第2章 第3話 潰れる
「うぇ~いしゅらばしゅらば~」
なぜか巻き起こった修羅場を逃げ切り家に帰ると、いつの間にか普段の純白のゴスロリ服に戻っていたイシュがベッドにダイブする。布団が揺れていないところを見ると他の人には見えない天使体に戻ったのだろう。俺にとってはどっちでもいいがそれよりも……。
「なんであんなめんどくさいことしたんだよ……」
「えー? だってそっちの方がおもしろそうじゃないですかー」
俺がベッドに腰掛けると、イシュが狭いベッドをコロコロ転がって俺に寄りかかってくる。
「まぁまぁとりあえず飲みましょ? あ、佐伯さん今高校生だからお酒飲めないんだった! ざんねーん!」
「お前なぁ……」
「くー……」
さすがに一言言わせてもらおうとすると、イシュは俺に抱き着いたまま寝息を立てていた。色々説明してほしかったんだけどなぁ……。
「部下がご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
天使に必要あるかはわからないが毛布を掛けてあげようとしていると、俺の目の前に知らない女性が現れていた。
「ま……また俺が知らない間に……!」
「はじめまして佐伯様。私はこういう者です」
「ああご丁寧にどうも……」
女性が名刺を渡してきたので、何はともあれ両手で受け取る。営業の悲しい性だ。えーと……。
「天使役所移送部人間課課長アマミ……さん?」
「はい。端的に言えばそこのイシュの上司になります」
イシュの上司……確かに服もイシュとよく似たゴスロリ服だ。でも比べるとあれだな……イシュだいぶ着崩してるな……。この服が天使の制服だとしたら問題アリだ。いや待てよ……!?
「イシュが働かないから代わりに俺を迎えに来たんですか……!?」
「いえ、用件は二つです。一つはあなたが知らない間に関係を結んだ和泉伊吹様のことです。本来はイシュの仕事なのですが、今は退勤しているので」
へぇ……イシュ今本当にプライベートの時間なんだ。まぁ仕事中に酒飲んで酔っ払って寝るような奴じゃなくてよかった……のか? でも俺のこと過去に戻したよな……。
「そこは残業扱いです。プライベートで勝手なことをしたら問題ですから」
イシュの上司ってことはこの人も天使。俺の思考を読んで答えてくれた。まぁだとしたらイシュは残業中に酒を飲んでいたってことになるんだが……ああこれは忘れてください。
「ふふ、気を遣っていただかなくて結構ですよ。人間も仕事中にお酒を飲むことはあるでしょう? 接待とか。そういうものだと認識してください」
再び俺の思考を読んだアマミさんが朗らかに微笑む。なんだか本物の天使って感じの笑い方だ。この酔っ払いとは大違いにも程がある。
「……和泉様の話は後回しにしましょう。二つ目の用件、イシュのことでお話してもよろしいでしょうか」
「イシュのこと……? なんか怒られるようなことしたんですか……?」
「そうですね……少なくとも人間は私たち天使にとってお客様のようなものですから。この態度は問題大アリですね」
「いやそれは……俺は気にしてないので許してあげてください……」
さっきまでイシュを責めたい気持ちもあったが、上司が出てくるとなると話が変わってくる。他人が怒られているのを見るとなんだかすごく嫌な気分になる。自分が関わっているとなるとなおさらだ。
「ご安心ください。お客様の前で部下を叱るような三流な真似は致しませんし、叱るつもりもありません。佐伯様にイシュの話をさせていただこうと思っただけです」
そう口にしたアマミさんの視線が俺に抱き着いて涎を垂らして眠っているイシュへと移り、微笑んだ。天使のようなと言うより、聖母のように。
「私たち天使の仕事は大きく分けて二つ。亡くなった人間を天国に送ることと、一時過去に戻すこと。佐伯様もご存じですよね?」
「はい……当事者なので」
「お客様の前でこう言うのもなんですが……結構辛いんですよ。少なくともイシュにとってはかなり」
「……どういうことですか?」
イシュが仕事を嫌っているのは会話から伝わってきた。だが上司にも知られているとなると話が変わってくる。
「やっぱり俺みたいな奴に付き合うのは嫌なんですかね……?」
「……天使は基本的に性格がいいです。亡くなった人間に対し優しく寄り添えるような天使を採用しています。……イシュも初めはそうでした」
「イシュの性格がいい……!? いい性格してるとかじゃなくて……!?」
「入ったばかりの頃はとてもかわいらしかったですよ。でも……わかるでしょう? 長く仕事を続けていると、最初の気持ちなんて忘れてしまう。どうしようもない現実に押し潰されてしまう。そこは人間も天使も同じです」
ああ……わかる。本当によくわかるよ。
「ほとんど全ての人間は自分の死を受け入れられません。生き返られるチャンスがあるとなれば、それに縋りつく。しかし佐伯様もご存じの通り、運命はそう簡単に変わりません。多くの人が生き返るチャンスを逃してしまいます。そんな人たちを、私たち天使は天国へとお連れしなくてはなりません。そうなると初めは生き返れるチャンスに感謝していた人たちは態度を一変させます。私たちが元凶のように、死神だと言わんばかりに。自分のせいで運命を変えられなかったのに、全ての責任を私たち天使に押し付けてくるのです」
そういう人たちは俺も見覚えがある。リスクを事前に伝えた上で契約したのに、失敗したら騙された詐欺だと騒ぎ、成功したらそれが当たり前だからと感謝すら口にしない。そりゃそうだ。みんな自分に都合のいい言葉しか聞いていないのだから。
「だからこう教育してるんですよ。人間には入れ込みすぎるなと。後で辛くなるのはこちらだと。でもイシュには無理でした。ああ見えて純粋なんです。そして一度潰れてしまった。とある事件をきっかけに。それからですよ。イシュが人間を嫌い、仕事を適当にこなすようになったのは」
ああ……なるほど。そうだったのか。イシュ、お前もそうだったんだな。
「そんなイシュが、あなたには心を開いている。目の前でお酒を飲んで、ふざけて、笑って……甘えている。私の知るイシュからは考えられない行動です。天使の心を読むことはできません。だからどんな心境の変化があったのかはわかりません。ただ天使同士の飲み会すら断るようなイシュが、あなたの前では笑えている。それだけが事実です」
仕事は辛い。本当に辛い。それでも、楽しい時間は必ずある。やりがいを感じる瞬間は間違いなく存在する。俺の言葉を、聞いてくれていたんだ。
「だから……許してあげてください。できれば幸せにしてあげてください。あなたが生き返るにしても、天国に行くにしても。必ずイシュとの別れは訪れます。せめてそれまでは、イシュを楽しませてあげてほしい。もちろん佐伯様のご迷惑にならない範囲ですが……」
「迷惑なんてもう信じられないほど被ってますよ。わざわざ修羅場をさらに掻き回して。本当に勘弁してほしいです。社会人としてありえませんよ」
仕事としてイシュと付き合うのは無理だ。一々悪態をつくし、変な嫌がらせしてくるし、酒癖は最悪だし。でも……そうだな。
「友人としてなら、しょうがないですね」
俺に友だちはいない。だからわからない。だが少なくとも、仕事に疲れたら愚痴を聞いてあげるのは友人の務めなのだろう。酔い潰れて寝ている彼女の姿を見て、俺はそう思った。
1000ポイント突破ありがとうございます! 引き続き頑張りますので応援お願いいたします!




