冒険のときめき
気が付けば、30歳を前にしていた。
9年ほど前に成人式に出たときは、もう、二十歳かとか思って過ごしていたのであるが、それから約10年はあっという間に過ぎてしまったような気がする。そして、この10年ほどの年月において、何か成せたかと自問自答すると、何一つとして成せていない気がする。
確かに、仕事に就いて、与えられた営業成績だのなんだのと数字や目標を意識しながらそれらを達成した。が、それは自分の中で「成せた」かと考えると、人に対して胸を張って「成した」と言い切れるかどうかと考えると、どこか納得がいかない。
悶々とした気持ちのままに、30歳を迎える。
それが、どうにも嫌になったので、7月の末に一つの冒険を決めた。京都の堀川五条交差点から始まる国道九号線は、山口県下関市へと通じて終わるおおよそ、600キロメートルを超える国道を、一日でバイクで走り切るというものだ。
少し古いバイクに乗って、国道九号線の始点、堀川五条交差点を朝の7時に出る。亀岡市を通り、福知山市を経て、兵庫県の北部を走る。初めて知ったのであるが、国道九号線は、兵庫県の北部でも海に面していない。山間を走り、いくつもの峠道を過ぎていく。
が、いうほど難しくはない。すっかりと整備された国道九号線は、春来峠や蒲生峠などといった峠もバイクでは難所とも言えない。
7月の気候は、京都南部という地域では、蒸し暑くジメジメとしているが、山間を走っていると、涼しい。いかにも、夏の空気が体の周りに纏わりついてくる。が、それでも、体はじわじわと水分が奪われ体力が奪われてくる。一時間かそこらでの水分補給が癒しだ。
兵庫県の抜け、鳥取に入ると、海沿いを走る事になる。
海沿いを走るのは気持ちが良い。これはバイク乗りの共通認識だ。しかし、暑いというのも共通認識だ。
鳥取から島根まではずっと海沿いで、気分はよい。まだ、太陽が昇っている。鳥取市、琴浦町、安来市、松江市、宍道湖の脇を通って出雲市へと入る。
出雲大社をお参りして行きたいが、時間的に余裕がないのは、この時には分っていた。
鳥取の白兎神社にいた時刻は、すでに昼の3時と、8時間を経過しているが、残りまだ400キロも残っている。そして、出雲市に入ったのが夕の5時で、そこから下関市までは残り、280キロもあるのだ。日が昇っている限りは、走り続けておきたかった。
しかし、それでも疲れはある。道の駅あらエッサという珍しい名前の道の駅があったのでそこの駐輪場で一休みする。
「お兄ちゃんのバイクかい?」
あとから入ってきた老人が声をかけてきた。老人が乗っていたバイクは、ヤマハのセローだ。
「どこから来たのか」「どこへ行くのか」と質問攻めにあい、京都から下関まで行くという計画を伝えた。
「いいよなぁ、バイク。ずっと乗ってるんだよ」
と、互いに言葉を交わし合う。それだけのやり取りだった。
老人と別れて、道の駅を出る。
すっかりと日が暮れて、夜になっても、まだ下関にはつかない。
石見銀山で有名な石見地方にある浜田市を抜けるかどうかというころ、日没を迎えた。
そこから下関まで山口県の山間を縫うように進む。
夜の空は綺麗だ。遠くの雲の中で稲光が奔るのが見える。
が、見惚れてばかりもいられない。日が昇っているうちは、暑く、まだ山間部を走っていた時は涼しいくらいで良かったのであるが、夜の山は、ぐっと冷え込んで、寒いくらいになってしまっていた。長時間走っている中で、風邪を身体全身で浴びて体力は消耗し、膝は固まっていた。
途中で、雨具を取り出してそれを纏うと幾分かマシになるが、根本的な解決にはならない。
その頃には、どこか後悔を始めていた。へとへとに疲れて得るのは、満足だけで合理的じゃない。
山口県に入ったのは、夜の9時であり、出発からすでに12時間は経過していた。山口県は広かった。夜の道を走り続けても、どこをどう走っても、山口県である。ひらすらに走るが、夜の真っ暗な田畑が後ろに流れていくだけで、バイクのヘッドライトの灯りと、対向車や後続車のライトだけが安心感を与えてくれた。
下関市が近付くにつれて、田畑は減り、都会じみてくる。
目的地の下関、正確に言うと、国道九号線の終点下関駅西口に着いたのは、日を跨いだ翌日の0時18分だった。
24時間以内に到達することは出来たが、日を跨ぐのは予想していなかった。開いている店はなく、コンビニでアイスコーヒーをずずずと飲む。侘しい終わりだった。
得られたものは、疲労困憊の身体とバイク、ガソリン代のレシート、達成感。
そして、次の冒険に出る事にしようと思う、冒険へのときめきがあった。