第1章 第4話 年下の年上
「どうしていじめを見過ごしていたんですか!」
クラスメイトから暴行を受けたとして警察に逃げ込んだ一週間後。俺の母親が校長室で怒鳴っていた。
「申し訳ございません!」
それに対し頭を下げる校長と担任。俺が経験した高校二年生では起こりえない出来事だった。
「謝って済む問題ですか!? うちの息子はひどい暴行を受けて全治二週間の大怪我を負って! しかもこれまでもいじめを受けていたそうじゃないですか! まさかいじめに気づかなかったなんてわけじゃないでしょう!?」
俺が警察に逃げたことによって起きた出来事は二つ。俺に直接暴行を加えた男子生徒二人の停学。そしていじめの聞き取り調査。その結果俺がいじめを受けていたことが明らかになり、それなりに大きな問題に発展していた。
それを受けて母親が校長室に乗り込む事態になった。息子のためにここまでしてくれてうれしい……なんてことは全く思わなかった。
『いいじゃないですか、息子への愛情ですよ愛情。元の世界でもっと親孝行でもしとけばよかったと思ってるんじゃないですか?』
『思うかよ。俺がいじめられてたことくらいお袋だって知ってたんだから』
歴史が大きく変わって楽しそうにしている天使に対し、俺の心はひどく冷めきっていた。
『元の世界では言ってたんだよ、いじめられてるって。でも逃げることを認めてくれなかった。無理矢理学校に行かせられた。それが事件になった途端これだ』
『世の中そんなもんでしょう? 警察だって事件にならないと動かない。大事にならない限りそれは大事じゃないですからね。あなたが過労死したのと同じように』
そう。これが大人。これが世界。だから責めてはいない。だから……先生が怒られているのを見るのが忍びない。
「責任をとって……辞職します」
10年ぶりに見た担任がソファから降り、床に膝をつき頭を下げる。責任をとって……ねぇ……。
『どうしたんですか? 大人の土下座を見るのは気分がいいですか?』
『いいもんかよ。俺にとっては年下の女性だぞ』
俺の担任、確か名前は日高陽菜。大学を卒業したばかりの新人教師だ。実年齢27歳の俺から見たら約四歳下。新人が責任を取るなんて……教師というのもなんだかんだブラックだな。
『それにこの子……元々辞めてたしな』
今は5月下旬。確か元の時代でも夏休みが終わった頃には姿を消していたはずだ。そんなに早く退職したんだ。元々辞める気ではいたのだろう。思っていたのと違ったとか、環境が悪いとかそういう理由で。
『うらやましいですか? 仕事を辞められる人を見て』
『その気持ちはゼロじゃないな。でも……』
正直日高先生の記憶なんてほとんどない。10年前のことだし、半年で消えたし。それに俺のいじめのことを知らなかったというのも無理がある。見て見ぬふりをしていたのは明らかだ。担任が助けてくれていたら……という気持ちがないわけではない。それでも……。
「母さん、校長先生。少し出て行ってくれませんか? 日高先生と二人きりで話したいんですけど」
仕事を辞めたいという気持ちはよくわかる。本当によくわかる。でも責任をとって、だなんて俺を利用した理由で辞めるなんて認められない。いや、新人をそんな理由で辞めさせる職場なんて間違っている。
これでも俺は役職持ちだった。いや俺が仕事をできたとかではなく、単純に人手不足だったからだが……部下がいた経験はある。だからどうしても、放っておけない。
「先生、嫌なことがあるなら戦ってみませんか?」
俺は年下の年上の悩みを解決してみることにした。善意だけではなく、俺の人生のためにも。