第三の部屋 後編
第三の部屋のあらすじ
かつて存在したセレニスタ国のトレアンドット村の焼き討ちを阻止するクエストをゲームサポートのイクシュから説明された一行。火事を起こさせないためそれぞれが動き始めた。
マーニーは、「村を焼け」という言葉で目が覚めた。幻聴ではなく時折聞こえ認識するその言葉は、間違いなく天啓である。天啓は、何度もありそのたびに村を焼きその美しさに胸を焦がされた。
「今回は、どうしましょうかね」
この村には、旅の者が多いが大半が教会にいる。それ以外の場所は、目が行き届かないに違いない。この啓示に賛同してくれそうな同志が村にいなかったので、自分で燃やすことにした。
途中で会った巻き角の御仁は、同志になりそうな雰囲気ではあったが会話の糸口が見つからなかったので諦めた。
「あぁ、先生。薬草探しでっか」
話しかけてきたのは、お節介焼きの村人だった。
「えぇ、歩いてみると希少と言われる薬草を見つけることもあるので。これなど冒険者がよく取ってしまうので街周辺には生えていない薬草ですね」
「なるほど、なるほど。苦くて食えないが薬草になるんか」
「これは飲み薬ではなく塗り薬ですね」
「そりゃあまずいわけやな」
人があまり来ないせいか世間話をしているとやたら人が集まってくる。そして人が多くなればなるほど、トレアンドット訛がひどく聞きにくい。
「先生は、いつまで滞在予定なんでっしゃろ。長くいて欲しいとは思ってますがね。旅の最中だと聞いてたからなぁ」
「明日か明後日には、出発しようと思っていました。この村の方は、とても元気がよいようなので。私がいなくともいいでしょう」
「残念やなぁ」
残念がる村人にマーニーは、曖昧な笑みを返した。明日か明後日には、村人全員が神の思し召しで肉体の呪縛から解放されるはずだ。そうなれば医者などいらなくなる。
「それなら今晩宴にしようやないか。集会場で集合でな」
「そらええわ」
人が一箇所に集まるのならマーニーには、好都合な状況だ。人が出す大きな音や酒による判断力の低下は、火をつけるのにちょうどいい。マーニーは、神託の決行を今夜の宴の最中にすることに決めた。
マーニーが村のどこから火をつけようかと歩いているとシルクハットと特徴的な見た目の座長が見えた。
「座長さん、こんにちは。サーカスの場所は、決まりそうですか」
「あぁ、先生ですか。何処でもサーカスは出来るんですがやはり人に魅せるには、目立つ場所がよいかと思いましてね。村で大事にしているの近くにしてみようかと」
「なるほど、それはいいですね。あそこは子どもも大人も集まりやすそうです」
礼拝堂は、現在司祭がいないがその外にぶどう畑があり子ども達が世話していた。そしてワイン蔵もありこちらは、大人が管理しているため人通りが多い。
礼拝堂とぶどう畑が炎に包まれるのは、中々よいしぶどうの薬に少し燃えやすいものを混ぜるのもよい。
「それでは座長さん、あまり邪魔しては悪いので私はこれで」
宴は、飲めや騒げやの大騒ぎで村人の何人かが度胸試しでため池に飛び込んでいるのが見えた。それに目立つ金色の鎧を着た勇者が飲まされているのが見えたので、教会も手すき状態になっており邪魔が入らず神託を遂行出来ると礼拝堂に向かった。
礼拝堂は、無人のようで灯り一つ見当たらない。都合よく今夜は、新月のため夜闇に紛れやすいが手元が見えにくい。その代わりに簡単に火がつくように混ぜると火が付く鉱物と薬品を準備した。あとは混ぜるだけという時に後ろから声がかけられた。
「あぁ、先生こちらでしたか。探しましたで迷子になったかと思いましたわ」
お節介焼きの村人と村長が笑って立っている。マーニーの後ろに立っているので、手元の薬品は見えないはずだ。
「人ごみに酔ってしまいまして。涼みにきました」
「そうでっか。わいらも少し休みに来たんや。ついでに礼拝堂でお祈りしとこ思ってな」
「んむっ、先生。手に持っているのはなんでっか。光っとるな」
薬品は、混ざり始めると光りだす性質があった。人に見られるのは予想外だがここまでくればどうでもよい。目の前の村人と礼拝堂を燃やす。すぐに火は消えないので良い火種になるはずだとマーニーは薬品をばら撒いた。
「あはははっ」
薬品がばらまかれて悲鳴のはずなのに聞こえたのは、幼い笑い声だった。それも村人と村長からだ。
「おい、勝手に声を出すな」
「だって本当に僕たちに何かしようとしたし失敗してるし」
「あたしたちおじさんが驚いているのが面白いの。それだけ私達が化けるの上手ってことよね」
いつからいたのか黒い鳥が村長の肩に留まっている。そして村長達の姿が獣の耳や尻尾を生やした少年少女になった。
ならばせめて礼拝堂を燃やそうとすれば中からスライムと兎面の男が出てきた。スライムは、わからないが兎面には、覚えがあり戦兎の勇者だったはずだ。
「逃場はないから降参したほうがいいぜぇ? 放火魔のおっさん」
「まだだ、俺ごと燃やせばいい」
服に仕込んだ薬品を混ぜればそこから青い火がマーニーを包みこむはずだった。
「なんで何も起きない!?」
「自爆と延焼攻撃禁止のルールを追加したんだ。敵MOBといえば自爆と遠隔攻撃の爆破があるからな」
「ルール追加したの僕だけど」
「それより自爆と遠隔爆破する敵がいるってどういう」
空中に浮かんだピエロのような格好の人物が赤色の髪の男に怒っているのが見えた。それと同時に集会所にいるはずの金色の鎧の男がいることにさらに驚く。
「まだだ、俺は神託の代行者だ」
持てる知識全てを使い火をつけようとすると、女と見まごうような美形の男が笑顔を浮かべてやってきた。マーニーは、直感でこいつが一番やばいと一瞬火を点けずに逃げようかと思ってしまった。
「いえいえ、あなたはただの狂人ですよ。あなたのような方を好むお客様がいらっしゃいましてね。狂の魔王さま、いかがでしょう」
貿の魔王が言うと、仮面をつけた男が紫煙を燻らせながら暗闇から現れた。
「おいおい、美味そうな人間じゃないか。欲望に忠実で自分が正しいと信じて疑わない。いい狂気だ」
「お褒めいただきありがとうございます」
狂の魔王が吐いた紫煙がマーニーの周囲を取り囲むと視界が暗転した。
「あのお医者さま消えてしまったのですが、僕たちの出番はこれ以上ないということでよかったですか」
流動の勇者が、礼拝堂の陰から顔を出している。その隣には、彼が作ったスライムが真似をしているのか同じように陰から顔を出していた。
「ないよ。流動の勇者」
「戦わずに済むのなら僕としていいのですが、釈然としませんね」
「……」
戦兎の勇者は、戦いが終わったとばかりにスライムを突いている。その隣には、化の魔王たちがいて突くたびに戻るスライムに感嘆の声をあげていた。
「まぁまぁ、あのお医者様はどちらに行かれたのかしら。小説のネタとしてお話を聞きたかったのですよ」
紙に何やら書き続けている物書の勇者が、とても残念そうに言う。
「ミステリーとして書いていたのですよ。連続放火犯が旅の勇者と仲間達によって捕まるという感じでして。あらでも大人しく捕まったままというのも面白くないですわね。脱獄させようかしら。悪くないわ」
自分の世界に入ってしまった物書の勇者から不穏な言葉が聞こえたが、これ以上関わりたくない。
「皆様、ゲームクリアですよ。それとマーニーが村を燃やせなくなったのでボーナス支給です。道具の召喚を一回行えます。でも一人一回ではないので考えて使ってください」
「ここぞという時に使えということか」
透輝の勇者がよろよろと歩いてきた。
「終わったでいいんだよねぇ。なんで誰も呼んでくれないの。村人の幻覚疲れたんだけど」
マーニーを礼拝堂へ引き付けるのと万が一火事による人的被害がないように近くの街に旅行に行ってもらった。だから今晩村はもぬけの殻なのだが、実際にマーニーと接触する世話焼きの村人と村長を化の魔王と声の魔王。それ以外の村人を透輝の勇者が幻覚でさもいるように見せていた。
「あー、酒飲みたい。キンキンに冷えたエール樽で」
「冷えたエールですね」
「「待て!」」
その場の全員で一斉に止めたのだが冷気が見えるほど冷えた樽が出現した。
「あれ? おにーさんやっちゃった感じ?」
「ボーナスがエールになった」
「こうなったら飲むしかないだろう。飲めない者は可愛そうだが」
「ぶどうジュースなら出るで。だいたいワインになるが、子ども用にぶどうジュースも作るんや」
囚獄の勇者が小さい樽を持って現れた。
「あんたらだいぶ面倒そうなことに巻き込まれてそうやから今晩くらいパーっと騒いで頑張ってや」
「そうですね。まだ三部屋目ですし、短い休憩をしましょうか」
その後金色の勇者と集厄の勇者は、美味しいぶどうジュースを飲んでいたのに酔っ払った誰かによりしこたまエールを飲まされ気絶したのであった。
狂の魔王:狂気や欲望に染まった人間がお気に入り
流動の勇者:スライムを出して戦わせることが出来る。戦うのは好きじゃない
戦兎の勇者:アサシンとして育てられたためにとても静か。でも色々なことに興味深々