僕はここで生きている
一人はなれた。
透明人間だったのかな?
誰も、僕に関心はない。
大丈夫。
先生が僕に必ず言う。
もう、限界です。
理由なんてありすぎて
あの不安と恐怖、苦痛な日々に境界線を引いて五年程たった。あの日から僕はまだ一度も靴を履いていない。
時間があるはずの僕には時間がない。なぜなら何もしていない時間が僕を不安にさせるからだ。
今は起床と共に投稿された小説を読み、お気に入りを見つける。PCにはぎっしりと保存されているので安心する。同時に動画をチェックして今日一日のプログラムを完成させる。
よし!ご飯食べようかな。
僕はかなり嗜好に偏りがあって、経験済の食事だけを食べている。
僕の母は料理好きで、変にアレンジを効かせてくる。
「これは無理です」
「あらー、だめか?」
定期的な会話となっているが、母は諦めが悪いのか。
大根の味噌汁と鶏肉を焼いてくれればそれでいいのに。
一番嫌いな時間、PCのアップロード。
空白の時間を強制的に作られてしまうからだ。
僕は急いで考える事をはじめる。一定の割合で頭の中に浮かぶのは僕以外の人の事。いや?人が考える僕のこと。
境界を引いたあの日、僕は透明のようで透明ではない箱の中で生きることをきめた。
僕が通っていた学校は過疎地にある全校生九十名程の所で、一二名のクラスメートと学校生活を送っていた。昼休みになると校庭に走り出し、サッカーやドッチボールをして過ごしている。何度かまわりにあわせてみたが、気がつけばその輪の中にいることはなかった。
それからの僕の昼休みの過ごし方は、教室に一人残り校庭で遊ぶ人達を観察することだった。
幸なことに、周りは自然に囲まれていたので、鳥や花や虫などで退屈を凌げることもできた。
五月の連休が明けた頃、転校生が来た。
「檜山 雫です。」
白いうさぎに似てると思った。
三日目の昼休み.檜山さんが話しかけてきた。
「いつも、教室にいるの?」
朝から声を出すこともなかった僕はすぐに返事ができなかった。
ただ頷いた。
その日から昼休みの教室だけ変わった。
僕の苦手な匂いは無くなり、空気がとても心地よい。会話するわけでもないが、居心地がよかった。
檜山さんは絵を描くのが好きみたいだ。中でも花の絵をよく描いている。
「聖くん、この花の名前わかる?」
急に話しかけられて、僕はハッとした。
「『あっ、たぶん、ネモフィラ」
花の名前はそれなりに覚えていた。
僕の母が花屋をしているからだ。
人が苦手な僕は店に行くことはほとんどないが、店が休みの日には母の手伝いをしてきた。
僕が四歳の時に離婚し、一人で育ててくれている母へのお礼のようなものだと思う。
「すご〜い。何で知ってるの?」
僕は深呼吸してから、ゆっくりと母と花屋の話しをした。檜山さんは頷きながら最後まで聞いてくれた。
「私の家も、母と二人同じだね。」
不謹慎だと思いながらも、嬉しかった。
クラスで父親がいないのは僕だけだったから。
その日から、昼休みが僕の大切な時間に変わった。
なのに、
九月。
朝の教室に檜山さんはいなかった。
『檜山 雫です。』
私は夏休み中に、母の転勤のために引っ越すことになりました。
転校には慣れてはいたけど、やはり不安しかありませんでした。
たった三ヶ月程しか過ごしていなかったのに、思いだすのは聖くんとの穏やかな時間ばかり。
ただ、あの透き通る空気。
お母さんはなかなか転勤の話を出せないまま。
あまりにも急なことでした。
ありがとうもさよならも言えないまま
お母さんは旅行会社に勤めています。
転勤は三度目です。
新しい学校に馴染めないまま、日々は過ぎて行きました。
「雫、明日同行で隣県に行くから帰りが遅くなるね!」
「はーい。頑張ってね!」
よくあることなのもあり、やりたい事もあったから、何となく嬉しかったことを覚えています。
学校からの帰り道、私は聖くんに手紙を送りたいな!と。小さな文具屋さんに寄り道をしました。
便箋と封筒のセットを買うつもりでいたのですが、レジの横のポストカードが目にはいりました。
「あっ!」
カード一面に広がるネモフィラ
青い空とネモフィラの青い絨毯
私は迷わず、そのカードを買いました。
家に戻り、聖くんのお母さんが営むお花屋さんの住所を調べました。あとは聖くんへのメッセージを書くだけです。こんなに夢中で行動したのは初めてかもしれません。
お母さんには内緒で私は学校に嘘の理由をつきました。早退するために。
あの日に戻りたい。
お母さんが用意してくれた夕御飯を半分食べて、私は目的もなく、ポストカードに書きたい言葉を探し歩いていました。
紅葉した山は綺麗ですか?
スケート靴は買いましたか?
校庭に現れる、あいつは今も来てますか?
考える事、全てが楽しくて。
書きたい事が何もない。
聖くんはどうしてる?
ちゃんと学校行ってますか?
誰かと会話してますか?
辛い思いをしてませんか?
私のこと、覚えてますか?
飼い猫とは仲良くしてますか?
聖くんは?
檜山さんは?
アップロードが終わった。
僕の日常がはじまる。
僕の宝物のポストカードは汚れていて、いい匂いがする。
夏休み明けのあの日、学校でいろいろ噂がながれた。
僕は蚊帳の外。
五年の月日がたった今でも、この匂いと共に僕はここで生きてるよ。檜山さんと過ごした時間を忘れないために。
いつか、靴を買ったら
檜山さんに会いにいくね。
待っててね。
僕に笑いかけてくれて、ありがとう。
話してくれて、ありがとう。