ノベルス・アカデミア
■月曜日のA組
「なんで、ダニエルに教科書を貸しちゃうかなぁ」
「だって、私が貸してあげなかったら、ほかの誰かに迷惑になるじゃない」
「自己犠牲の精神は麗しいけど、相手を選ばないと駄目だよ、みつ子ちゃん。よし。体調を崩すとあれだから、ここに居て。今から行って、取り返してきてあげる」
「あっ、待って。あゆみちゃん」
*
「ほら、教科書」
「ありがとう、あゆみちゃん。……どうしたの? 何か腑に落ちないって顔してるけど」
「ウム。ディー組の教室を出るとき、ビー組の女子がひそひそとこちらをみながら話していたんだ。何があったんだろう?」
「あのさ。ちょっと言いにくいんだけど、ひょっとして、さっきの時間、体育だったんじゃない?」
「ハッ! それだよ、みつ子ちゃん」
「意外なところで抜けてるのね」
明智あゆみ:二年A組。『D坂の殺人事件』ほか明智小五郎の孫。型破り。一つのことが気になると周りが見えなくなる。
高田みつ子:二年A組。『風の又三郎』高田三郎の孫。お人好し。台風のシーズンになると体調を崩す。
■火曜日のB組
「ごめん、ごめん。また、迷子になってた」
「もう二年目なんだから、自分の教室くらい覚えようよ」
「そういう御牧は、いい加減、新しいクラスメイトに慣れろよ。伝言を橋渡しする俺の身にもなれ」
「あぁ。聞こえない、聞こえない」
*
「次の時間は、発表だな。スライドの用意は出来てるのか?」
「出来てるよ」
「発表原稿と配布資料は?」
「どちらも、抜かりなし」
「そっか。それじゃあ、おならが出る心配は無いな」
「小川くん。君には、デリカシーってものが無いの?」
小川七緒:二年B組。『三四郎』小川三四郎の孫。苦労性。方向音痴で迷子になりやすい。
御牧貞雄:二年B組。『細雪』蒔岡雪子及び御牧実の孫。シャイ。緊張するとおならが止まらない。
■水曜日のC組
「何故、炎天下に素肌を晒し、あまつさえ水と戯れねばならぬのだ!」
「ソフィアちゃんは色素が薄いから、ユーヴィーケアをしっかりしないとね」
「嗚呼、水泳の授業だけでも、夜間にやりたいものだ!」
「気持ちは共感できるけど、寒くないかしら?」
*
「先程、あゆみという女に声を掛けられていたな。何の用だったのだ?」
「あぁ、見てたんだ。一緒にハンカチの持ち主を探してただけよ」
「おや? 落とし主に、心当たりでもあったのか?」
「いいえ。でもね、凄いのよ、あゆみちゃん。落ちてた場所やハンカチのデザインや刺繍や何かから、すぐにヨハンくんのだって気付いたの」
「落としたのが財布で、拾ったのが私なら、ノータイムで失敬するところだがな。……フム。あゆみとやらは、千里眼か何かの使い手かもしれんな。ノーマークだった」
「相変わらず、お金持ちが嫌いなのね。右眼を押さえてるけど、また邪竜が暴れてるの?」
ソフィヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ:二年C組。『罪と罰』ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフの孫。中二病。日光とお金持ちが嫌い。
レベッカ・ジュリア・ワトソン:二年C組。『緋色の研究』ほかジョン・ヘイミッシュ・ワトソンの孫。早とちり。変人に巻き込まれて振り回される。
■木曜日のD組
「次の時間、女子は水泳だろう。何とか、プールに忍び込むことは出来ないかな?」
「見付かったら先生に怒られるよ、ローレンスくん」
「大丈夫だって。とっておきの計画を思いついたんだ。ちょっと協力してくれよ」
「しょうがないな」
*
「いやぁ、悪い悪い。まさか、ホースで水を撒かれるとは思わなかったぜ。制服、サンキュー」
「お礼なら、セバスチャンに言ってよ」
「そうだな、そうする。話は変わるけどさ、今度の週末は、何して過ごすつもりなんだ?」
「薄紫の花が咲き誇る、とっても綺麗な丘があってね。ピクニックに行こうかと思ってるんだ。一緒に来るかい?」
「行く行く! ピクニックってことは、弁当も持っていくんだろう?」
「そうだよ。ローレンスくんが来ると言ったら、きっとチネッテも、張り切るんじゃないかなぁ」
ダニエル・ローレンス:二年D組。『若草物語』エイミー・マーチ及びセオドア・ローレンスの孫。やんちゃ。思いついたことを考えなしにすぐ行動に移す。
ヨハン・ゼーゼマン:二年D組。『ハイジ』クララ・ゼーゼマンの孫。世間知らず。山や丘を見ると無性に登りたくなる。
■金曜日のS組
「意外ね。普律くんにも、苦手なものがあるなんて」
「誰にだってあるさ。李だって、虎革や虎柄の物を身に着けると、蕁麻疹が出るんだろう?」
「んまぁ。誰から聞いたの?」
「理事長だよ。総代を頼まれたとき、話のついでに言われた」
*
「今度は、勝たせてもらいますわ」
「やけに自信があるんだな。そんなに手応えがあったのか?」
「マーク式ですもの。消去法でも当たりますわ」
「それじゃあ訊くけど、英語の長文で、最後にあった五択の答えは?」
「そこは四に決まってます」
「問題文をよく読むんだったな。答えは、四と五だ。該当するものをすべて選べと書いてある。マイナス六点」
太田普律:二年S組。『舞姫』太田豊太郎の孫。優等生。ジャガイモとソーセージが食べられない。
李美友:二年S組。『山月記』李徴の孫。自信家。虎革や虎柄の物を身に着けると蕁麻疹が出る。
■土曜日の保健室
「先程は、ありがとうございました、クルー理事長」
「いいえ。お役に立ちましたか?」
「えぇ、それは、もう。やはり殿方は、筋肉の付きかたが違いますね。参考になりました」
「一肌脱ぎますとは言いましたけど、まさか、シャツを脱ぐように言われるとは」
*
「ハァ。どうして創造主は、六日も連続で働いたんでしょうね?」
「頑張りすぎですよね。五日働いて二日休めば良かったのに」
「こうなったら、このストレスを薄い本にして昇華するしかありません」
「大庭さん。よく言いますけど、その、薄い本って何なんですか?」
「……知りたいですか?」
「遠慮しておきます」
サンカル・クルー:理事長。『小公女』セーラ・クルーの孫。ムードメーカー。困っている人を放っておけない。
大庭よう子:養護教諭。『人間失格』大庭葉蔵の孫。残念美人。日頃の鬱憤や悩みを薄い本に描いて発散する。