異世界転移した私がオッサン冒険者たちの家族になる話
気分転換の短編()です。
異世界を管理する女神様曰く。
私が交通事故に巻き込まれたのは、管理の手が「すべった」からであるとのこと。
家族との縁は薄かったし、仲のいい友人たちとも疎遠になっていた。現世に未練がないため死ぬことはそんなに怖くなかったけど、交通事故は痛くて怖かったので、女神様には慰謝料を請求したいところではある。
まだ若かった(三十代半ばだった)のになぁ……。
真っ白な部屋の中で、とてつもなく美しい女性から土下座をされている現状。
なんともいえない気持ちになった私は、小さなため息を吐いてから口を開く。
「まぁ、しょうがないですよ。人間誰しもうっかり手がすべることくらいありますし」
『私、人間じゃなくて女神なんですけど……』
「細かいことはどうでもいいので、これから私をどうしたいのか教えてください。異世界に飛ばされたりとかするんでしょ?」
『話が早くて助かります。平野莉緒さんには、私が管理するもうひとつの世界に転移してもらいます。もちろん事故で受けた傷は無かったことにしますので……』
「ちなみに、どんな世界ですか?」
『剣と魔法のファンタジーで、莉緒さんが生活しても大丈夫な衛生環境と食文化がある世界です』
「衛生環境……お風呂とトイレがちゃんとあって、食事がおいしいなら文句ないです。それで、特殊な事情はなんですか?」
『うっ、なぜそれを……』
「異世界ならではの文化があるんでしょう? さっさと吐いてくださいよ」
『こ、これは、私の趣味じゃないのよ? 勝手にそういう世界になっていったからで……』
「いいから早く教えなよ。ハリーハリーだよ」
『……女性が極端に少ない世界です。あ、イケメンたちからモテモテになりますよ。ほらほら』
そう言いながら、どこから取り出したのかイケメンたちの写真を真っ白な床に広げていく。
キラキラしい美少年や、中性的な美青年たちが並べられている。
うわぁ……これはさすがにちょっと……。
「却下!」
『そ、そんなこと言わないでくださいよ! 身を守れるように魔法を使えるようにしますから!』
「回復魔法は?」
『それは神官の管轄なのでごめんなさい! でも魔法があれば絶対に大丈夫なので!』
「……わかりましたよ。じゃ、男物の服を用意してください。交通事故を受けた怪我もそのままで」
『……わかりました。ただし、怪我は別の世界で受けたものなので、莉緒さんが望めば消えるようにしますね。すごくひどい傷跡なので、向こうの世界でも受け入れてもらえないかもしれません』
「それでいいんですよ。私、その世界のイケメンたちからモテたくないので」
『えーっ!? なんでーっ!?』
なぜなら私は生粋の『イケオジスキー』である。
若く綺麗な細身の男性よりも、熟成された雄々しく逞しい男性が大大大好きなのだ。
ムキムキの大胸筋にうもれたい。そして優しく甘やかしてほしい。
『若く美しい男子たちに囲まれるハーレムが一般的な世界なのに、なぜ……』
「あ、男性のハーレムが普通なのか……じゃあ、女神様の力で、いい感じに仲良しのイケオジたちがいる冒険者パーティーを探してくださいよ。あ、冒険者って存在してます?」
『莉緒の世界で流行っているライトノベルみたいな冒険者のことかしら? それはいますけど……』
そう言いながら、どこから取り出したのか大きな水晶玉を手に持つ女神様が、手をワキワキと動かしている。
おお、透明な水晶玉に色が出てきているよ。
『探すのはいいけど、なぜ冒険者なんです?』
「王族とか貴族とかいるんでしょう? そういうの面倒だし、冒険者なら自由に動けそうだから」
せっかくの異世界転移だから、自由に動いて色々と見てみたいし。
そんな私の意志を最大限に尊重してくれた女神様は、いくつか候補を出してくれた。
『万年Bランクのパーティーでいいのですか?』
「万年ってことは、長く活動ができているってことですよね。それにAランクは読んでいたラノベだと貴族と関わるとか言ってたし」
『ああ、そういえば莉緒さんの希望は自由に行動したい、でしたね。了解です』
私の性癖ショックから立ち直った女神様は、すぐにお仕事モードになって水晶玉を床においてゴロゴロと転がす。
すると真っ白な床に地図が現れて、ある場所で水晶玉が止まった。
「見つかったの?」
『はい、ここですよ。心の準備ができたら水晶玉に触れてください』
「はーい」
『え、早っ……』
女神様が何かを言っていた気がするけど、よく聞こえなかった。
なぜなら水晶玉に触れた瞬間、床がパカッて開いて落ちていったからだ。
罰ゲームかよーっ!?!?
意識が覚醒したのは、緑の濃い匂いがする森の中だった。
すわ迷子かと思ったけど、立て札があって「イアル町はこちら」って矢印がついている。
あー、びっくりした。
「まさか落ちるとは思わなかった……あれ? なんだろうこれ」
腰に巻いてあるベルトに付いた小物入れを開くと、真っ暗で何も見えない。これはまさか魔法の小物入れでは……?
手を突っ込むとノートのようなものに触れ、それを取り出すと細かく説明が書いてあった。
すぐ飛び込んだから説明できなかった部分を書いたとのこと。
この魔法の鞄は容量の制限なし、時間経過もなし。中にあるものは目を閉じて念じれば一覧が出てくるとのこと。
魔法は念じれば何でもできるから呪文は不要だけど、この世界の魔法使いは呪文ありきでやってるから、目立ちたくないなら呪文を唱えろとのこと。
お金は一生困らないくらいは入れてあるけど、出来ればイケオジハーレムを堪能してほしいとのこと。
などなど、内容が盛りだくさんだ。
「日本語で書いてあるから、誰かに見られても大丈夫だね。とりあえず、しばらくはこれを読みながら行動しますか」
いかん。独り身が長いからか、ひとり言が癖になっている。
向こうでは気をつけていたのに……これが異世界マジックというやつか。違うか。
私が目指しているイアル町、とは。
この世界にある国々の中でも、比較的平和な『聖王国』の王都から少し離れた場所にある小さな町だ。
女神様ノートによると……新人冒険者であり魔法使いである私、リオは、イアル町にある冒険者ギルドのマスターの紹介で、とあるBランクパーティーに加入することになっている。
ちなみに、女神様ノートに質問を書くと答えが浮かび上がってくるんだよ。なにげに便利だね。
「サンス村から? あの田舎から歩いてきたのか?」
「途中まで荷馬車に乗せてもらいました」
「そうか。小さいのに大変だったな……って、悪い。成人しているんだな」
「はい! もう大人ですよ!」
女神様が作ってくれた身分証明書には、年齢が十五歳となっていた。
おかげさまで、男装しているのに胸部に何かする必要はありません。
嘘です。元の年齢でも必要ありませんでした。ちくしょう。
この世界の女性が髪を長くするのが当たり前で、ショートボブな私は、服装関係なく男と間違えられていた気がしないでもない。
今の服装は、魔法使い用の藍色のローブに、白のチュニックと茶色のパンツとブーツだ。武器は初心者用の杖と、小さいナイフ。
いざとなればどんな魔法でも使うけど、とりあえずは初心者として動こうと思っているよ。
小さな町だけど、魔獣という人間に害をなす存在がいるためか、町を石の壁でしっかりと囲んであった。
門番さんも「いつでも戦えます!」って感じの厳しい表情をしている。でも幼く見える私には優しく接してくれたよ。
「ええと、ギルドは大通りの左にある……と、ここか」
立派な石造りの建物には、ギルドの翼のマークの看板があるからすぐに分かった。
もちろん女神様によって異世界語を話せるし、文字も書けるようになっている……はずだよ。たぶん。
設定としてだけど、私が持っているサンス村からの紹介状があるので、お約束の「冒険者登録」とかはしないんだけどね……。
ギルドの中には案内カウンターがあって、飲食できる感じの喫茶スペースには椅子とテーブルのセットがいくつか置いてある。
お酒を飲んでいる人たちもいるから、酒場でもあるのかな? え、昼からお酒? いいなぁ冒険者。
「おう、待っていたぞ。こっちだ」
建物内の全体に響くように声に驚くと、眼帯をしている赤毛の男性が「悪い、声が大きかったな」と謝ってくれた。
おお、なかなかのイケオジ……だけど、この人は既婚者だね。指輪をしているし。
そうそう、この世界でも左手の薬指に指輪をするんだってさ。(女神様ノートより)
「新人の……」
「リオです。よろしくお願いします」
「ああ、サンス村の村長から聞いている。色々あったと思うが、気を落とさないようにな。俺はイアル町のギルドマスターをやってるゼストだ」
「はい。ありがとうございます。ゼストさん」
私には、体に傷を負ったせいで結婚できなくなったという理由がある。
幸い魔法が使えるため冒険者になったものの、一人で行動するのは難しいため、魔法使いを求めているパーティーに入れてもらえるよう、ゼストさんに紹介してもらうことになっている。
その紹介相手こそが「万年Bランクパーティ」なのだ。
「あの三人はいい奴だ。俺が保証する」
「はい」
「本当はAランクに上がってもおかしくはないんだが……アイツら全員、貴族嫌いだからなぁ」
「ボクも嫌いです」
「そうか。そうだったな」
ゼストさんは傷のせいで実家である貴族から捨てられたという、私の生い立ち設定で納得しているみたいだけど、私は女神様に見せてもらった貴族の男女共々が無理だった。
きっと香水とかめっちゃかけてるんだろうなーって感じだったし、顔形が綺麗でも不健康そうな肌をしていたんだよね。
無理だわー。やっぱ無理だわー。
「ところで、新人なのにBランクの方々のパーティに入れてもらえるのですか?」
「大丈夫だろ」
軽く答えるゼストさんに不安を覚えながら部屋に案内されたところ、目に入ったのは服の上からでも分かる至高の筋肉を持つ三人の美丈夫だった。
な、なんということでしょう……。
この町に入ってから、男性たちの筋肉がムキムキしていて異世界人バンザーイと心浮き立っていた少し前の私に、喝を入れてやりたい。
本物はここにいた。
特に濃灰色の短髪美丈夫の筋肉はすごい。両隣りにいる青色の長い髪のメガネ美丈夫も、柔らかな薄茶色の髪をハーフアップにした美丈夫も素晴らしいけれど、これまで見た中でもダントツでトップだと思う。
「ゼスト……まさか、この子なのか?」
「ああ、新人のリオだ」
「は、はじめ、まして。リオ、です……」
プルプル震えていると、濃灰色の美丈夫が一瞬で目の前に来たかと思うとギュッと抱きしめられた。
え? 抱きしめられた?
それどころか抱っこされた?
しかも子ども抱っこされた、だと???
「あ! ずるいぞグラン兄貴! 俺もしたい!」
「グラン、自己紹介もまだですよ。落ち着きなさい」
薄茶色の美丈夫は文句を言い、青色の美丈夫は諭してくれる。
これはきっと青色の美丈夫がストッパーなのだろう。そしてむっちりとした濃灰色の美丈夫の大胸筋が逞しすぎて鼻血が出そう。
「あ、あの、おろして……」
「なぜだ?」
無表情で切り返されたよ!?
そして濃灰色の美丈夫の筋肉しか見てなかったけど、眉間の皺は深いながらも顔立ちは整っていて私史上ドストライクなイケオジだよ!?
「じ、じこしょうかい……」
「ああ、俺はグランディス。グランと呼べ」
「グラン……」
そう言ったところで、青髪の美丈夫にヒョイっと抱っこ移動する。
助かったと思ったけど、なかなか抱っこが終わらないのはなぜだろう?
「自分はアルベール。アルと呼んでくださいね」
「アル……」
メガネの奥の目が笑ってないように思えるけど、抱っこされている腕は優しくて、しっかりとした筋肉と体幹を感じるよ。
なんとなく文官っぽいけど、ちゃんと鍛えているのは冒険者だからかな。そして若い頃はきっと美人さんだったろうなって顔をしたイケオジだ。
長い髪はゆるく三つ編みされていて、なんともいえない色香が……眼福です!!
うっとりしていると急に風が吹いて、気づけば薄茶色の美丈夫に抱っこされていた件。
ナンデ???
「俺はレイモンド! レイって呼んで! レイお兄ちゃんでもいいぞ!」
「レイ、おにいちゃ……?」
「……っ!! うわっ、かわっ!!」
ふわふわな薄茶色の髪は肩くらいまであってハーフアップにしてあるのが、前の世界で見たチャラくて遊んでいるって感じがする。
でも私の要望ありきで女神様サーチで選んでいるから、遊んではいないと思われる。
なにそれ、ちょっと垂れ目で遊んでいる感じのイケオジなのに、恋愛経験はほとんど無いとか……ギャップ萌えがすぎる!!
体もバランスの良いしなやかな筋肉が素晴らしいです。抱っこの安定感もある……いや、抱っこはおかしいでしょ。絶対に。
「おーい、こう見えてこの子は成人しているんだから、おろしてやれー」
こう見えてって、どう見えているんだ! などとは言えない。
前世でも細身で小柄だった私は、三十越えても居酒屋で年齢確認をされていた実績(?)があるのだ。ちくしょう。
そして。
この三人について困ったら、ゼストお父さんに助けを求めようそうしよう。
異世界に転移して一ヶ月ほど経った。
オッサン冒険者三人のパーティ『啓明』に加入した私は、毎日を忙しく生活している。
三人は一戸建ての家に住んでいて、イアル町を拠点に活動しているんだって。
依頼が少なくなると、国を跨いで動くこともあるから、異世界を漫遊することも夢ではない。
今は私が冒険者としての経験が浅いため、イアル町を中心に活動してくれている。優しいオッサンたちに甘やかされている自覚はありますよ。
うん。男の子だと思われているけど、何よりも幼く見られているのが甘やかしの原因だよね。
たぶん私は今以上に成長しないので、食べ物を詰め込むのはやめていただきたく……。
基本的に冒険者ギルドの依頼受けない日は、三人のオッサンと日替わりで一緒にすごしていた。
今日はグランディスさんと一緒にいる日だ。
「リオ、今日も体力強化の訓練をするか?」
「します! よろしくお願いします! グランさん!」
「グランでいい。疲れたらすぐに言え」
「はい!」
私は魔法については高い能力を持っているけど、体力はそのままだった。
肉体年齢は若返っているし、異世界仕様の体になっていると女神様ノートにあったので、鍛えればそれだけ強化できるとのこと。
走ったり筋トレしたり、前の世界では苦手だった運動も今はとても楽しい。
鍛えれば鍛えるほど、動けるようになるのはとても嬉しいのだけど……。
「疲れたか?」
「大丈夫です!」
「疲れているな?」
「大丈夫ですってば!」
「しょうがない。ほら、抱っこしてやろう」
「疲れてないんですってー!!」
実は貴族の家で生まれていたグランディスさんは、元々は王宮の騎士だったそうな。
その頃、とある貴族女性の五番目の夫候補だったグランディスさん。筋肉ムキムキに成長していったので、候補から外されてしまったらしい。
私の価値観とは全く違うこの世界では、細身で中性的な美男子が夫として人気があるんだってさ。
否定はしないけど、ちょっとよく分からない価値観の世界だなぁとは思うよね。
そもそも女に興味がなく、何かとしがらみの多い騎士職が面倒になり冒険者になったグランディスさんは、幼馴染のアルベールさんと弟分のレイモンドさんとパーティーを組み、『啓明』のリーダーになる。
剣の腕は超一流だから、ランクアップは早かった。
直感力もあるからリーダーとしての判断も的確だし、騎士時代に培った知識は魔獣と相対する冒険者としては役に立っている。
ただ不器用なところもあって、感情表現が苦手で初対面の人を威嚇したり、料理が苦手だったりする。そういうところは可愛いなぁと思うよ。
頼れる兄貴で冒険者たち(もちろん同性)からは、とにかく慕われまくっている。でも周りから向けられる好意に疎くて鈍い。
そういうところも魅力的ではあるけれど……たまに「そういうところだぞ!」って言いたくなるよね。
アルベールさんとレイモンドさんを弟のように愛していて、それとは別格な感じで私を猫っ可愛がりするのはパーティーの仲間としてどうなんだろう?
至高の筋肉を持つ、かっこいいヒーローみたいなイケオジだから、遠慮なく頼ったり甘えたりしちゃうんだよなぁ。
ちょっと反省……。
訓練場から自宅への帰り道、いつも通り疲れていないのに抱っこをされてしまう私は、しっかりどっぷりと甘やかされていた。
「ほら、甘味でも買ってやろう。リオは焼き菓子が好きだろう?」
「はい! 大好きです!」
「……っ!! 店主、これを全部くれ」
「グランさん! そんなに食べられないです!」
「お前はもっと太ったほうがいい。ほら、こことか細すぎるだろう」
「く、くすぐった……やだぁ、グランさん」
「……っ!!」
なぜか真っ赤になったグランディスさんは、そのまま固まって動かなくなってしまった。
抱っこされたままで困っていたら、遅いからと迎えに来たアルベールさんが笑顔で自宅の庭にある井戸へと連れて行って水をかけていたよ。
暑かったのかな? 風邪ひかないようにね、グランディスさん。
ギルドの依頼のない次の日は、アルベールさんと一緒に過ごす日だ。
冒険者であり神官でもあるアルベールさんは博識だ。そして親切だ。
異世界の知識が少ない私を「訳あり」だからと甘やかすことなく、勉強の時間を作ってくれている。
それでも最初の頃は、なかなか信用してもらえなかった。
抱っこしてくれてもメガネ越しの目は笑っていないし、私を怪しいと思っていたのだと思う。
何より、お風呂に一緒に入れないのはどういうことだと、何か隠しているのだろうと私の服を無理やり脱がそうとしたこともあった。
でも、女神様に残してもらっていた「交通事故の傷跡」が大活躍した。
鎖骨から太ももまで続く傷跡を見たアルベールさんは静かに泣きながら、何度も回復魔法をかけてくれた。
私は罪悪感にかられる……どころか、怒っていた。
紐パン(この世界の下着)のみの姿だったのに、私を女だと気づかないのはなんでなん!? おかしくない!?
ばっちり胸も見ていたはずなのに……いや、傷跡の印象が強すぎたんだよね? そうだよね? そうだと言って!!(悔し涙)
そんな悲しい事件があったりしたけど、物腰柔らかな長髪三つ編みイケオジ神官の、グランディスさんとはまた違った魅力に私はメロメロになっているよ。メロメロ。
「リオ、この本を読みましたか?」
「昨日読みました。面白かったです」
「どこが面白いと感じましたか?」
「魔獣の発生について、基本は魔素によるものだけど、濃い魔素や澱みがある場所にいる植物や動物が魔獣化することがあるってところです」
「リオはえらいですね。しっかりと学んでいます」
「えへへ」
勉強をする日はイアル町の神殿に行く。
アルベールさんが特別に許可をもらってくれて、二人で書庫の本を読むのがいつもの流れだ。
本の感想を言えば頭を撫でられて、つい子どものような反応をしてしまう私。
ちょっと恥ずかしいと思いながらも、子ども扱いされてしまうとつい……ね。
神官のアルベールさんは基本、後衛で支援する役割だ。でも愛用している武器はゴツいメイスで、まぁまぁ強かったりもする。
若い頃は中性的な美青年だったアルベールさんは多くの女性たちの夫候補として人気だったそうな。でも、女性恐怖症になってしまい、神殿に逃げ込んで神官になったんだって。
神官長の資格を得れば結婚できるけど、それは避けているとのこと。そりゃそうだ。
女性……というよりも巨乳恐怖症だと知って私は微妙な気持ちになったけど、気配り上手で他人の感情を読むのに長けているから、グランディスさんとレイモンドさん相手に困っているときは必ず助けてくれる優しいイケオジだ。
綺麗好きだから掃除しないと怒られるけどね。(主に私以外の二人が)
グランディスさんを兄、レイモンドさんを弟のように想っているみたい。
私のことはどうなんだろう? そろそろ信頼してくれると嬉しいんだけどなぁ。
書庫の中はとても静かで、つい眠くなってしまう……寝たら怒られちゃうよね……。
「アル兄貴、迎えに来たぞーって、リオは寝ちゃったのか」
「静かに。もう少し寝かせてあげましょう」
「そんな抱えちゃって、重くねぇの?」
「羽のように軽いですね」
いい匂い。あたたかい。ママァ……って夢を見た。
寝たのは一瞬だったみたいで、アルベールさんに気づかれなかったみたい。
よかったー。あぶないあぶないー。
なぜか疲れている認定されてしまった私。
レイモンドさんと過ごす今日は開口一番「遊ぶぞ!」と言われて笑ってしまった。
「リオは笑うとかわいいなぁ。いつも笑ってろよ」
「お、男なので、かわいいと言われても……」
「いいじゃねぇか。俺はかわいいリオが好きなんだから」
「えぇ、あぅ……」
前の世界でも、かわいいなんてなかなか言われることはなかった。
グランディスさんもアルベールさんもかわいがってくれるけど、レイモンドさんは言葉がまっすぐ過ぎて、つい照れてしまう。
今の私は男なんだから、喜んじゃいけないのに……。
「何して遊ぶ? 誘っといてなんだけど、俺、休みの日は道具の調整とかしているから、よく知らねぇんだよなぁ」
「ボクも分からないので……あっ! お買い物に行きたいです!」
「いいぞー。かわいい雑貨とか売ってるところに行こうぜ」
「か、かわいいのじゃなくて、普通ので!」
「ははは、わかってるって」
そう言いながらもかわいすぎないけど、おしゃれな雑貨が置いてある店に案内してくれたレイモンドさんは、全然モテないらしい。
やんちゃなお兄さんタイプのイケオジ、レイモンドさん。
彼は森の一族の末裔で元狩人だった、愛用の武器は自作の弓とのこと。
索敵や罠を五感でとらえたり、魔力を肌で感知する能力は森の一族のものなんだって。
グランディスさんとは、狩人時代に王宮へ獲物を納品していたところに知り合ったそうな。
ある日、大量発生した魔獣の暴走が起きて、運悪く囲まれたレイモンドさん。
危機一髪グランディスさんが助けてくれて、アルベールさんに怪我を治してもらったことで、以来二人を兄のように慕っていると嬉しそうに教えてくれた。
二人をすごく慕っているのが目の輝きでわかるし、その話をするとグランディスさんは違う場所に行くし、アルベールさんは部屋を片づけ始めるから面白い。
実は器用で料理上手。でも片付けは苦手という、ちょっと甘えたなところもあるレイモンドさん。
だけど、グランディスさんとアルベールさんの武器や防具のメンテナンスを担当していて、そういうところは自分も兄たちを守るって気概を感じるよね。
私のことは弟みたいに想ってくれているのかなぁ。
出会ったその日に、お兄ちゃんと呼ばれて秒で落ちていたレイモンドさんは、ちょっと心配になるくらいチョロいと思う。
「俺たちの中で、一番警戒心が強いのはレイだがな」
「グランと自分、リオ以外には最低限の会話しかしませんよね」
「そ、そうだったんですね」
夜になって、家のリビングでティータイムをする私たちは、日課である本日の出来事を報告し合っている。
なるほど。一番フレンドリーだと想っていたレイモンドさん、実は警戒心が強いのね。
最初の頃、私の「訳あり」についてアルベールに色々疑われていたけど、レイモンドさんは変わらないままだったから気づかなかったよ。
そう言ったら、バツの悪そうな顔をしたアルベールさんに謝られてしまった。
気にしてないですよー。グランさんの殺気が怖いので、伝家の宝刀「抱っこをおねだり」しましたよー。そうしたら平和が戻りましたよー。
あの(胸部的に)悲しき「服ひん剥き事件」の次の日、アルベールさんは頬をボッコリと腫らしていたっけ。
私の傷跡のせいで申し訳ないことをしたなぁと思ったけど、男女問わず服を脱がされるのはどうかと思うので、あれくらいはしょうがないと思うことにした。
「リオ、あの時は申し訳ないことをしました」
「もう終わったことなので大丈夫です!」
だからもうグランさんの抱っこは終了ってことでお願いします!
グランさんのお膝の上でモゾモゾ動いていたら、今度はアルベールさんに抱っこされてしまったよ。ぐぬぬ。
「おっ、なんだなんだ? 今日のリオは甘えっこか?」
「違います!」
レイモンドさんは持ってきた追加のお茶菓子をテーブルの上に置くと、アルベールさんから私を持ち上げると、今度は自分の膝で抱っこした。
って、オイィィッ!!(心の中でツッコミ)
「こんなに穏やかに過ごせるとは……リオのおかげだな」
「そうですね」
「癒されるよなぁ」
まったく癒されてないし動悸がすごいことになっている私に、誰か気づいてくださーい!
イケオジたちの諸々のスキンシップは、心臓に良くない気がするよ……。
さて、(私以外が)しっかり休んだ翌日は、ギルドの依頼を受けることになった。
家はギルドの近くにあるけど、私一人で行くことは禁止されている。むしろ、ひとりで外出することは基本的に禁止されている。
この世界は女性が少ない。
つまり、必然的に小柄だったり、かわいい系の男性は「そういう意味」で狙われやすいとのこと。
結局、男性設定でも私は狙われてしまうのか……いや、女性よりはまだマシなんだろうけど……。
「そろそろ大丈夫だと思うが、もうしばらくの辛抱だ」
「大丈夫になるんですか?」
「ええ、リオは自分の身を守れるくらいの魔力がありますし、町の人間も『啓明』のメンバーに何かするのは危険だと知っていますからね」
「俺らが色々な場所で宣伝したからな。最上級の愛情表現も見せつけてやったし」
最上級の愛情表現、とは。
どういうことかと問いかけようとしたけど、グランさんは早足でギルドに向かっていくから、慌てて走ってついて行くことに。
「うちのリーダーは照れ屋さんですね」
「世間知らずって聞いてたけど、リオは予想以上だよなぁ」
アルベールさんとレイモンドさんの呟きが聞こえたけど、それをかき消すような地鳴りが聞こえてきて思わず立ち止まる。
すぐに近くの木に登っていったレイモンドさんが、飛び降りてきて放った言葉に、私たちは凍りつく。
「魔獣の暴走だ」
ギルドに走って報告したレイモンドさんの言葉により、ギルドマスターのゼストさんが緊急の笛を吹き鳴らす。
それほど大きくない町のどこにいたのか、多くの冒険者が集まる中で私は震えていた。
魔獣を倒したことはある。
でもそれは魔獣の中でも弱く、小さいものだった。
比較的これまで平和だったイアル町周辺では、強い魔獣が発生しなかったのだ。
「リオは残れ」
「い、いやです! グランさん!」
「確かに経験する必要はありますが、リオにはまだ早いです」
「家の中なら安全だから、ちゃんと待っているんだぞー」
ピリッとした空気の中でも、イケオジ三人は優しくてあたたかい言葉をくれる。
でも、それに甘えていたらダメだってことも分かるんだ。
「一緒に行きます! 魔法なら遠くから飛ばせるし、大丈夫です!」
「リオ……」
一瞬、何かに耐えるような表情をしたグランディスさんは、そのムチムチと盛り上がった大胸筋を私の顔に押し当てる。ふぉ、至福ぅ。
「わかった。無理はするな」
「むぐぅっ!(はいっ!)」
至高の筋肉から形成されている雄っぱいに挟まれるって、苦しいけど幸せなんですね。
鼻血が出そうなので、ほどよいところで解放していただけるとありがたいのですが。そして頭あたりからリップ音が聞こえるのですが、これは気のせいでしょうか。
「リオ、こちらに」
続けてアルベールさんに抱きしめられ、離れる時に柔らかなものが額に当たる。
「リオ、こっち来い」
さらにレイモンドさんからは抱っこされたあげく、まごうことなく頬にチューされたわけでふぉぉ鼻血ぃぃ。
真っ赤な顔になっている私を抱っこしたグランさんは、ゼストさんに預けると天も裂けるかのごとく吠え声をあげた。
「行くぞおおおお!! 野郎どもおおおおお!!」
『おおおおおおおっ!!!!』
なぜかゼストさんにまで抱っこされている私は、びっくりしてしがみついてしまった。
「リオ、すまない。抱っこを終わりにしておりてくれないか。今、なぜか俺が弓で狙われているんだ」
「え? あ、はい」
よく分からないけど、グランさんからのバトン抱っこはダメだったらしい。ごめんなさい。
でも怖いので近くにいさせてください。
「三人から任されているから大丈夫だ。俺から離れるなよ」
「はい!」
「リオは遠距離で魔法を出せるな?」
「もちろんです!」
魔法の本を取り出そうとして、ふと考える。
魔力をコントロールするためには、教本の呪文を唱えて魔法を出すよりも、脳内でしっかりとイメージしたほうがいい。
そして何よりも呪文詠唱は恥ずかしいのだ。昔とった杵柄的な何かが蘇るのだ。
神殿で博識なアルベールさんから魔法について学んだ時、呪文よりも頭の中で現象を確定させるべきだと教えてもらった。
「魔獣は人間よりも多くの魔素を持っている。澱みの魔素は、たぶん清らかなものではないはず」
人は魔素で魔獣化しない。それはどんな悪人でも同じだ。
魔獣となった魔素は……あ、そういえば。
「確か、初めて倒した魔獣の核を持っていたような……」
「どうした?」
「ちょっと試したいことがあって」
危険なことではないと説明したいけど、今は時間がない。
グランさんたちが戦っているのは前線で、後衛のレイモンドさんやアルベールさんも一緒にいるのだから。
町を囲む高い壁。
その向こう側では魔獣が津波のように向かってくるのが感覚で理解できた。
大量の魔素が動いているのだから、魔法使いなら皆が分かると思う。そして、戦いが始まってから、そろそろ一時間は経過している。
ああ、これはダメなやつだ。
「魔獣……魔素の追跡……位置情報を特定……魔力でマーキング……印がついたところへ、攻撃魔法を届ける……」
「リオ? 一体何を言っているんだ?」
戸惑うゼストさんの言葉にも反応はできない。とにかく急がねば。
人の力では到底かなわないような巨大な魔素の塊になっている魔獣たちを、どうにかしないとダメなんだ。
グランディスさん、アルベールさん、レイモンドさん。
大好きな三人が死んじゃう。
それだけは嫌だ。
「炎は広がっちゃうから、局地的に狙えるのは……雷……?」
脳内でイメージしているのは、網目のように広がった魔力の細い線。
そしてそれに引っかかる、マーキングされた魔獣たちの「点」を目指して。
雷雲に走る光の線のイメージをそのままに、あとは言葉を放つだけ。
「走れ!! 迅雷!!」
◇◇◇
俺は迷っていた。
『啓明』のリーダーとして、普段は後衛を担っているアルベールとレイモンドを前線まで連れてきたのは、町の防衛としては正しいことではある。
しかし、今回は状況が違っていた。
「リオはっ、無事だろうかっ」
「魔獣を町に入れなければ、ですね!」
「あー、リオを抱っこしてぇーなぁー」
数年前ほど前からだが、俺たち三人での連携攻撃は数倍の威力を放つようになった。
大規模戦ならば、前線で周囲に人がいない状態で戦うと高い効果を出す。
群がる魔獣を数匹ずつ倒し、塵と化していくのを見ることなく次の獲物に攻撃を開始していく。
俺が剣を振るえば、アルベールが『祈り』で斬撃に強化を与え、レイモンドの森の加護は魔獣の足止めとなる。
討ち漏らしは二人が処理し、俺はひたすら範囲攻撃を繰り返す。
しかし、激しい戦いの中でも心にあるのは、愛らしい笑顔を浮かべるリオだ。
「やはりアルはリオの護衛に……」
「リオは魔法使いですよ」
「グラン兄貴は過保護だよなぁー」
単調な攻撃を繰り返していると、時間の流れを感じなくなっていく。
魔獣の流れは止まらない。
「二人とも、疲れは?」
「神々への『祈り』は届いてますよ」
「まだまだいけるぞぉー」
荒くなっている息を押し殺し、不敵に笑ってみせる弟分たちは頼もしい。
「リオを守れるのなら、それだけでいい」
「やめてください。あの子はグランに一番懐いているのですから」
「俺らの中で一番はグラン兄貴だって言ってたぞ。特に筋肉」
アルベールとレイモンドの言葉に思わず笑ってしまう。
遠い昔に忌避された己の身体を、あの子は素晴らしいと言ってくれるのだから。
それは他の二人も同じで……。
「あの子がいたから、俺たちは過去を捨てられた」
「ええ、そうですね」
「俺らは幸せだよなぁー」
もう剣を握る手の感覚はなくなっていた。
視界は霞んでいくが、最後まで攻撃の手は緩めずにいようと覚悟を決める。
弟分たちの性格からすると、俺だけが死ぬことはないだろう。
ギルドマスターのゼストはリオを気に入っていた。保護者の俺たちがいなくなれば養子にすると豪語していたから、あの子がひとりになることは……。
いや、ダメだ。
リオと初めて会った日。
不安に揺れるその瞳に、俺は、俺たちは囚われてしまった。
「……生きるぞ」
「当たり前でしょう」
「そうだぞ。俺らは生きて戻って……」
「「「あの子を嫁に!!」」」
俺たちが気合を入れ直した瞬間、見えたのは空を走る……竜?
あれは遥か東の国で祀られている存在ではなかったのか?
「魔獣が……消えた? いや、まだ残ってはいるが、これは……」
「あれはリオの魔法ですね。神託で『リオの魔法ないっすぅー』と言われたのですが、どういう意味なのか……」
「ふははっ、よくやったなって、神様がリオを褒めたんだろうな!」
「……そうだな。神に任せておけん。リオを褒める役目は俺たちだ」
早く帰ろう。
きっと大泣きしている、あの子のもとに。
◇◇◇
魔獣の暴走は、イアル町の近くにある森にダンジョンが出来ていたことが原因だった。
ダンジョンというものは神様が作ったり、魔力を多く持つ人が亡くなった時に作られてしまったり、魔素の滞留で自然発生したりするものらしい。
今回は自然発生したダンジョンが誰にも発見されず放置されたことで、中に溜まった魔素から魔獣が大量に発生して溢れたようだ。
「じゃあ、定期的に冒険者を入れて、魔獣を狩ってもらうんですね」
「ああ、もちろん『啓明』にも依頼するからな。頼んだぞ」
「了解です。ゼストさん」
冒険者ギルドの施設内にあるギルドマスターの執務室は、日当たりがいいので寒い時期でも暖かい。
私が異世界に来た時は秋くらいの気候だったのかもなぁ。女神様ノートには、この世界にも四季があるって話だったし。
「ところでリオ、いつまでここにいるんだ?」
「えー、なんのことですかー?」
「いい加減、腹をくくってくれよ。仕事の邪魔だ」
「邪魔って言いながら、甘いもの嫌いなゼストさんがお茶菓子用意してくれているの知っているんですからね!」
「何が不満なんだ? ランクか? アイツらなら、いつでもAランクに上げてやるぞ」
「そうじゃなくて、無理なんですよ。私には身体に傷があるから……」
「アルベールが『傷跡はリオが消せるからだいじょうぶいっ☆』という神託を受けたって言ってたぞ」
「うわーん! バラしたな! 女神様めぇー!」
ギルドマスター用のふかふかソファーに寝転んで足をバタバタさせていると、力強い腕でふわりと抱き上げられる。
「リオ、そんなに嫌なのか?」
「い、いやってわけじゃなくって……」
「リオ、自分たちがオジサンだからですか?」
「お、おじさんは、いやじゃない……」
「リオ、それなら好きってことでいいだろ?」
「あぅ……」
なんと三人には女であることがバレていた。
グランディスさんとレイモンドには初日に。
疑いが深かったアルベールさんには服を剥かれた時に……とのことで、グランディスさんは罰として抱っこ優先権を下にしているとのこと。
いや、それを決めるのは私では……?
グランディスさんが名付けた『啓明』というパーティー名は、この世界にある『夜明けに輝く星』のことを指すそうな。
見つかるわけがないと皮肉をこめて付けた名前が、そのまま自分たちを導く唯一の星として飛び込んできたのが……私だと言うんだよね。
魔獣の暴走が終わってから、私はずっと口説かれている。
その度に、ゼストさんの所に避難していたりする。
でも、そろそろ限界だと思う。
私の心は毎日順番に抱っこしてくれる三人に、すっかり囚われてしまったのだ。
これは、異世界転移した私が、オッサン冒険者たちの家族になる話。
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