十七話、ソラの身体。
ちなみにサカイがソラにちょくちょくイジメてたのは好きな子に振り向いてもらえなくてつい揶揄ってしまう小学生男子の心理です。こりゃぁたまげたなぁ
◆◇◆
幼い頃。仲のいい男の子がいた……という設定の夢? のようなモノを見ていた。
それはお気に入りの夢とか、そういう意味で覚えているわけではない。勿論、私はその男の子が好きだったし、お気に入りの夢でもあるんだけど……今でも覚えている理由は別にもある。
――――まず、その夢は奇妙な点が多くあった。
『■、なんでいっつもほおたいだらけなの? いたいいたいさんなの?』
『ああ、これは……そうだね、傷があるんだ』
まず■の身体には沢山の包帯が巻かれて……隙間から痛々しい痣が顔を見せるのだ。
その時……髪が黒い私は全然気づいてなかったみたいだけど、それは子供が受けるには余りにも強烈すぎる怪我の数々だった。
『■はなんでそんなに暗いの? もっとわらお!!』
『え、えっと……こう、かな』
私はその男の子のどこか寂しそうな幸薄な笑顔が凄い好きで、今でも性へ……なんでもない。
『■■、あの子と遊ぶのは止めておきなさい』
『え……? なんで……?』
『っ、なんでもよ!!』
『ひっ』
けれど親はそれを良しとしなかった。
『とにかく……■■にはもっと格が高い友達がいいに決まってるわぁ~……あんな分家の、子供を政治の玩具にしか考えてない奴らの子供と遊んじゃダメよ。
あんなのと遊ぶとおじいさまが良い顔しないのよ! だから遊んじゃ駄目よ』
理由はきっと貴族様とかがやってる汚いソレと同じ奴なんだとおもう。
それが納得できなくて私はその言葉を無視して翌日も■の待つ公園に行った。
『■……その、どうしよう』
とりあえず全部ぶちまけてみた。その様子を私は見て、気が付いた。
『あれ……? ■、腕に変なの付けてる』
それはその男の子の腕にギブスが付いていた、ということ。なんか腕が動いていない。
『ああ、これは……まあ、なんでもないよ』
『? そっか……じゃなくて! どうしよ■』
その言葉を聞いて■は少しだけ悩んでから答えた。
『それは、君の親が間違えてるよ。
理由はあるのかもしれないけれどどうしても、と怒鳴りつけて黙らせるのはどう考えてもおかしい。加えて今回は他人の〝遊ぶ自由を〟束縛するという状態では極めて不誠実だとおもう』
夢の中の男の子とは言え、恐ろしく正しいことを平然と言う子だなと思った。
今見ても、本当に虐待されている子供とは、思えな、いほどに……不自然なほどに善性を宿している子だった。
『でも……しばらくは遊ぶのは良そう』
『……え……?』
夢の中の私は、その言葉に涙を流す。それだけその男の子が好きだったんだと思う。
『でも、絶対に迎えに行くよ』
『……え……?』
泣いた私の手を優しく取って、男の子とオデコが合わさる。
この瞬間が本当に好き、何処か幸薄そうな男の子とオデコを合わせて、私たちは約束した。
『僕は、必ず大きな男になって見せる。
約束するよ、だって……君が好きだから』
目を閉じて、優しく諭すように伝える■。
その言葉が余りにも真正面から、誠実に、子供とは思えない聖母のような魅力で伝えてくるものだから恥ずかしくなった。
『ふ、ふん! ■なんか知らない!! 恥ずかしいこと言っちゃって、ふ、ふーんだ!!』
とても恥ずかしくて走って逃げる。本当に幼い子供みたいでなんか彼我の精神年齢差に恥ずかしくなってくる。
『■■、そっちは、行っちゃ――――』
〝キィィィィィィッ!〟
――――それが、今でも後悔していること。
最後に血だまりの池で見た■……山波空くんの顔は、見ていられないほどに、悲痛なモノだった。
――――山波空は 私に告白した直後に、私がトラックにぐちゃぐちゃにされる姿を見た。
「――――ここ、は?」
私は久しぶりに見た夢に、頭痛を覚えながら目を覚ます。
そして思い出した。私は夢の中の女の子じゃない。
私はリリカ・アルバ。いつもこの夢を見た時には自分の名前を忘れそうになるから自己暗示をして思い出している。
「……っー、私、何、してたんだっけ……」
なんとか起き上がって、寝転がっていた路地裏を出ようとする。
腕で壁を伝ってよろよろと、歩いて表路地を見て。
「なに……これ……」
――――その絶望的な光景に思わず尻餅をした。
床が、壁が、人と店と日常が。ありとあらゆる破壊痕を刻まれて崩壊し続けていた。
「何があったの……確か、私は気絶する前、に…………」
………………?
「あ、れ……? ん……?」
そこで私はある違和感に気が付く。
「今日、は……どうや、って」
無意識のうちに身体が震える、何か、何かがおかしい。
「ここ数日……私、は……誰かと過ごしていた、はず……誰……? 誰と……!?」
記憶はある。あるのだ、確かに。
ここ数日、誰かと過ごして、誰かに助けられて、誰かに恋して。
誰か、誰か、誰か……誰……?
「――――思い、だせない……?
ち、違う!! わすれ、たくない……ッ!
今日は、あの、……だ、誰か、と! 一緒に、街を巡って、めぐって、それ、で!!」
それを自覚して、身体から急激に熱が抜け落ちてくるのを感じた。
「え……? あ、れ……? 今日、なにを、してい……――――!?」
また自覚した、嫌だ、おかしい、なんで、やだ――――記憶そのものが、抜け落ち始めている。
「ダメだ、ダメ……いかないで、消えないで。待って、待って…。
いや、、だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ忘れたくないッ!!!!」
地面に頭を叩き付けて無理矢理痛みで脳を揺さぶる、ダメ、いかないでと叫ぶ、叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ。
そして――――
「……私、なにを、してたんだっけ……」
リリカ・アルバはそのまま全てを忘れた。
腕の切断された記憶? 抱き締められた記憶? ――――なんだそれは、興味ない。
ふらつく足で、リリカ・アルバは何かを忘れたまま歩き始めた。
「誰、誰……誰か、を、救わな、きゃ……
誰かを、救わないと、救う、の……」
そして何かを忘れてしまった少女は、一番大切な記憶を失ったまま歩き続けることになる。
いずれまた、その誰かと再会できる日まで。
◆◇◆
時を同じくして、街の郊外で泣いている男がいた。
「ソラ、ソラ……そらぁ……っ」
彼……堺光翼は泣いていた。
彼は先ほど、ソラの凶撃を受けて死んだはずだが、今はこうして五体満足で倒れていた。
「分かってんだよ、そんなこと……」
それも当然だ、ソラは戦闘後にコースケに治癒魔法を掛けて郊外へと飛ばしたのだから。
何故そんなことをしたのか? それは単純だ。
「俺に、成長に使えるライバルに、成れって……そういうことだろ、どうせ」
何年盗撮して見てたと思ってんだ、と自嘲気味に呟く。
仰向けに倒れ、青いソラが視界一杯に広がる。手を伸ばしても届かない現状に苛立ちを覚えて、病み上がりの身体を無視して立ち上がる。
「あ、あ、ぁ……いつ、か……お前、に、辿り着く、辿り……つく、んだ……っ」
血液が足らな過ぎて足がガクガクと音を上げる。それでも無視して、フラフラと一歩、一歩と進み始める。
「力、ガ、欲゛しい……っ
アイツに、とどける、そんな……力、が」
街から背を向けて、更なる力を渇望して進む。全て、全てはソラのライバルになりたいから。
精霊装:奈落ノ追憶
位階:第一
命題:奈落
能力:対象に近付く。
「あ、ああ……っ 痛い、いて、ぇ……な」
――――肉が破損する。
肩が弾ける。腹部に切り傷が浮かび上がる。
「知ってる、知ってる。この傷は知ってる……」
異常事態などどうでもいいかのように、自分に付いた傷を撫で始める。全て、全て知っているから。
「ソラが7歳の時に親戚から付けられた傷」
――――全ステータスが100上昇しました。
寿命が一年、削れました。
「こっちは10歳の時に冤罪で刺された時の傷」
――――全ステータスが150上昇しました。
「それでこっちは12歳の時の転んだ擦り傷
これは慣れない料理中に切った奴、いじめでヒビが入った脛、虐待で出来た痣、11歳の10月4日の傷、11歳の10月5日の13時ごろに付いた傷……お前に近付く、近付いて、殴って、殴られて……絶対に、ライバルに、なるんだ」
――――全ステータスが
寿命が3年
――――全ステータスが……
寿命が5年
ステータスが
寿命が
ステータス
寿命
「ああ、糞……すげえな、ソラは。
この身体――――末期じゃないか」
ぐじょぐじょになった身体を引きずり、見た目が変わったコースケは嬉しそうに哂った。
「こんな、よく分からない身体をずっと抱えて生きてきたんだな……すげえよ、本当にさ」
そしてサカイ・コースケは誰も知らない森に消えた。彼がソラと再会する時……どのような姿になっているか、ソレはまだ誰も知らない。
こんな感じで告白してから死なせる、というような経験をあと二回、主人公は味わってます。
二回目は目の前で自殺、三回目は目の前で強姦殺人。まあ、心壊れるよね。