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十九話、ソラという異物

 ソラは折れた剣を逆手に握ると背後にいる小菅へと凶撃を放つ。


 ――――剣を振る、ただそれだけの動作にしかし、それだけでは収まり着かないレベルの殺意が捻じ込められている。


 転移の際に備わった魔力、己の破滅を自覚した上で進む破綻性、英雄という器にすら至る域の異常な精神力。


 それらが『折れた剣を振る』という動作に究極の破滅性を宿させたのだ。

 木々が腐る、敷かれたレンガが灰となって消滅し、人間の生気を貪り喰らって殺して壊す――――生命に対する強烈なアンチ属性。というものをソラは今、この時に宿していた。



 それはソラの歪み切った精神を表すかのように黒く、紫色に濁り切った魔力を帯びた斬撃だった――――間違いなく、敵手を殺害せしめるレベルの破滅性を有している。だが。



「へえ、防ぐんだ。それは精霊装、とかいう機能特有の奴かなぁ? それとも別のかな? 気になる、気になるなァ」

「ぁ゛ぐッ……ぁ゛、っ、」



 小菅は剣を弾くも予想されており直後には、ソラから首筋をへし折る勢いで掴まれる。



「容姿も、年齢も……もしかしたら性別も男じゃないのかもしれないな」



 にったりと微笑みながら首にかける力を籠め始める。

 そう、違和感は最初からあったのだ。


 小菅は何度も自己の名前を告げた、だというのにソラは何度も間違えた。これがそもそもおかしい。



「っ……な゛ら……俺のッ゛顔は…今、どんナ゛ふうに゛写づて……る?」



 ――――ソラという男が、名前を覚えられないという失敗を何度も繰り返すわけがない。


 成長も、反省も、何もせずに失敗し続ける。そんな異常事態が常に起きていたのだ。彼という人間を知れば知るほどあり得ないとしか思えないことだろう。


 そしてそれに理由があるとするならば。



何も見えない(・・・・・・)



 ――――ソラ自身ではどうしようもない問題が、そこにあるということだ。


『ありがとう西田』

『俺は■■なんだけど』



「信じなくていいよ。信頼も現実味も大してないことは自覚がある、というかそもそも信じてほしいなどと思ったことは無いのでな」



小菅の喉の骨にヒビがピキリと入った。


『山田は落ち着いてるな』

『明らかにバグってて親指しゃぶってる奴が視界に入ると〝こいつにだけはなりたくねえ〟って気持ちが湧いてきてな。あと■■な』



「真っ黒なクレヨンで塗り潰したみたいに、何も見えない、写らない。

 お前の音は常に不快なノイズが混じって聞こえる、気持ち悪いなぁ、本当に」



『つか向こうの情報一切ないのに推測できるかよ吉田』

『んじゃ、よくある異世界召喚系のパターンと仮定してくれや。あと■■な』



「名簿や先生の読み上げでも同じだ。お前に関する情報はだけ濁って何も聞こえなくなる。で、一応お前が聞きたがっているだろうことを一通り話したつもりではあるが、如何に?」



 認識障害の一種、それが一体どのような因果が重なって、黒塗りという現象が起きているのか



「…………」



 その問いに対して小菅は――――ニゴリ、と笑った。



「――――小菅 美春」



 そして、一人の少女の名を告げた。



「――――――――」



 それはソラにとって原初。

 それはソラにとっての始まり。

 それはソラにとって――――初めにトラウマを刻んだ少女の名前。



「…………嗚呼、なんだ。お前か」



 ふと、力を緩めた瞬間、腕の中から小菅が消える。


 気が付けば背後の『楔が刺さっていた個所』で息をぜーはーぜーは―させながら、空気を取り込もうと必死になっていることが分かる。



「楔を打ち込んだ箇所に空間転移を行う、という辺りかな

 他にも利用法があるのかもしれないけれど、手は一つ見えたよ。残り何個かな、あと何度、君は俺の成長の踏み台になってくれるんだい?」



 息絶え絶えになっている小菅を見下ろして、ソラは冷静に分析する。だがそんな声も気付いていないのか、小菅は嗤った。



「小菅美晴……知ってるだろ?

 お前は、見ていたはずだ……あの、子、が――〝私〟の妹、が交通事故で、ぐちゃぐちゃになった瞬間、を、さ」



 その時ソラには、小菅の身体がバグって見えた(・・・・・・・)

 一部が鈍って、本来の姿が一瞬だけ瞳に写ったような気がした。



「覚えているよ。美春、美春……ああ、初恋の相手の名前だね。

 うん、思い出したよ。そういえばあの子には〝姉〟がいたね」



 小菅の姿が鈍り、バグり……最早原型が分からないほどに致命的なバグがソラの瞳には映っていた。そして。



小菅春虎(・・・・)……そっか、君はそんな名前だったんだね」



 ――ソラの目の前には、初めて見る美少女(・・・)が倒れていた。

 いいや、正確にはようやく認識できた(・・・・・・・・・)、というべきだろう。



「今まで、男にでも 見えてたのかな……?」

「そうだね。声も男の物だった。いいや、そういう風に認識するように自分の脳を弄ってたのかもしれないね。

 より小菅春虎から遠ざかるように、より小菅春虎とは思えない人格であるように……と、そういう結果じゃないかな」



 にこやかな笑みを浮かべたソラは――――剣を強く握って歩き出した。



「どうにも俺の脳味噌は君の存在をNGだと思っているらしいね。

 どうしてそうなったのかは後で俺の脳味噌をシルベちゃんに頼んで解剖でもして調べればいい……その前に、君は消しておきましょうか」



 爽やかな笑みで、敬語を使って過去の異物に別れを告げる。

 この上なく一方的に、この上なく殺意を込めて。



「まだ……」



 殺意と愚別と呆れと吐き気を掻き混ぜた、凶撃が叩き落される刹那。



「まだ……死ねない……ッ!」



 春虎は姿を消した。その正体は即座にわかる、先ほどソラの拘束から逃げたように転移したのだろう。



「ソラ君……君は覚えてる、かな。

 私が、あの日……美春が死んだ翌日、君に何をしたのか」


「知識としてなら記憶してますよ。

 確か美春の家族とでタコ殴りですね。その時に臓器もいくつか潰れて動かなくなったとあとから保護者兼先生から聞いています」



「君は確か……あれ? 口の中にバーナーやった子だっけ? そうそう! この世界に来て治癒魔法を覚えたおかげで要約念願のハンバーグをこの前食べたんですよ~日本でも同じような味だったのかな~っと、脱線しましたね、すみません」

「…………」



 思い出すように六歳からずっと食べた(・・・・・・・・・・)かった(・・・)ハンバーグを食べたことを楽しげに話すソラ。


 しかしすぐにこの状況とはズレた話だと気付いて元の路線に戻る。



「違いましたか? じゃあ……顔炙った子?

 金的を一個潰したのは確か大人だったから……あれ? 俺の父親を名乗る人だっけか? あはは、知識に抜け落ちがあるみたいですね、あははww」



 ころころと、年相応な笑顔で、間違いなく異常すぎる過去を話す姿は不気味過ぎた。



「あ! 分かった!! アレだ、『二度と美春と追いかけっこしないように』って足の指を命令――――」

「止めて!!!!」



 聞きかねたのか、泣きそうな声で、悲痛な叫びを春虎はあげた。

 そしてソラが彼女を見れば、春虎は涙をポロポロと流しながら祈るように……ただ小さな声で囀った。



「お願いします……お願いしますから……もう、それ以上……悲し過ぎることを……言わないでください」



 まるで許しを請う罪人のように、その場で跪いてソラへと悲痛な願いを口にした。



「…………は?」



 意味が分からない、何故この少女は願っているのか。

 何故この少女は泣いているのか。

 ソラには微塵も理解できない。



「すみません、君は何を言ってるのですか。もしかして頭に重大な欠陥を生んでしまったのだろうか……もしくは能力を使う度に脳味噌が糞に置き換えられるとか制限でもあるのでしょうか?」



 意味も分からずソラは聞き返す――――お前は何を言っているんだ、と。



「……ソラ君、君は美晴の死を。今……どう思っている?」




「はあ、また問答か。まあいいです。美春の死を今どう思うか?

 ――――良い成長に変えられた以外に答えがあるのですか? その問いは」



 ソラはその問いの真意を微塵も理解せず、あるがまま、己が常に考えていることを吐き出した。



「彼女の死は俺に反射神経の大切さ、というモノを教えてくれた」



 平然と、



「あの後、何度も何度も訓練しましたからね」



 粛々と



「今また、あの状況になれば俺は必ずあの子を無意識のうちにでも突き飛ばして助けることが出来るだろうね。今度は必ず、助けるよ」



 それが、当たり前のことであるかのように告げていく。



「大切な人が死んだ時、人が取るべき行動は誰でも分かっていることでしょう。

 その人間の死を、どのようにして活かすか、であると」



 人間は皆、大切な人を、大切なモノを失った時。どのような反応をするのが正解(・・)だろうか?



「辛いな、悲しいな。だがその感情を噛み締めて『その死を成長に変えよう』と足掻くこと。それこそが正しい対応でありましょう?」



 それは単純なことだ。その喪失を胸に前に進めばいい(・・・・・・・)

 悲しいな――――その次の悲劇を阻止するために成長しよう。

 苦しいな――――その苦しさを乗り越えるために成長しよう。

 辛い、嫌だ、逃げたい、死にたい――――そんな感情さえ、成長のための薪としてくべましょう。



 当たり前で、単純で、古今東西の冒険譚が熟してきた洗礼だ。


 そう、ソラ・ヤマナミの正体とは。



「誰もが見習うべき成長(・・)を熟し続けているだけですよ、俺はね」



 ――――成長の因果に愛されてしまっただけの破綻者だった。




「成長…ね。とても、とても正しいよ。

 でも、さ……でも、やっぱりおかしいよ。ソラ」



 平凡な、真っ当な人間ならば最初に、悲しむことだろう。悲しんで悲しんで、嘆いて、泣いて……そして時間の流れが彼らの涙を押し流す。



「傷を抱きしめて、()のために成長して、()のために反省を繰り返すって……」



 その上で彼らはなあなあ(・・・・)でどうにか身体を起き上がらせる。

 忘れてしまおう、思い出したくない――――だってそれは辛いから。



「人は……そんなに強くないよ……強くなんて、なれないよ」



 ――――その上で、目の前の異物(ソラ)はそれらとは全く違う境地に辿り着いていた。



「だから逃げ出せと? 今まで死んでいった子に対して、目を背けて、成長するなと? 傲慢だね」

「違う!!」



 何が言いたいんだ、この言葉遊びにも飽きてきたな、とソラは投げやりにも思う。だがそれでも春虎の言葉は無視しなかった。


 虫の息の春虎の言葉、それに対してソラは向き合いたい、と切に思ったゆえだ。


 何故? 問うまでもない、何せ目の前の人間はソラに更なる成長を与える予感を覚えたからだ。



「だって、だって……」



ソラは今まで、沢山の成長を行ってきた。


 その過程で様々な生贄を手に入れた、その過程で、何人を泣かせたか、覚えてすらいないほどに多い。


 つまり目の前の小菅春虎という少女はソラの因果なのだ。行動に伴う因果、それを知ることがソラに更なる成長を与えるだろう。


 

「……ソラ、ずっと泣いてるじゃない」



 そして、その言葉でソラはその予感がすべて外れていたと本能で察することになる。



「?」



 ソラに言葉の意味は分からない、しかし指摘された以上。確認しておきたいと頬を撫でた。


 そして、自分が泣いていると初めて自覚した。


春虎……作者に最も嫌われてる女。

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