4.過去と希望~エリザベス視点~②
『お兄様、逃げてください!あそこに行っては駄目です』
『リズ、そんなに泣くな。大丈夫、適当にあしらって上手くやるさ』
次兄は自分が逃げたら残された妹達がどんな目にあうか分かっていたので逃げなかった。そして『手紙を出すからな』と約束をして公爵家に行ってしまった。
結局手紙は一通も来ないで、二か月後には次兄の死が知らされた。
『ジークは抵抗して公爵様の怒りを買ったらしい。ヒッヒッヒ、本当に馬鹿な奴だな。大人しく媚びていれば可愛がってもらえたのにな。
公爵様の命令で屋敷の男達にまわされ、最後には泣き叫んで『もう許してください』って懇願していたらしい。
俺も見たかったよ、あのいつもすました弟の惨めったらしい顔をな』
長兄が楽しそうに話す次兄の最後は悲惨だった。
私はこの世には神も正義もないのだなと悟った。
二人いた姉も防波堤になっていた次兄がいなくなるとすぐに、それぞれ老齢の大商人の後妻や前妻四人が不審死を遂げている資産家の貴族に嫁がされた。
そして『手紙を書くわ』と約束してくれた姉達からは手紙は来ていない…。
そろそろ私の番かな。
痛いのは嫌だな…。
出来ればすぐに死ねるところに嫁ぎたい…。
早く楽になりたいな。
『お前の使い道が決まった。カーター侯爵家の魔術師の子を産め』
魔術師のアレクサンダー・カーターは感情がない化け物と陰で囁かれていた。なので私はこの結婚が嬉しくて仕方がなかった、きっとそんな人なら私の人生を早々に終わらせてくれるはず。
やっと終われる!自由になれる!
結婚式当日初めて会った彼を期待を込めて見つめると、彼は…悲しいくらい空っぽだった。
偉大な魔術師と恐れられているが全てを持っている人のはずなのに、何も…なかった。
えっ…喜、怒、哀、楽、一つもないなんて。
この人は本当に生きていると言えるの…。
彼の目からは『無』しか感じられなかったが、でも穢れてもなかった。
すべてを諦めているそう感じた。
今までどんな人生を歩んできたか知らないけれど、自分の手で『幸せにしてあげたい』と思った。
今までの自分は兄姉を助けることが出来なかったけれど、彼だけは助けたいという想いが込み上げてきた。
なんだろう…不思議な感覚。
これは魂の一目惚れなのかもしれない。
彼の笑顔が見たい。
誰よりも幸せになって欲しい。
そういう想いが私の心を縛っていた鎖を壊していく。
ああ、自由になれたわ。
私は生まれて初めて自分の意思で動いた。
『初めまして、エリザベス・アダムスと申します』