19.悲劇~エリザベス視点~
身籠ってからは何もかも順調だった。心配性のアレクはなるべく別邸で仕事をするようにしていて、まだ生まれてもいないのに笑っちゃうくらい親ばかぶりを発揮していた。
幸せに満ちた毎日。
本邸で育っているあの女性が産んだ子を忘れているわけではないが、彼と同じで私もこの幸せが一番大切であり優先すべきことだった。
だからロザリンとその子供の存在から目を背けていた。
私もこの子とアレクがいればいい…。その為にも夏前までに夢を解析しなければ。
今日は王宮で外せない仕事がある彼は朝から外出していて不在だ。この間に少しでも何かヒントを見つけたいと思って、夢を書き出した紙を見直し何か見落としがないか考える。
誰にも知られたくないので完全に人払いして、庭にある温室のなかで一人静かに紙を捲る。
だから気が付かなかった…忍び寄る足音に。
――カサリッ。
葉を踏むわずかな音がして後ろを振り返ると直ぐ近くにロザリンの姿があった。彼女はなぜかメイド服に身を包み大きな花束を抱えている。
私が口を開く前に彼女のほうから話し掛けてきた。
「ご懐妊おめでとうございます。本当はもっと早くにお祝いを申し上げたかったのですが、私は別邸に来る許可を頂けなくて…。でも珍しい薔薇の花が手に入ったので、是非にエリザベス様にお祝いの品として差し上げたいと思いメイドに扮して来てしまいましたわ」
ロザリンが手にしている薔薇は確かに珍しいものだった。それは普通なら夏にしか咲かない薔薇のはずで、夢に出てきたあの薔薇だった。
…なぜ今の時期にそれが咲いているの…?
花束から目が離せずにいると、『気に入って頂けたようで嬉しいですわ』と言ってからにたりと笑う。
「この薔薇は改良されたものですのよ。本来ならば夏しか楽しめないものでしたが、冬にも咲くようになりましたの。まだ市場には出回っていませんから大変貴重なものですのよ。貴女の死を飾る為に奮発したんですの。どうかこれを受け取って永遠の眠りについてくださいな」
そう言いながらロザリンは小走りに私に向かって走ってきて薔薇の花束を押し付けてきた。
――ドスン!!バサリ‥‥。
…っえ………、な、に…こ…れ………。
鈍い衝撃とともに真っ赤に染まった右胸。
立ってはいられずに、その場に崩れ落ちる。扉を開けて近寄ってくる使用人達の姿がぼやけて見える。
私が倒れた周りにはロザリンが持って来た薔薇の花びらが散っている。
ごっぼっ…。
口から血が溢れ息が苦しい。痛みを感じ始めた胸に目をやりようやく刺されたことを自覚する。痛みに堪えながら赤ちゃんがいるお腹のほうに視線をやり、お腹は刺されていないことにホッとする。
あ、赤ちゃんは無事‥よね…?
良かった…刺されたのがお腹ではなくて…。
駆け付けた使用人達によって地面に押さえつけられ喚き散らすロザリンの声が聞こえる。
『奥様、しっかりなさってください!今医者を呼んでいますから、お気を確かに!』
胸から溢れ出る血を必死の形相で止めながら、励ましてくれる侍女。
もっと気を付けるべきだった…。
赤ちゃんだけは助…けて、お願い神様…。
ごめんね赤ちゃ…ん。守れな…く、て。
ゴブッ、ゴッホゴッホ…。
溢れ出る涙も血も止まることはなかった。
このままアレクに会えずに死ぬのかと思うと死ねないと思った。だってまだ私はアレクにこれから起こる不幸を止めていない。彼をあんな目に遭わせたくはない…。
‥‥生きていたい。
考えとは反対に身体は冷えて感覚はどんどん鈍くなってくる。
…アレ、ク…ごめんね。
もうお別れか…も…しれない。
お腹の…赤ちゃんまで連れて行って…しまう、のかな…。
あ、あなたを一人…にしたくない…のに‥‥。




