだと」
「種もつけなくなった。原因は不明だ」
「そんな!どうにかしろ!」
「どうにかって、誰ももう原因を特定できる研究者はいないよ」
「もっと蒔けばいいだろ!種を蒔け!」
「いや、もう種もないんだ」
突然、薬の販売停止が発表された。
世界中でパニックが起こった。薬の製造会社や工場が襲撃され、さらに供給が落ち込んだ。
「な、髪の毛が、ごっそり抜けた」
「あんたどうしたんだ、すごいシワだらけだぞ」
「もう2週間も薬を飲んでいません。どこかにありませんか!?」
「なんだこれは・・・直前まで20歳同然だった40歳なのに、老人のような顔だ」
暴動が起こり、無政府状態となった。
今まで薬で押さえていた老化現象が、一気に進んだ。自然経過よりも。
世界中で老人が大量発生した。病人が大量に増えた。だが誰も看護も、介護も、治療もできなかった。
密かに薬を溜め込んでいた金持ちや政治家も、やがて在庫が尽きた。
「・・・こんな世界を、作るつもりではなかった」
開発した博士は言った。
ただ、人類のためになる、そう思って作ったはずだった。
がしゃん。
誰もいない研究室で、試験管が割れた。
もう博士には、試験管を持つ力もなかった。