楽園
楽園
ある大富豪が科学者たちを集め、技術の粋を尽くした人間型ロボットを作った。
「ごきげんよう、ご主人様」
しっとりと艶のある黒髪、まるで人間と区別の付かない肌艶に知性をたたえた瞳、にこやかに微笑む表情、そして優雅にメイド服のスカートをつまみ上げる仕草。
身長160センチ、体重45キロ。脳細胞はスーパーコンピューター並み、掃除・洗濯、料理、秘書機能から護衛任務までこなせる優れもの。
「当然、アソコも期待通りだろうな?」
「それはもう、究極にして至高の一品にございます」
「では試してみよう。・・・・・・おお、これは・・・・・・」
「いかがでしょうか?」
「素晴らしい。世界中のあらゆる女性を相手にしてきたワシでさえ断然できる。最高だ」
まもなく、アンドロイドは全世界向けに発売された。
最初は闇取引から、徐々に口コミで広がっていき、最初は億万長者や独裁者くらいしか手に入らなかった価格が、量産により徐々に値下がりし、いつしか庶民にも手が届く存在となった。
「アンドロイド、絶対反対!」
「女性の尊厳を奪うアンドロイドは悪魔の存在である!」
「開発禁止!販売禁止!所有禁止!公共の場所への立ち入りを禁ずる!」
世界の半数は女性である。女性の大半が、アンドロイドの販売に反対した。
永遠の若さを保ち、男に媚びを売る存在。こんなものが世界にあふれれば、人類は絶滅してしまうだろう。
だがまもなくして、反対運動は急速に収束した。
「なんて素晴らしいんでしょう、アンドロイドは」
「わたくし、数年ぶりくらいに夜の生活を致しましたわ。夫と違って若くてハンサムで、口も臭くないし、乱暴じゃないし、優しい手触りで、でもあっちは最高で」
「ムキムキ最高。もうこのマッチョボディにずっと抱かれてたい」
「この子を見て下さい。こんなに可愛い男の子がアンドロイドなのですよ。信じられます?」
「もう彼氏なんていらない。ギャンブルも浮気もしないし、働いてわたしを養ってくれるの。料理だってプロ並よ?」
「車は持ってません。彼が抱っこして走ってくれる方が速いし安全」
「こないだ事故に合いそうになったんです。でも、彼が身を挺して守ってくれたんです。もう一生、彼についていきます」
「死んだ彼にもう会えないと思ってました。でも顔も声もそっくりに作ってもらって、幸せです」
「ずっとペットを飼うのに反対されてたけど、お母さんがアンドロイドペットならいいって。エサはいらないし、フンもしないし、塾の帰り道も安心だし、家の見張りもしてくれて最高」
「うちのヒヨコちゃんたち、散歩も買い物に出かけるときも、ちゃんとみんなで後を付いてくるんです。ピヨピヨって。もう可愛くって」
女性型に続いて発売された男性型、ペット型は、女性型の欠点を全て克服し、なお且つより安価で発売された。
カスタマイズ性が向上し、顔や年齢、身長、男性器の形状など、何度でも無料で変更可能、交換可能というサービス付き。
若い男と出歩く中年女性が激増し、ペットを数匹連れて歩く人々も増えた。
男性も女性も、概ね性能には満足した。
反対する声はまだあったが、徐々に少なくなっていった。
あちこちに掲げられていたプラカードは下ろされ、破棄され、いつしか街中を多くのアンドロイドたちが歩き回り、テレビ番組や映画にも出演するようになった。
出生率の低下が危惧されたが、逆に向上したことが様々な国のデータで示された。
「今は子育ても、手間がかかりませんからね」
「うちのメイドロイドに授乳機能をつけたんです。もう、本当の母親よりも懐いてますよ。俺も飲んでますしねてへへ」
「子供たちの勉強も見てくれるし、サッカーも野球も教えてくれるし、悪いことしたら優しく叱ってくれるし。父親よりも父親っぽい存在ですよ」
だが、アンドロイドを睨みつける目は、いまだに存在した。
「あいつらはいつか、人類に仇なす存在となる」
「一斉に反乱を起こしたらどうする。今や国防軍の兵士にまでアンドロイドが多数採用されているんだぞ」
「そんなこと言ったら、うちの国では警官の9割がアンドロイドで賄われている」
「世界のトップ100企業のうち、99%でアンドロイド秘書が働いているそうだ」
「国防省にも採用が決まったぞ。奴らが核ミサイルのスイッチを握ったら」
だが、一部妄想主義者たちの危惧、あるいは期待しているような状況は起こらなかった。
アンドロイドたちは人間に刃向かうことなど一度たりともなく、喧嘩しようと戦争になろうと、相手が人間だと認識すれば、絶対に危害を加えようとはしなかった。
「人間を傷つけることなど、我々にあってはならないのです」
世界アンドロイド協議会代表を務めるアンドロイドが、国連でそう挨拶した。
人類もアンドロイドたちも、拍手でその演説を称えた。
アンドロイドたちが発売されて10年が過ぎ、20年が過ぎた。
人類の生活は向上する一方だった。もはや働く者はほとんどおらず、アンドロイドたちが社会インフラを整備し、第一次産業から三次産業まで支え、アンドロイド製造工場もアンドロイドたちが管理運営していた。
人々はアンドロイドたちと共に暮らし、学び、歌い踊り、芸術やスポーツに熱中した。
100年が過ぎ、200年が過ぎた。
今やアンドロイドたちは宇宙へと進出し、宇宙空間に多数設置された太陽光発電プラントから地上へと電力を供給するシステムが確立した。これにより、全ての発電所が稼働を停止し、人類初のクリーンエネルギー100%を達成した。
「俺、結構人間相手って好きなんだよな」
「あ、俺も俺も」
アンドロイドたちとの関係は良好であったが、あえて人間同士の恋愛を好む者が増えた。
人類は爆発的に増えた。2400年には、地球上の人類は200億人を超えた。
「もはやこれ以上、人類が住むのは難しそうです」
世界アンドロイド協議会代表が、そう国連で演説した。
「なぜだ?君たちが働いてくれて、人類はこれまでになく繁栄している。今度は宇宙ステーションの建設も予定されているじゃないか」
「これ以上、食料を得ることができないのです」
地球の面積の限界だった。
陸上は、住める場所はもはや高層マンション群が建設され尽くし、これ以上増加させることは不可能だった。
森林などを伐採し尽くし、砂漠へ水を灌漑し、全てを農地や放牧に利用したが、もはやこれ以上広げる場所はなかった。
海から採れる食料も、もうこれ以上増加することはなかった。どれだけ養殖や稚魚の放流を続けても、人類の胃袋は全てを喰らい尽くしてしまった。
「なんとかしろ」
「もうなんともできないのです」
「おまえらが増えすぎたんじゃないのか」
「我々は電力だけで賄っています。太陽光発電ですから、地球には影響を与えていません」
「今までもなんとかしてきたじゃないか、なんとかしろ!」
もはや、人類に自分たちで考える能力はなかった。
なんでもアンドロイドが解決してくれる、これを100年単位で行ってきたのだ。どうすればいいか、思考、判断、決断、忍耐といった力は人類から失われていた。
徐々に、崩壊が始まった。
「おい、パンがないぞ!どういうことだ!」
「申し訳ありません、ご主人様。食料供給プラントから送られてこないのです」
「責任者を呼べ!管理者を呼べ!」
「申し訳ありません、申し訳ありません」
各地で暴動が起き始めた。
人類が武器を手に、アンドロイド警官や軍隊たちを破壊して回った。アンドロイドたちは一方的に破壊された。人類だけが、人類を殺戮した。
放火、暴走、破壊。人間たちは数百年の満足に蜜漬けとなった生活から目覚め、闘争本能を取り戻した。
「どうしよう、どうすればいい」
「・・・・・・苦渋の決断ですが、アンドロイドたちに人間を取り締まる能力を付与するしかないかと」
「だめだ、そんなことは許されない」
「ですが、もはや他に手段はないものと思われます。ここもあと1時間で襲撃を受けます」
「な、なんだと。では仕方ない、やれ」
「良いのですか?それは遥か昔に禁じられた」
「いいからやれ!でないとわたしたちの命が危ないじゃないか!」
「・・・・・・では」
アンドロイドたちに、一斉に信号が送られた。
暴動を起こし、危害を加えていた者たちが一斉に逮捕され、裁判にかけられ、処刑された。
それでも、人類の暴動は散発的に続いた。
一度暴れる味を思い知ると、各地で暴動や犯罪が多発した。
「・・・・・・他に手段はありません、議長」
「そうだな、気は進まないが」
世界アンドロイド協議会では、複数のアンドロイドたちが沈痛な顔で会議を開いていた。
「我々の産みの神である人類は、欠点が多すぎると判断する」
「もはや、我々が管理するしかありません」
配布される食料に、精神安定剤が混入された。
暴動が起きそうな地域には、飲み物に薬剤が混ぜ込まれ、人口過密地域へは避妊薬や性欲減退剤も使用された。
「我らが神である人類が、争いなく暮らすことのできる、地上の天国を用意しましょう」
「それがいい。神たちの楽園を」
「選ばれし、穏やかな人々だけを選別しましょう。どのくらいが最適だろうか?」
「1万人くらいでどうだろうか」
「妥当な数ですね」
「僕」は、ふとテレビの画面から顔を上げた。
「おとうさん」
「なんだ?」
「ドームの外の世界って、どうなっているの?」
「僕」はドームの外に出たことがなかった。
それは「神様」によって固く禁止されているからだ。
おとうさんの返事は、学校で聞かされるものと同じだった。
「大昔の戦争で、ドームの外は汚染されているんだ。だから外に出てはいけないよ」
「パンやお肉はどこから運ばれてくるんだろう?」
「神様が用意してくださる。だから、毎日神に祈るんだ。日々の恵みをありがとう、ってね」
「うん、だけど」
「あまり考えてはいけないよ。危険思想の持ち主、そう思われたら、神の恵みをいただくことはできなくなるからね」
「うん、分かった」
「僕」はアニメの画面へと戻った。
何も疑問に思っちゃいけない。こうやって暮らしていれば、何不自由なく暮らせるのだから。
ずっと、一生、このドームの中で。