まごうことな木
(大きくなりすぎたなぁ…)
拝啓、遠くにいる父さんと母さん。
どうやら俺はちょっとばかしデカくなりすぎたようです…
※※※※※※※※※※
(あれ、どこだここ?)
いきなり真っ暗なところに。
たしか、チャリで出勤してたところだったはずが、唐突に暗闇だけが広がっている。
(って、何も見えねぇ!!)
目を開けてるつもりなんだが、何も見えない。
そのうえ、手足の感覚もなんか怪しい。
(え、もしかして事故って感覚やらなんやら麻痺しちゃったのか?)
徐々に思い出してきたが、たしか通勤中にチャリで交差点に差し掛かった時。対向車線の車が確認不十分でそのまま突っ込んできたのを思い出した。
普通、交差点で速度落とすだろうに、急げば通れるって思ったのか結構な速度でこっちに来たことまでは思い出した。
(あー、あの事故ならこうなってもおかしくねぇか。まぁ、死ぬよりはマシか…)
でも、目は見えねぇ手足は動かないってことは、このあと介護してもらわなきゃいけない。そうなると年老いた両親に迷惑かけるよな。
幸か不幸か、独り身だったのが唯一の救いか。これで家族持ちならたまったもんじゃない。
(にしても、病院にしてはこのベッド固すぎねぇか?)
さっきから背中?の感触はどうもゴツゴツしてるというか、やけに固い。
いくらなんでも木の床の上に直置きされてるってわけではないだろうが、それにしても固すぎる。
(どうするか…とりあえずこのことを近くの人に伝えたいが、何も見えない動かせないじゃどうすることもできねぇ…)
途方に暮れるとはまさにこのことか。
腕も動かせず、足も動かない。口を開こうにも開かず声も出せない。挙句の果てには目も見えないときたもんだ。
(って、あれ?なんか手動かせるんじゃね?)
さっきまでうんともすんとも反応がなかった手だが、微かに動く感じがする。指、とまではいかないが、両腕全体が動かせる気がするのだ。
試しに、手を動かそうとしたら若干だが動いた。
(おぉ、もしかしてまだ大丈夫なんじゃないか、俺の身体!)
動け動けーと必死になって動かそうとすると、僅かではあるが徐々に動いているのがわかる。
だが、動くと同時に違和感も出てきた。
(ん、なんだか固い感触があるっぽいな。)
腕をある程度動かすと、何かにぶつかるのだ。
何とかできないかと動かすも、それをどうすることもできない。辺りの物を使ってみたいところだが、それを確認することもできないから詰んでる。
(仕方ない、もう少し待てば動いたことに看護師が気づくだろ。)
流石に布団が動いていることには気づいていることを願い、そのまま眠りに就く。はずが。
(…おかしいな、なんで眠たくないんだ?)
寝ようと思っているのに眠れない。手足を動かそうと必死になっていたから疲れているはずなのに、全く眠気が来ない。
というか、疲れてるのかもわからない。
(なんなんだ…というか、さっきから飯とか水も欲しいと思えないのはなんでだ?)
喉が渇いた、腹が減ったという感覚がない。そもそも、時間間隔が曖昧なため何とも言えないが、結構な時間動いているはずである。
にも関わらず、空腹感といったものは一切ない。
(一体どうなってるんだ、俺の身体…)
※※※※※※※※※※
(お、なんかいけるんじゃないか?)
あれからしばらく。と言ってもどれくらい経ったか相変わらずわからないが。
しかし、喉が渇かない、腹が減らないに加えて、眠くならないということまでわかった。流石にここまでおかしいと自分の身体を心配してしまうが、考えたところでわかるべくもなく。
それに、傍にいるはずの看護師なんかも来ないから、外部から情報を得ることもできていない。
(もう少し、な気がする。)
ただ、身体のほうは若干だが動きがよくなってきた。腕が以前よりもよく動いてくれるようになった。
そして、いつもぶつかっていた何かであるが、それもようやく突破できそうになっている。
と思ってたら。
(突き抜けたっぽいな。)
腕が何かを破ったのがわかった。
その後も腕を動かすと、今破ったものよりも若干柔らかい感触があり、それも突き進むと空気に触れたような感触がした。
(ようやく出られたが、よくよく考えれば息してねぇな。)
今更ながら、呼吸していないことに気づくが、普通に生きていられたから問題はない。
(…んん?)
腕を出してわかったが、なんかおかしい。
腕に目が付いたというか、腕の感覚のところに視覚が移ったというか、周囲の状況がぼんやりとわかるような気がした。
(ここは…森か?)
落ち葉の中なのか、下から見上げたような視界。
ようやく自分が森の中にいることがわかったが、如何せんおかしすぎるだろう。
事故る前まで街の中にいたはずなのに、なんで森の中に放置されているのか。もしかして、轢かれた後に森に放置されたのか。
(ダメだ、全くわからん。って、それよりも見た感じ、周りがすげぇでけぇな…)
現在地は全くわからないが、周囲の木や草が異様に大きい。
どこの原始の森だってくらいデカいが、俺はそもそもこのような森見たことがない。
(…待てよ、腕の感覚が分かったってことは、今の腕がどうなってるかわかるのかもしれない。)
右腕、左腕がちゃんとあるため、改めて意識を腕に向けてみる。
(へ?)
腕はあった。あの事故で腕がきちんと付いていたことには感謝する。が、これって腕って言っていいのかどうか。
(…植物の、芽?)
腕だと思ったのは、どうやら植物の芽だった。
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植物だったからだろうか、この身体はどんどん成長していった。結構いい大きさまで育つなと思っていたら、どうやら俺は広葉樹になっていたようだ。よくわからないが、成長していくと身体の部分とでもいうのか、そこが固い皮で覆われていった。
が、これでも苦難の連続だった。
まだ小さいときは動物に食べられそうになったり、少し成長して木の皮がようやく十分になったと思ったら爪とぎに使われて引っ掻き傷をつけられたり、なんかよくわからん動物の戦いに巻き込まれて折れそうになったりと、色々あった。
あと、初めて人の姿を確認したこともあったか。
最初に出会った人なんて、ありがたそうに落ちた枝とか葉っぱなんかを拾っていってたし。たぶん焚火にでも使うんだろうな。
それとは別に、集団で来た人達もいたが、何を思ったのか拝み始めたときは必死に否定したかったが、生憎こっちは木だから何もできなかった。
そんなこんなで成長していったが、どうやら俺の成長は留まることを知らないらしい。常時成長期だってくらいにグングン伸びた。その結果。
(いやー、普通森を一望できるほど大きくならんだろ。)
眼下、というか足元には一面の森が広がってる。
むしろ枝を横に広げ過ぎたら、小さい森なら覆えるくらいデカくなった。
(そこの人、ご神木だと言われても、こちとら普通の広葉樹なんですが…)
ただの木にそこまで敬う必要ないと思う。
こっちは人の意思があるとは言え、ちょっとばかし大きい木なのだから。
(あー、ほんと…)
(大きくなりすぎたなぁ…)