15.懐妊
別邸に戻ってきたリズに子供の事を伝えると寂しそうな顔をしたが、『そうね。実の母親に育てられる方が幸せね…』と言って納得してくれた。
リズにはあの女の醜い部分を伝えなかったからそう思うのも当然だった。あの女と侯爵夫妻の元で幸せになれるとは正直思わなかったが、それを伝えることはしなかった。
俺にとって大切なのは君だけだ。
他のことは、…どうでもいい。
それから俺達は子供には関わらずに過ごした。本邸からは『子供と交流を』と頻繁に連絡が来るが、あいつらの目的は分かっているので行く事はなかった。リズからは子供にもちゃんと向き合うように再三言われてはいたが、『ちゃんと定期的に行っているから大丈夫だ』と嘘を吐いて誤魔化した。
そして愛する人との生活だけを大切にして過ごす日々に喜びを噛みしめていた。
だがある日突然、リズが倒れた。侍女から知らせを受けた俺は慌てて彼女が運ばれた部屋へと急ぐ。
――バタッーーンー!!
ノックもせずに勢いに任せて扉を開けると、そこには顔色が悪いリズが医者と共にいた。
「リズ、大丈夫か!いきなり倒れたと聞いて…。どこが悪かったんだ?薬は飲んだのか?寒くないか暖炉に火を入れようか?それと、あっ、別の医者にも念のため診てもらう手配をしよう!おい、誰か医者をもう一人呼んでくれ!」
「アレク落ち着いて、私は大丈夫だから。病気ではないのよ、だから別のお医者様は必要ないわ。
あのね、ふふふ、驚かないでね。私、赤ちゃんが出来たのよ。本当は少し前からたぶんそうだろうなって分かっていたんだけど、あなたは心配性だから安定期になってから教えようと思っていたの」
「……っえ!」
まったく想像もしてなかった報告を聞き固まってしまい、何も反応できなかった。だがそれがいけなかった、リズはそんな俺の様子を見て不安そうな表情で尋ねてくる。
「アレク…喜んではくれないの?」
俺はブンブンと首を横に振る。まるで滑稽な首振り人形のような動きだったが、驚きと喜びで声が出なかったんだ。それを見て、リズは本当に嬉しそうな顔をして笑ってくれた。
ああ俺とリズの子が彼女のお腹にいるのか。
こんな気持ち初めてだ。
嬉しいけど、なんか照れ臭い。
ああぁ最高の気分だ。
いつも優しく抱き締めているが、今日はいつも以上にそっとそっとリズを壊さない様に優しく抱き締め耳元で囁いた。
「有り難う、俺の子を身籠ってくれて」
あの女の時には一切感じなかった喜び。全身に駆け抜けるような幸福感。心からまだ見ぬ我が子の誕生が待ち遠しかった。
その日のうちにリズの懐妊は本邸の侯爵夫妻に伝えられた。今まで義娘であるリズを虐げることはあっても、気遣うことなどしなかった侯爵夫妻から初めて祝いを記した手紙と豪華な花束が届いた。




