第2章 第8話 楽しい日々
「まさかあなたがデートに付き合ってくれると思わなかったわ、ダーリン」
夏祭り当日の夕方。事前に約束していた通りの時間に駅前に行くと、鮮やかな浴衣を着た和泉が駆けて抱き着いてきた。
「そんなに意外か?」
「意外でしょう。いつも私に冷たくして焦らすんだから。そんなダーリンも素敵だけど」
「あぁそう……」
夏休みもそろそろ半分を過ぎるが、確かに和泉と遊んだ記憶はない。勉強するか単純に休むか。そう思うと和泉に悪いことをしたのかもしれない。でも……。
「約束通り途中で抜けるからな」
「ええ、わかっているわ。私も友人と約束しているし仕方ないわね」
俺は今日、堂島と姫野の二人に殺されるらしい。その可能性があるのにずっと一緒になんていられない。いや正直それよりも気になることがある。
「……友だちいるんだ」
俺の知っている和泉に友人と呼べる存在はいなかったはずだ。いつも一人教室の隅で勉強をしているか読書をしているかの二択。そんな和泉が夏祭りに友人と遊ぶ約束があるなんて。
「全部ダーリンが私を解放してくれたおかげよ。本当にありがとう」
満面の笑み、とは呼べないが。ぎこちない笑みを浮かべた和泉に俺は言葉を返せなかった。俺にその記憶はない。和泉の家に乗り込んで子どもに人生を強いる両親を黙らせた記憶なんて。和泉に好かれる理由なんて全くの心当たりがないんだ。
「ずっとこうしたかった。イベントに参加して、友人と遊んで。……好きな人と一緒にいられる。私、今とても幸せよ」
だがそう言ってくれる和泉を無碍にするわけにもいかない。思い出がないならこれから作っていけばいい。どうせ歳をとればきっかけなんて忘れるんだ。ただ幸せな今を過ごしていればいい。
だから俺は和泉と一緒に夏祭りを巡った。神社を中心とした一帯で行われる祭り。出店が立ち並び、人がごった返し、何が楽しいのかわからない祭りを。
そう。俺にはわからない。何が楽しいのか。何が幸せなのか。仕事をしている時は辛い気持ちでいっぱいなのに、いざ休みが与えられると何をしていいのかわからない。とにかく俺は、幸せに無知だった。
「じゃあね、ダーリン。また来年も来ましょうね」
「ああ」
1時間ほど夏祭りを回り、和泉と別れる。手には和泉のおこぼれでもらった水風船がある。これで一体どう遊べばいいんだ。やはりどうしてもわからない。
だが来年。未来。きっといつか、この日々が幸せだったと思えるように。学ばなくてはならない。刻まなければならない。俺は……俺たちは。
『佐伯さん、そろそろですよ。運命の時は』
「ああ、そうだな」
和泉が去りようやく話しかけてきたイシュ。和風な雰囲気とは対照的ないつものゴスロリ服を着た彼女に、俺は語りかける。
「じゃあこれから二周目だ。一緒に遊ぼうぜ」
『……そんな作戦聞いてないんですけど。これからあなたは……!』
「わかってるよ。だから遊ぶんだ」
ただ生きていたって意味がない。ただ仕事をこなし、過ぎていく毎日を早く終わらないかなと思っていても得られるものなんて何もない。
「いつ死ぬかなんて誰にもわからないよ。だからいつ死んでも後悔しないように、やり残したことはやっておきたいんだ」
だから俺は、イシュと遊ぶことにした。




