第1章 第2話 暴力
「すごい……本当に戻ってる……!」
オフィスの隅でパソコンに向かっていた数分後、俺は教室の椅子に座っていた。教室……制服……黒板……見渡す限り視界に入る全てが、懐かしい。俺が高校生の時に見ていた景色だ。
「おい佐伯、学校来んなって言ったよな?」
懐かしむ俺にかけられる聞きなれたパワハラ。だがそれを発した目の前の男子高校生たちに覚えはない。いや顔はおぼろげながら覚えているが、名前は完全にさっぱりだ。
「お前がいると迷惑なんだよ。きもちわりぃ」
「周りに迷惑をかけんなって教わんなかったのか?」
あーなつかしい。そういえば高校生の頃病原菌扱いされてたっけ。それに耐えられなくて高校二年生の俺は不登校になったんだよな。でも家にいても親から怒られるから時々学校に来て、耐えられなくて不登校になる。それが原因で大学に進学できず、高卒で適当な企業に就職。そこから約10年後、俺は過労死に至った。だから俺の記憶に一番色濃く残っているのがこの時間というのも頷ける。
『言ったでしょう? 運命は変えられないって』
「うわぁっ!?」
男子生徒の罵詈雑言を黙って聞いていると、俺の隣に。あの天使が現れた。
『あぁ私は他の人には見えないし聞こえないんで。心の中で話してくれれば大丈夫ですよ』
『そうなんだ……」
目の前の男子から目を逸らし、隣に立つ天使に顔を向けて心の中で会話する。
『過去に戻っても、あなたは10歳も年下の男子に何も言い返せないのが現実。人生っていうのは連続の連続です。特定の過去に戻ったとしても、そのさらに過去が消えるわけではない。既にできている世界の仕組みに対しては経験なんて無力。あなたは所詮いつまで経っても被捕食者なんですよ』
『あー……まぁそうなんだろうな……』
早く仕事を終わらせたいのかやたら饒舌に語ってくれたが、正直そこはどうでもいい。
『別にいいよ、悪口くらい。慣れてるし』
かつての俺はこの罵詈雑言に耐えられなかった。だがブラック企業に勤め、死ぬまで働き続けた俺にとってはこの程度の悪口日常茶飯事。病原菌扱いされるより、実際に達成できないノルマを人質に取られた定時終わりから始まる3時間の説教の方が億倍辛い。
『でもこれを何とかしないとあなたの人生は何も変わりませんよ?』
『そうだよなぁ……上司じゃないから言い返せるし。でも言い返したところでって感じでもある』
『なんですか煮え切らないですね。そういう態度だから舐められるんじゃないんですか?』
この天使口が悪いなぁ……。事実だからいいけど。
「しょうがないだろ。こいつらもこうやらないと生きていけないんだよ」
「……あ?」
やば、口に出てた……。中々心の中だけで会話するというのは難しい。何とかしてフォローしないと。
「いやほら……君たちも自分の立ち位置をキープするにはさ、下の奴らをいじめるしかないわけじゃん? あぁ別に悪口とかじゃなくて……中間管理職っていうかさ、そういう人たちがストレスを抱えてるってのはわかってるから。一々俺なんかに絡むってことはカースト的にトップではないわけでしょ? 高校生からしたらキョロ充って言葉がわかりやすいのかな。上に取り入ろうとしてるがんばりはわかるからさ、まぁパワハラは程々に。今は色々厳しいから……」
営業で身に着けた適当なことを喋り続けるトーク力で必死にごまかしていると。ちょうど目の前にいる男子が俺の胸倉を掴んできた。
「お前なに調子に乗ってんだよ」
「あぁ……暴力」
今さら胸倉を掴まれたところでなぁ……。だから何だという感想しか出てこない。この程度のことで俺は不登校になっていたのか。いや、大人になった今だからこの程度と言えるのか。喉元過ぎれば熱さを忘れる。当時は死ぬほど辛かったこの出来事も、実際に死んでから体験してみるとたいしたことはない。むしろ……。
「むしろ振るってくれた方が助かるけど」
暴力を振るわれたらどれだけ楽だったか。痛みを理由にできたらどれだけ簡単だったか。そうじゃないから俺は辛かったし、それを使ってくるのならいくらでも対処できた。
社会に出たら暴力なんてありえない。いくらパワハラしてくる上司でも、直接手を出してくることはほとんどなかった。
でも学生時代はそうじゃなかったんだよな。まるで法律が存在しないかのように、みんな振る舞っていた。それがありだというのなら。
「じゃあここからは、ルール無用ってことで」
俺にだっていくらでも手は打てる。