2.離縁の拒絶
誰から恐れられてもリズさえいてくれたら幸せだったのに…。その幸せを脅かすような状況に追い込まれていった。それは婚姻から三年経っても『子供』が出来ないことが原因だった。
俺とリズの婚姻の目的は血を絶やさない為のもの。
それなのに子供が生まれないのなら、離縁して『新しい妻』を娶るようにと王家から圧力を掛けられるようになっていた。
勿論『絶対に妻とは離縁いたしません』と拒絶していた。リズも離縁など望んでいなかったので、侯爵家がどうなろうとこのまま押し通すつもりだった。
クソッ、勝手な事ばかり言いやがる。
彼女は魂の伴侶だ、絶対に失えない!
だが侯爵夫妻と王家からの圧力は俺だけでなくリズにも向けられるようになっていた。
夜会やお茶会に出席する度に謂れの無い中傷を受け傷つき、侯爵夫妻からも会うたびに責められていたらしい。
今日も俺がいない昼間に別邸になど足を運んだことが無かった侯爵夫妻が訪ねてきたと家令から報告を受けている。
きっとリズに酷い事を言いに来たに違いない。
あいつらはどこまで勝手なんだ。
俺が子供の頃から一度だって別邸に来なかったくせになっ。
「今日も父と母がこちらに足を運んだみたいだな。何を言われたのか教えてくれ、リズ」
「大丈夫よ、お義父様とお義母様と三人で他愛もない世間話をしただけなんだから。楽しい時間を過ごしただけよ。本当にアレクは心配性ね」
そう言って弱音も吐かず微笑んでいたが、俺のいない所で泣いているのは知っていた。
そのうえリズの実家であるアダムス伯爵家も貴族特有の『子供は家の駒』という考えの家だったので、王家に逆らう娘に連日のように罵倒するような手紙を送りつけて来ていた。
彼女の味方は俺だけだったが、守り切れていなかった。愛する人にこれ以上辛い思いをさせたくはない、だがリズを心から愛している俺はもう彼女がいない生活に戻ることなど考えられない。
考えろ…、考えるんだ。
リズを守り、かつこの状況を変える方法をっ!
俺達の幸せを守る最適な方法…、クソッなんで思いつかないんだ。
チッ、膨大な魔力なんて肝心な時になんの役にも立たないじゃないか!
この時の俺はとにかく焦っていた。今はまだ王命ではないが『離縁』が王命で出されたら…。
畜生っ、離縁が避けられなくなってしまう。
リズを連れて一緒に逃げるか…。
いや駄目だ。他の魔術師達に追われたらリズを守りきれない可能性が出てくる。
クソッ、モタモタ考えている時間なんてない。
ああぁ、どうすれば‥‥。
考えれば考えるほど正気ではいられなかった。冷静になって考えるとあの時の俺はおかしくなっていたのかもしれない。
リズと出会い人間らしい感情を知った故に、愛する人を失うかもしれない恐怖に正常な判断が出来なくなっていた。
…だから俺はあんな間違いを犯してしまった。
すべてはリズの為だと思い込んでいたが、彼女がどう思うかなんて考えていなかった。そんな余裕はなかったし、そもそも相手の立場になって考えるという考えに至らなかった。
リズによって様々な感情を知った気になっていただけだったのか…。
俺は何もかも足りない人間だ…。
ただただ、目の前にいる大切な人との生活だけを守ることだけ、つまり自分の事しか考えていなかった。