初めて失うもの(?)
これは処女作なので質に関して保証はできませんが、見ていただけると幸いです。また、投稿頻度はとても低いです。
黒い———
涼しい———
良い夜だ———
黄色い———
温かい———
朝?早いな?———
オレンジ色?———
熱い?———
オレンジ色、熱い?———
——————
———炎⁉︎
「アルヴァ、早く逃げろ!」
その声に起こされると眼前に、剣を握り、頭から血を流す父、ランケヘルトがいた。
恐らく急に戦闘に持ち込まれたのだろう。服装は薄い布で戦闘により、穴や裂け目ができていた。武器も戦闘に使うようなものではなく枕元に置いている狩猟用の剣だった。肌は多くの切り傷や火傷があり、血が滲んでいた。
見るからに満身創痍である。
アルヴァはあまりに突然な状況に混乱していた。
「父さん、何が!」
辺りを見回すと、机や照明など様々な所から日が出ていた。
オレンジ色の光が家全体を照らしていた。
「俺に構うな!早く行け!非常事態での退避の仕方は教えたはずだ!」
父が背中越しに叫ぶ。
父の目線の先には一人の男がいた。その男は古風なブーツ、薄汚れたローブを身に纏っており、ローブから僅かに見える口元や腕は枯木のようだった。武器がないところを見るとこの男は魔導操者なのだろう。だが、魔導操者ごとき父の敵ではない筈だ。
—並大抵の剣士では到底太刀打ち出来ないが—
なぜこのような男が父を・・という疑問がアルヴァの中に生まれたが、それは男の頭頂部を見たことで解消した。
その男が纏うローブのフードからは二本の禍々しいツノが覗いていたのだ。
「ま、魔族!」
魔族。それは、人間が最も忌み嫌う存在であり、伝承によれば、神話の時代に最高神、ケルト様が率いる神々と天使の連合軍によって魔族を率いる混沌の魔神グルワラは封印され、魔族は滅び絶えた・・・
はずだった。しかし、この男の角から放たれる禍々しい負のオーラは紛れも無く彼が伝承に聞く魔族であることを示していた。
アルヴァがその男のツノに目を向けていると、彼の口
—顔一面皺だらけで見た目だけでは判らないが—
が動いた。
「おやおや、可愛らしい事で、これが貴方の子ですか、似ても似つきませんね。まさにペガサスが悪魔を産むといったところですね。しかし、何にせよ魔族と呼ばれるのは気に食いませんね。私にも名前がありますのでね。私の名はアラグハバ。どうぞお見知り置きを。まぁ、間も無くお別れですので関係ありませんか。」
男は戦いの最中にあるというのに落ち着いていた。発せられる言葉は丁寧な文字面だが明確な煽りを含んでいた。
アルヴァはその態度に怒りで埋め尽くされそうになるが、戦士の勘が発する危険信号が踏み出すのを咎めていた。
その不気味さもあってか、男の錆びた声はアルヴァの身体中を舐め回しているかのように感じた。アルヴァの本能は退避すべきだと訴えているのに、男から溢れる謎の力がアルヴァを拘束していた。
いや、正確にはアルヴァ自身の恐怖が彼を束縛していたのだ。アルヴァはまだ若いとはいえ、軍人
—正確には、元軍人であるが—
の父に連れられて様々な環境の中で多くの魔物と戦ってきた。何度も死の危機を乗り越えてきたアルヴァでさえ、この老いぼれ男のオーラだけで足がすくみ、身体はただただ震えるしかなかった。
その男のオーラにはそれだけの力があった。
「何をしている!グズグズするな!」
ランケヘルトの一喝が雷鳴のようにアルヴァの身体に走った。
アルヴァは初めて聞く父の怒号にたじろいだが、その一喝はアルヴァを縛る恐怖を粉砕した。
アルヴァは本能の赴くまま、外へ飛び出した。
「ふふふ、随分と子ども想いなことですね、これがあの※※※とは・・・」
男が何かを言っていたが、焦りもあった為か、声の一部分が雑音のようになって聞き取れなかった。
しかし、そんなことを気にするほどの余裕がアルヴァにある筈もなく、暗い森へ一目散で駆けた。
アルヴァは走った。
「止まれ!止まってくれ!」
アルヴァは叫ぶが、その足は止まってはくれない。アルヴァは悟った、俺の心はあの男に屈してしまったのだと。アルヴァには戦士としての自負があった。
しかし、一瞬にして粉砕された。情けなかった。いっそこの脚を切り落としてやろうとも思ったが、それすら許してくれなかった。
その走り方は、酔っ払いの動かす操り人形のような滑稽な走り方だったに違いない。
アルヴァは死に物狂いだった。
いくらか走ったところで、ようやく足が止まり、父の元に助太刀に行かねばと、後ろを振り返った。
そこで、彼はその行為が大きな過ちだと知った。
その瞬間、家の方で遠目からでもはっきり分かる程の巨大な炎の渦が立ち上ったのだ。そして、それは生き物であるかの様にうねった後、一つの球になり、爆ぜた。その威力は凄まじく、アルヴァの顔にまで熱風を叩きつけた。アルヴァは理解した、これが本能に警告を発せさせた力なのだ、と。そして、父はもう生きてはいないだろう、と。
豪華で照らされた後に訪れたのはいつもの静寂と闇だった。
その虚無の中にアルヴァは立ち尽くすしかなかった。よもや、先程まで過剰に動いていた関節は錆つき、身体を伝う冷たい汗と、鼓動と共に身体に血が流れる感覚だけがあった。
その状態が幾秒、幾分か続き、新たな感覚が訪れた。
それは自分の体の一部が炎に焼かれていくような感覚だった。胸の奥から何かとても熱いものがこみ上げてくる。それは炎ではなかった。もっと熱いものだった。
瞳から涙が溢れた。
しかし、それは悲しみなどからではなくアルヴァ自身の弱さへの悔しさからであった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
吠えても失われたものは帰ってくるはずが無い、そんなことはわかっている。
では、彼は何を吠えたのだろうか。
それは100%、純粋な憎悪。すなわち復讐の意だった。
人類史上、類をみない濃度の憎悪を込めた咆哮は森中を震えさせた。
やがてそれは、闇と同化し
消えた————––––––
「はっ」
彼が目を開け、辺りを見回すと、そこは朝日の差し込む森だった。
清々しい情景だったが、アルヴァは冷たい汗をかいていた。
「朝日?寝てしまっていたのか?」
そんな惚けたことを言いつつも、近くにあったちょうど良い高さのバルバボンの木に登り、辺りを見回す。まだ辺りにあの男がいる可能性は高い。バルバボンの木は幹が岩のようであり、突起が多く登りやすい。また、幹だけでなく葉もかなりの強度を誇る。そのため非常事態などには葉の上でキャンプをしたり、見張りをしたりする。
これらの知識は父、ランケヘルトに学んだものだった。
父———
「はっ、父さんは⁉︎」
父の教えを思い出すと同時に父の姿が頭に浮かんだ。
アルヴァは自分のことを恨めしく思った。
今、自分は自身の安否を優先していたのだ、と。守ろうと自ら盾になろうとした父の安否よりも。
自らを戒めつつ、自宅
—自宅があった場所—
の方へ走った。
通常、こういった状況では身を潜めつつ移動するものだが、アルヴァは最短距離を全速で走った、それは、これがせめてもの罪滅ぼしにでもなれば、というアルヴァの気持の表れだった。
自宅、があったはず場所に着き、アルヴァは悲しみと恐怖に襲われた。
そこにはかつて家、いや、森があったとは思えない空間が広がっていた。
青々とした木々が生い茂る中、半径20メートルほどの円形をした砂漠が広がっていたのだ。まさに、「ぽっかり」といった様だった。恐らく、強大なエネルギーで全てが蒸発したのだろう。
いくら魔族とはいえども、
—魔族はこの世に存在する神族、精霊族、獣族、人型族、魔族という五つの種族の中で最も負の魔力の濃度が濃く、破壊系統の魔法を得意とする傾向がある—
一撃でもって、この様なことが出来るであろうか。
ましてや、この地帯はバルバボンの群生地、通常の森より破壊は困難である。だからこそこの安全
—であったはず—
なこの森で生活していたのだ。
しかし、現実は揺るがない。眼前の光景は紛れも無い事実なのだ。夢だと希望し、叩いた頰の痛みがそれを雄弁なまでに語っていた。
その惨劇からアルヴァは、過去に読んだ書物の記述を思い出した。
———アグアルム叙事詩 闇の項 第二章
『死の王の目覚め』
青々とした生命の胎動を感じさせる平野、ヨブルニンド
かの地は豊穣の神カミルにより恩恵を与えられ、実りに満ちていた
川は微笑み、風は歌い、大地はその地に住まう全てのものを温かく抱いていた
そう、かの地は全てが生きていた
しかし、この地が血によって染められようとしていた
肥沃すぎる大地というものは争いをもたらすのだ
この日、普段は柔和な雰囲気を醸す大地に重力が倍増したかと思わせるほどの緊張感が漂っていた
向かい合う総勢二十万ほどの大群、水精霊と狼人・虎人連合があった
両者は共に人口の増加により新たな土地を求め移動をした結果、この地でかち合ったのだ
水系統の魔法に優れた水精霊、身体能力で人型族の中で龍人に次いで高い狼人・虎人
互いに種族の存亡をかけた重要な一戦であるが故に初動の時機を探っていた
長い沈黙が続き、耐えかねた一匹の若い狼人の前進によって戦いの火蓋は切り落とされた
初めは優勢かと思われた水精霊側であったが、魔力の欠乏に伴い形成は一転し、互いに死人の山が築かれた
その死の香りは魔界の王を呼び寄せた
赤く染まった大地の中で尚も血飛沫を散らす両者の間を黒い風が通り抜けた
同時に両者は手を止めた、否、正確には手足が萎縮してしまったのだ
その理由は単純明快であった
彼等は皆、本能から感じてしまったためだ、最も恐ろしい存在
「死」
を
僅かな間があった後、皆が皆示し合わせたかのように空のある一点を見つめあげたのだ
これも恐らくは本能からの命令だったのだろう
西方に住む詭弁者が生物は皆同じ祖先を持つという不敬な論を語っていたが、あながち間違っていないのかも知れないと思わせるほどの一糸乱れぬ動きであった
また点もその動きに呼応するように黒い雲が渦を巻き始めたのだ。
その雲は一点に集まっていき、小さな球体を創り出した。
やがてそれは指で摘まれた鳳仙花の如く爆ぜ、世界を闇が包んだ。
そこに黒く発光する亀裂が生まれた。
闇だというのに見えるその亀裂は禍々しくもあり、ある種の神々しさがあった。
その亀裂をこじ開けるように一本、一本が神樹もの大きさの指が現れた。
その指は亀裂と同様に発光しており、身体はささくれ立っている。
指先はひどく鋭利で凶悪そのものであった。
その指によって亀裂は裂け目へと広がり、死の王が顔を出した。
その肌は亀裂や指と同様に発光しており、不死者のように爛れていた
その目はくすんでおり、水晶体は赤みを帯びていた。
口には大小様々な牙が生えており、五本ほどの牙が口から飛び出ていた。
死の王はゆっくりと大地に指を向け、指先に創られた小さな紫色の球体を地面に放った。
その球体は地面に衝突すると僅かな空白の後、大地を紫色のドームが着地点から広がり、大地を駆け抜けた。
そのドームが消えると死の王、辺りを包む闇、そしてそこにあった全てが消えていた。
狼人、虎人、水精霊は死体すら残さず消え去り、その地の水辺は全て蒸発し、風は消え、真空状態を生み出し、大地は砂漠へと変貌を遂げていた。
生物のみならず、無生物、それら全てに死の王は死を与えたのだ。
目覚め故の手土産と言わんばかりに。
こうして、魔界との長い闘いの幕が開けた。———
この話に出てくる死の王、魔神グルワラの放った技の結末は今のこの状況に酷似していた。あの魔族の力はグルワラ程では無いだろうが、その一部は紛う事なき事実のように感じられた。
アルヴァはそのような事を考えながら父の生きた証をかけらでも良いから残ってないものかと砂漠の中を歩いていた。
「父さん、どうして、」
この砂漠を目の当たりにし、すでに父の生存の希望は失われていた。一体何故、父がこのような目に遭わなくてはならないのか?そんな想いがアルヴァの中を巡っていた。
アルヴァの母はアルヴァを産むときに亡くなってしまったらしく、父からの話でしか聞いたことが無い。父、ランケヘルトは男手一つでアルヴァを育て上げたのだ。
アルヴァは彼を尊敬していた。
父として———
男として———
師匠として———
時として、ランケヘルトは母のように優しくアルヴァに寄り添い、
時として、父のように厳しく叱り、
アルヴァを一人前の男、戦士に育てたのだ。
ランケヘルトはかつてケルグ国王直轄の騎士隊のトップであった。
この国には、徴兵制が存在し、18歳になると2年ほど兵士として働く。その中でも優秀な働きをした者は騎士として給料をもらうことが出来る。その騎士の中でも大商人など平民に使えたり雇われたりする者、領主や、男爵、子爵などに使える者によって騎士の位や能力が分かれており、その双方でトップに立つのが、国王直轄の騎士隊、[クロムハーフ騎士隊]だ。クロムハーフとは古い言葉で「勇猛」と言う意味だそうだ。
そんな騎士隊の57代隊長に任命されたのがランケヘルトだった。ランケヘルトは幼い頃から神童と噂されていた。それは、彼に加護を与えた主が故であった。
神話の時代に神族は全生物の中でも特に脆弱だった人類に加護を与えたといわれており、今でも神族から加護は与えられている。そのため、10歳になると協会や占術師を訪ね、自分に与えられた加護を確認するのが、慣わしになっている。
しかし、今は神話の時代とは異なり、魔族の脅威はなくなっており、与えられる加護は下級の天使からの加護が多く、稀に上位の天使の加護を授かる者がいるくらいだった。
そんな中、神の気まぐれであったか、一人の男の子に強力な加護が授けられたのだ。
———60年ほど前、ケルグ王国アラハバ村———
「加護!加護!僕の加護!」
教会に続くあぜ道をかける一人の少年がいた。
少年は赤毛で少し焼けた肌のまさに快活と言った見た目であった。
「ランケヘルト、そんなにはしゃがないの。」
その少年の後ろをついて行く彼の両親の母の方が声をかける。
「えぇ、でも・・・」
少年は残念そうに応える。そう、この少年こそが若き日のアルヴァの父、ランケヘルトである。
母の方は、恐らく農婦なのだろう。カートルのような服を着ており、頭には髪を隠す頭巾をしていた。一方、父の方は、革でできたシャツとズボンを着て、袖をまくっている。そこから見える筋肉と傷は彼が騎士であることを示していた。
「まぁ、今日くらいは許してやりなよ。ランケヘルトはずっとこの日を待ってたんだよ。」
「ランケヘルトはって、貴方もでしょ?アルウィム。」
「そりゃぁ、親なら当然だろ。君は違うのかい?ルヴァン。」
「楽しみだけど、戦闘系の加護だったら徴兵の期間が長くなってしまうでしょ。私みたいに非戦闘系の加護だといいのだけど。」
「俺は、俺と同じ戦闘系だといいな。やっぱり、男は強くないとな。それに、自分の息子に訓練を施してみたいしな。」
「これだから、男は・・・」
「パパ、ママ早くー!」
二人の会話を遮って少年の声が飛ぶ。話している間に、教会についたようだ。
「あら、ランケルト。ごめんなさいね。今行くわ。」
教会に入ると、一人の修道女、クララが立っていた。彼女聖職者の鏡のような笑顔をして出迎えた。アルヴァは初めて入る教会に興奮しているのか、入るや否や、走り出そうとしたが、
「こら、ランケヘルト!」
慌てて、ルヴァンがその腕を捕まえて、自分の横に立たせた。ランケヘルトは不満げな顔をしたが、怒らせると怖いことを知っているので、大人しくすることにした。
「すみません、うちの子が。」
「いえいえ、初めて教会に来る子は皆さんそんな感じですから。ところで、お待ちしておりました。今日はお子さんの加護を調べにいらっしゃったのですよね。」
ルヴァンとアルウィムは少し驚いた顔をした後、
「覚えてたんですか?」
二人の声が重なる。少し照れ臭くて、二人は顔を見合わし、頰を赤らめた。その仲睦まじい様子に微笑みながら修道女は答えた。
「相も変わらず仲睦まじいですね。覚えているも何も、先月から礼拝に来る度にそのことをお話になっていましたからね。」
「あら、そうでしたっけ。」
ルヴァンはやっぱり自分も楽しみなのだなと改めて感じた。すると、おあずけを食らっていたランケヘルトが待ちきれないとばかりに足を小刻みに揺らし始めた。対面にいたため、真っ先にその様子に気づいたクララが話を切り出した。
「では、早速、息子さんのかごを調べに行きましょうか。お二方はこちらでお持ちください。」
クララは笑みを浮かべたランケヘルトの手を引いて、教会の奥にある部屋に入っていった。
「ランケヘルト、楽しそうね。失礼をしないといいのだけど。」
「それは大丈夫だろ。」
そう言いつつも、さっきまで笑顔を浮かべていたアルウィムの顔には少し暗い雰囲気が漂っていた。
「どうしたの?アルウィム?何か心配なの?」
「いや、気のせいかもしれないんだが、ランケヘルトを連れて行くときのクララさんの顔がな、」
「顔がどうしたの?」
「何か企んでいそうな顔だったんだよ。」
普段なら何かのジョークかと思い笑いとばすところだが、今のアルウィムの顔はそういう時の顔でない事にルヴァンは気づいていた。
ただ、ルヴァンはクララと10年ほどの付き合いがあり、彼女が何か企み事をする人間には思えなかった。
「きっと、気のせいよ。」
「そうだよな。多分、戦いで疲れてるんだよ、俺。」
アルウィムは作り笑いのようではあったが、いつもの顔に戻りランケヘルトのこれからについて話し出した。
「アルヴァが戦闘系だったら、どうしようかな。やっぱり、稽古はつけたいけど、ゆくゆくは俺の背中を守ってくれる立派な戦士に・・・」
さっきの顔は嘘のように景気良く話すアルウィムには呆れつつも、
「戦闘系の加護だったら、アルウィムの好きなようにしても良いけど、そうじゃなかったら、私の育て方で行きますからね。」
ときっぱり宣言すると、アルウィムは少ししょんぼりしながらも納得した様子で頷いた。その後も、ランケヘルトのやりたいことをさせてあげられるよう二人でサポートしようなどと、二人でランケヘルトの今後について話し合った。
その時だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
叫び声が教会を貫いた。
「この声は!クララさん⁉︎あの部屋からだ!」
「なんですって!」
アルウィムとルヴァンは慌ててランケヘルトの入っていった部屋へと向かった。
「どうした⁉︎」
扉を開けるとそこには青ざめたクララと三人を不思議そうに見つめるランケヘルトがいた。
「ランケヘルト、無事だったか。」
アルウィムが駆け寄る。
「別に、何も起きてないよ。そのお姉さんが僕に触ったら、叫んで倒れた。」
ランケヘルトはなおも不思議そうな顔をしていた。クララの方を向くとルヴァンが背中をさすって落ち着かせようとしていた。
「クララ、何があったの。」
いくらか落ち着いた様子のクララにルヴァンが聞くと
「あなたたちはとんでもない子供を授かったわね。」
クララはランケヘルトにひどく怯えている様だった。
「どう言うこと?」
「その子の加護は凄すぎるのよ。能力が4つもある。」
「4つ⁉︎」
再び、アルウィムとルヴァンの声が重なった。
驚くのも無理は無い。通常、加護一つにつき授かる能力は一つ、つまり人間が持てる能力は一つだけなのだ。神話の世界にいたとされる英雄ですら持っていた能力は3つ。しかし、ランケヘルトはそれを上回る、4つなのだ。
「能力は?」
アルウィムの目には無邪気な好奇心が浮かんでいた。クララはぐったりした様子で口を開いた。
「一つ目の能力は鑑定。この能力は私も持っていますが、恐らく私より質の高い上位鑑定と呼ばれるモノでしょう。」
鑑定。見たアイテムの名前、生物のステータスを知ることが出来る。ただし、生物を鑑定する場合、実力に大きな差があるとステータスが見えないことや、特定の生物が持つ偽装されていると正しい数値が分からないことがある。
また、能力についても、分かるのは名前だけで、内容については学んで手に入れるしか無い。そのため、この能力は持ち主によって大きく評価をかえ、優秀な者は冒険者や、クララの様に教会での鑑定士になる。
それに対して、上位鑑定は実力や偽装に関係無く正しい鑑定が行え、アイテムや加護によって得た能力の内容について知ることが可能である。
神話の世界では上位鑑定の一つ上の存在である超位鑑定が存在し、より高度な鑑定が行えたようだが、その内容は定かでは無い。
「二つ目は聖烈。」
聖烈。魔族や魔族の力が流れる生物に対して与えるダメージの増加、受けるダメージの減少、接触した際に状態異常にするといったことが出来る。魔族の脅威が消えた今ではハズレ枠とされる能力の一つになっている。
「三つ目は、剣聖。型は…円舞曲かしら。」
剣聖。この能力には二つの型、《円舞曲》と《四重奏》が存在し、この能力の持ち主にはどちらか一方が割り当てられる。ちなみに、この型の名前は昔、ある吟遊詩人が動きを見て命名した—真偽は定かでは無いが—と歴史書に記されている。
共通の効果として、剣を手に持っている時に身体能力が大幅に向上し、型の名を唱えることで型を使用できる。型が《円舞曲》の場合、脳内で動きをイメージする事でそのイメージ通りに体を動かす事ができる。《四重奏》の場合、最大で四本までの剣を浮遊させ思いのままに操る事ができる。
この二つの型は強力な分、代償も大きく、多くの体力や集中力を要する為、使用すると半日は眠ってしまう。とはいえ、非常に強力な為、歴代のクロムハーフ騎士隊長は皆この能力の持ち主だった。
「四つ目は、・・・死の祝福?」
クララがそう言うと、今まで黙って聞いていたアルウィムが口を開いた。
「死の祝福?聞いた事がないな・・・クララさんは知っていますか?」
「私もこんなスキル聞いた事ないです。」
クララは非常に困惑していたようだった。
「しかし、鑑定に剣聖という強力な能力に加えて、聖烈と効果不明な能力・・・。こんな加護を与えられるのは余程の高位の存在?クララさん、加護の主ってわかったりします?」
「えぇ。アルウィムさんの言う通り、この子の加護の主はとんでもないお方ですよ。
戦神のアミレス様です。」
「アミレス様⁉︎あの方ならランケヘルトの加護にも納得がいくが、あの方が加護を与えることなんてあるのか。」
「えぇ、私もそう思って何度も鑑定して見たのだけど、間違いなさそうなの。」
「しかし、アミレス様は、」
「おそらくかの方々がお許しに、」
「その可能性もありますが・・・ひょっとしたら、あの書に記された、」
「そんなはずは!」
アルウィムの言葉の続きを察したのか、先ほどまでぐったりしていたクララが立ち上がり反論する。
そこからの二人の議論は白熱しお互いの言わんとする事が全て分かっているかのように片方が話し終わる前にもう一方が返答をするという、まさに阿吽の呼吸のような会話であった。
「ねぇ、二人、何の話?」
議論を遮ったこの声のした方を見ると、ルヴァンがとても不思議そうな顔をして二人をみていた。
「え?」
アルウィムは不思議そうな顔でルヴァンを数秒見た後、はっとした。
「すまん、すごい事だから興奮してしまった。」
「そんなにすごい事なの?私には何のことかさっぱりだわ、ランケヘルトもそうみたい。」
ルヴァンに言われ、ランケヘルトを見てみるとルヴァンの腕の中で寝てしまっていた。
「ちなみに、どこらへんから?」
「えっと、ごめんなさい。るべら?っていうのについて話していたところから・・・分かってないの・・・」
最初から分かっていなかったことに申し訳なさを感じたのか、ルヴァンの言葉は小さくなっていた。
「わはははは、ルヴァン、気にすんな。こんなこと知ってる奴なんか軍人ぐらいなもんよ。それもおっさんのな。」
そんなルヴァンの気持ちを察したのかアルウィムは豪快に笑った。
「あの、私も知ってるのですが・・・」
「あ、そうでしたな、クララさん。失礼しました。まぁ、ルヴァンその他にもいるってことだ。」
「いや、その他って。私、覚えようと努力したのですが。」
自分の気持ちを和まそうとするアルウィムの様子にルヴァンはつい微笑んでしまう。
「じゃぁ、アルウィム。一から教えて。」
「え、ルヴァン、いつもはこういう事を知ろうとしないのに。ついに加護や神話の素晴らしさに気づいてくれたのかい?」
アルウィムの目に眩いばかりの輝きが現れた。
「いや、そう言う訳ではないけど。母親として我が子の事くらいは知っておかないとね。」
その輝きは一瞬にして失われてしまった。しかし、その輝きが目に戻るのをルヴァンは見逃さなかった。ルヴァンはその瞬間とても嫌な予感がした。地雷を踏み抜いてしまったかもしれない。
「そうだよね、ランケヘルトのことだしね。」
アルウィムは屈託の無い笑顔を向けてくる。この後起こる事知らなければ、どんなに幸せな気持ちになれたろうか。
「まずはランケヘルトの持っている加護について何だけど、そもそも加護というのは神話の時代においてかの方々と呼ばれる五人の神々によって・・・」
予感は的中した。
アルウィムは加護や神について“知っている”と言っていたが、とんでもない。よもや彼の知識は学者の領域に達しているのだ。いつの時代も学者、卓越した知識を持つ者は自分の理論を話したくて常にうずうずしているのだ。無論、アルウィムも例外では無い。
そのため、語らせるきっかけを作らぬようルヴァンは気をつけていた。しかし、このためという母性により、きっかけを与えてしまったのだ。
ルヴァンはふと隣で寝る我が子を見る。
自分もこんな風に寝れたらどんなに楽だろうか。
そう思っても、すでに後の祭りである。
「また、かの方々それぞれには最高神様から与えられた二つ名と能力があり・・・」
まだ、その話が続いているのか、そう思い、ルヴァンは決心した。もう二度と、アルウィムの前で《加護》、《神》といった言葉を使うものか、と。
実は、ルヴァンのように加護、神といった話に疎い者は少なく無い。語弊が無いようにいうならば、疎い若者は非常に(・・・)多い、とするべきだろう。
というのも、昔は今と異なり魔導機巧—中に魔石や魔導回路といった結晶化された魔力が組み込まれ、スイッチだけで動くパワフルな機械—が無かったため、軍隊や農村において加護の能力で扱いが変わることもあり、「こういった能力の加護持ちを雇いたい」や「俺の加護の方が優秀だ」といった、会話が盛んであった。
しかし、たった一機で人の何倍もの成果をあげる様々な魔導機巧が開発された事で、雇うならば優秀な加護持ちよりは優秀な魔導機巧を、という考えが広がっていった。その結果人々の加護信仰の念は薄れていき、今では加護は平民の間で、「個性」程度の者として扱われている。
—例外として、軍隊では相手の加護によって作戦を練ることも出来るため、加護についての教育を隊員に施す部隊もある—
神に対しての人々の意識が薄れたのは、人々の加護に対しての意識の低下も一つの理由ではあるが、最も大きな理由としては魔法の概念についての変化である
古くから、魔法は奇跡を可能にするものとして、生活や戦争の中で広く用いられてきた。そして、人々はこの魔法について、発動の際に神が我々に特別な力を授けてくださる事で奇跡を可能にしており、その力は信仰心が強いほど強大になるとされていた。
しかし、魔法についての研究が進み、一人の学者によって発表された論文が魔法学の世界に衝撃を与えた。その論文の内容は
「体内には魔素と呼ばれる魔力の最小単位である物質が、流れる脈があり、発動の際に脳から発せられる特殊な信号によって魔素が結びつき、魔力に変化する。その信号は発動される魔法によって異なり、魔素の結びつき方も異なる。その魔力が現象に変化する。この一通りの現象が『魔法』と呼ばれるものである。」
といったものだった。この論文は当初、多くの人、特に聖職者から批判が上がった。
曰く、
「神への冒涜である。」
だの、
「神を貶めんとする悪魔の戯言だ。」
といった子供の口喧嘩の様な台詞ばかりだった。論理的で無かった。当然だ、批判する側は論理的には語れないのだ。
この理論には実験やその結果から得られる考察、現在ある理論に対する矛盾点の批判が記されていた、限りなく論理的に。
それに対して、「神」を語る聖職者達は論理的に語る術がなかった。彼らが「信仰」や「冒涜」といった言葉を使う度、市民らの神への信頼は薄れていった。「神」は我々が存在を意識して初めて存在できる存在でしかないと。
この理論による魔素の発見は人々の生活にも大きな影響を与えた。今まで結晶化された魔力の種類によって、一つの行動を繰り返すだけだった魔導機巧に魔素を流す事で、複数の行動を可能にしたのだ。
この新しいモデルの魔導機巧によってより効率的な作業が可能になり、裕福な市民が増えたのだ。このことはこの理論の提唱者の名をとって「ルギオスの革命」と名付けられた。
ルギオスの革命以降、神という存在は軽視される様になっていったのだ。しかし、今でも魔法は神の御技と信じる集団は残っており、彼らの多くは過激な行動を取るため、忌避される存在なのだ。
「・・・という訳で、ランケヘルトの加護の素晴らしさが分かったかな?」
「えぇ、分かったわ。あなたに加護や神を語らせるべきではないって事もね。」
全てを吐き出して輝いているアルウィムと対照的にルヴァンはぐったりしていた。ランケヘルトはまだ寝息を立てていた。
「そんなこと言わないでくれよ、ルヴァン。」
「まぁ、いいわ。とりあえず、もう帰りましょうよ。すっかり暗くなってしまったわ。ランケヘルトも起きて。」
来た時は、まだ太陽が真上にあったのに、今は既に月が昇っていた。
「そうだな、明日は隊の方に顔を出さなきゃならんし、早く帰って寝ようか・・・あれ?クララさんは?」
「確かに、姿が見えないわね。あなたの話に飽きて帰ったんじゃない?」
ルヴァンが悪戯っぽい顔でアルウィムを見る。
「そうか、帰ったなら仕方ないな、俺らも帰るか。」
ルヴァンは予想と違う薄い反応にがっかりするが、ランケヘルトも疲れている様子なので、帰ることにした。疲弊のためか、帰り際に見せたアルウィムの暗い表情には誰も気づかなかった。
ルヴァンとアルウィム、二人の愛に育まれたランケヘルトは成長し、軍隊に所属する事となった。その後、数々の戦で功績をあげ、歴代最年少にしてクロムハーフ騎士隊長に任命され、国王から歴代十人目となる「闘神」の称号を得た。やがて、彼は結婚をし、一人の子を授かった。
そして、「俺はもう戦えない」という言葉を残し、王都から消えた。
アルヴァはかつて父がよくしていた家族の話を思い出しながら歩いていた。
「カトッ」
「ん?」
アルヴァは地面からしたわずかな音の変化を見逃さなかった。アルヴァは無我夢中で音のしたあたりを掘り始めた。砂漠と化した辺りは全てが塵となっており、形を残すものなどなかった。しかし、ここに埋まっているであろうものはあの強大なエネルギーに耐えたのだ。
「不思議だ、掘る度に指の震えが増していく・・・やはり強大な魔力をもつモノが、ここに」
アルヴァは父から習った事があった。強大な魔力を持つ物質に近寄ると体内の魔素が引き寄せられ、軽度の痙攣が起きる事があると。
「これだ!」
黄色い砂の中に青い光を放つ結晶が顔を出した。指が触れるとひんやりとしていた。
「ペンダント?」
結晶には細工が施され紐がつけられ、結晶の中に写真を入れられるようになっていた。
「これは父さんと母さんと俺?」
その写真には女性と屈強な男、そしてその二人に抱かれる赤子がいた。この中にあったというのに女性の顔の部分は焼けてしまって居た。男の方は、若いが父、ランケヘルトの面影があった。
「ったく、母さんの写真は残ってないとか言って、ちゃっかり持ってんじゃねえか。形見みたいに残しやがって・・・」
アルヴァの目に熱いものが込み上げてきたが、堪え、呑み込んだ。
「父さん、魔族を消すまで、俺はここには帰らない。」
そう、呟くとアルヴァはペンダントを首にかけこの砂漠を去った。
砂漠での彼の様子を見ていた黒い影があった事にアルヴァは気づかなかった。