表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき

星が降った日

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくごじゅうはち。

 お題:天の川・約束・瞠目



 その日、頭上で煌く星々が、世界に降り注いだ。



 僕が彼女との約束を、果たしに行く日だった。



「――」

 丁度一年前。

 彼女は突然、倒れた。くしくもその日は、彼女の誕生日だった。

 黒く美しい髪をなびかせて、キラキラと笑っていた彼女は。

 見る角度で色が変わるような、きらりと光る瞳を輝かせていた彼女は。

 白く華奢で、それでいて、誰よりも強かに生きていた彼女は。

「……」

 もとより、幼い頃から体は丈夫ではなかった。だけど、それも大人になるにつれ、成長していくだろうと、言われていた。―実際、彼女は幼い頃に比べて、とても強くなっていた。華奢ではあったが、確かな命の輝きは失ってはいなかった。むしろ、普通の僕よりも、とても、その輝きは強く、暖かで、美しかった。

「……」

 月に一度は倒れていた彼女だったが、その間隔は長くなっていった。半年、一年、二年と。

 それに油断してしまったのが、よくなかったのだろうか。

 病に倒れなくなって三年がたったその日。

「……」

 彼女は、奇病に倒れた。

「……」

 患ったのは「天の川病」という、聞いたことも見たこともない病だった。医師本人も見たのは初めてだったという。その症例自体は、かなり昔の文献にも乗っているそうだが。しかし、その症例があまりに異例で突拍子もないモノだったので、きっと何か別の病をそれと勘違いしたのだろうと、思われていた。

 しかし、彼女が運ばれ、その症状を目にし、「天の川病」に思い至ったそうだ。

「……」

 症状としては、足の爪先から現れる。徐々に徐々に、黒くなり始めるそうだ。それが、足の指まで広がると、そこに、小さな宇宙ができたように。輝く小さな星が光り、肉体としての輪郭がぼやけ始める。感覚も同時になくなりつつあるそうだ。

 その症状は、少しずつ。足の先から、足首、足全体へと、広がっていく。膝から太もものあたりに来た時には、指の爪先にも現れ始める。

「……」

 その間、彼女は寝たきりだった。

 それはそうだ。足から侵されるのだから。立つことなんて、最初の時点で不可能になっている。

 それでも本人は、そんな事をおくびにも出さず。にこやかに笑っていた。

 見舞いに行く度、今日は何をしたの、私はこんな本を読んでいた、病院食がおいしくない、お母さんが来なくなった―と。 日々少しずつ、その体は宇宙に侵されているのに。体が、他のものになっていく感覚なんて、怖くないはずがないのに。そんなことは一言もいわなかった。

「……」

 彼女が倒れて半年―今から、丁度半年前。

 いつも通り、見舞いに来た僕は、医師に呼ばれた。もう、彼女の母は病院に見舞いに来ることはなくなっていた。もとよりあの人は、そういう人なのだ。自分の娘が頻繁に倒れて、過保護に育てるような、母親ばかりではない。娘がよくわからない病に侵されるのを見て居られなくなったのか。はたまた、もう見なくて済むとでも思ったのか。―まぁ、あれの事はどうでもいい。

 それより大切なのは、医師の告げた言葉だった。

「―彼女の余命は、残り半年です。覚悟しておいてください」

 本人には伝えたのかと問うと、まだ伝えていないとのことだった。―ならばと、無理を言って、僕の口から伝えさせてもらうことにした。

 その頃の彼女は、下半身―腰あたりから下の方―は、もう宇宙と化していた。それでも気丈にふるまっていた。

 時節、彼女の瞳の奥に、宇宙が見えて、僕はどきりとした。実はもう、中身はすべて宇宙になっているんじゃないかと、思ってしまったりもしていた。

「……」

 がらりと、扉を開けると、にこりと彼女が出迎える。

 ここ最近、声を聞いていない。―それもあって、つい嫌な想像をしてしまうのだ。

 いつも通り、ベット脇に座り、さらりと、彼女の頬をなでる。まだ暖かい。人の生きている暖かさだ。 それを嬉しそうに受け入れる彼女を見ていると、涙が溢れそうにさえなった。

 けれど、僕は告げなくてはいけない。身内にも、医師にも、もう見放されている彼女に。

「―あのね、」

 ぽつりと、呟くそれは、彼女に聞こえていただろうか。

 残り半年の命だと告げても、彼女は、泣きもせず。絶望もせず。

「……」

 ただ、にこやかに、笑っていた。

「――」

 きっと彼女には、分かっていたのだろう。

 ほかの誰でもない、自分のことだ。彼女自身が、一番分かっている。

「―だから、」

 ―だから、その日は、来年の誕生日は、一緒にケーキを食べよう。

 君の誕生を、心から祝おう。人々から忘れられ、失われる前に。君の命の輝きが、尽きぬように、祈ろう。

「……」

 そう、彼女と、約束をした。

「……」

 あの時、にこりと微笑む彼女が、ほんの少し震えていたのを、いまだに覚えている。

 自分が自分でないモノになっていくのが、怖くないわけがない。命のおわりを悟って、悲しくないわけがない。悔しくないわけがない。

「……」

 そして、その約束の日。

 彼女が倒れて、一年が経った日。

 七月七日。

 七夕の日。

 織姫と彦星が、天の川を渡り、一年に一度、出会う日。

 人々は願いを籠め、短冊を飾り、彼らの逢瀬を祝う。

「……」

 その日、頭上で煌く星が、世界に降り注いだ。

 夜空を横断するように帯を作っていた天の川は、そのまま川となり、濁流となり、滝となり、世界へ降り注いだ。

 人々は。その光景に目を奪われ、瞠目した。

「……」

 それはきっと、星が、宇宙が、彼女を迎えに来たからだろうと、僕は思った。

 人々が空を見上げる中、僕は、からっぽになった病室のベットを眺めていた。

「……」

 彼女の大好きなケーキを二つ。

 彼女の分と、僕の分。

 小さな炎が、降り注ぐ星の明かりに照らされて。

「……」


 星が降ったその日。

 彼女は、星になった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女の大好きなケーキを二つ。  彼女の分と、僕の分。  小さな炎が、降り注ぐ星の明かりに照らされて。 「……」  星が降ったその日。  彼女は、星になった。 の部分が泣ける。死んだ彼女を思…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ