非道の神です!!
「ねぇ、メリー」
「なぁに?」
どこか嬉しそうに答えるメリー。周りに咲いているどんな花よりも可愛く微笑む。
「私と一緒に来ない? ミーニャを探すなら私と一緒に......」
その言葉にメリーは何とも言えない表情を浮かべる。
そして、何かを少し考えた後にメリーは口を開いた。
「マナちゃんは、なんでそんな奴を探してるの?」
「......友達、いや、私の大切な人を助ける為かな」
「そうなんだ......マナちゃん。ちょっと来て?」
メリーに言われるままに後についていく。その時、どこからか風が吹いた。咲き乱れる花をゆっくりと揺らし、小さな花びらが風に乗ってどこかへと消えていった。
しばらくして、メリーは止まった。顔が見えないから、メリーが今何を思っているのか、何を考えているのかが分からない。
だけど、何となく感じたのは―――恐怖。
後ろから見たメリーの肩が小さく震えていたからだ。
「マナちゃん、わたしは復讐の為にその神を探してる」
「復讐の為?」
頭に浮かぶのは、『石化の呪い』。メリーが苦労してきた原因だ。
「わたしの大切なものを、全て奪ったあいつを殺すため」
「......」
「ねぇ、マナちゃん。わたし元々人間なんだ」
振り向きながらそう言ったメリーの顔は、どこか悲しそうだった。
「幸せだった。普通な家に生まれて、不自由なことは少しあったけど、普通の幸せを噛み締めてた。お父さんが居て、お母さんが居て、いつも一緒に遊んでくれるお姉ちゃんが居て......だけど、その全てが一瞬で壊れた」
メリーが何よりも辛かったことは、自身の呪いの事などでは無かった。メリーはミーニャに家族を壊されたのだろう。
メリーの心の苦しみの全てを理解できる訳じゃない。だけど、話をするだけで辛そうな顔を見せるメリーを見るだけで、自分のことのように胸が苦しくなる。
「マナちゃん。わたし本当は怖いの。平気で人間をおもちゃにするような事をするあいつが......」
私は今にも泣きそうなメリーの手を握る。私と同じぐらいの小さい手は、震えていた。
「大丈夫。大丈夫だから......」
根拠は無かった。だけどそう言うしかなかった。私がミーニャを倒せるか分からない。だけど、目の前のこの子を守ることぐらいはできる。
「ありがと、マナちゃん......少し楽になったかも」
「よかった」
その時、花の下から光が溢れだした。
花があってよく見えなかったけど、魔方陣のようなものがそこにはあった。
「この上に乗れば次の階に行くことができるよ」
「うん、じゃあ私は行くよ」
手を離して魔方陣に乗ろうとしたが、メリーが私の手を掴んだまま離してくれなかった。
「マナちゃん......わたし行くよ。一緒に行く」
まだその手は震えていた、だがメリーのその顔は覚悟が決まったように引き締まっていた。
「よし、一緒に行こうメリー」
「うん!!」
メリーと手を繋いだまま、私はその魔方陣の上へと移動した。
淡く弱い光を放っていた魔方陣は、爆発するように光輝き、その力を発動させた。
視界が見えない中、確かめるようにメリーの手をギュッと握ると、弱いながらもそれに答えてくれた。
視界が晴れ、ぼんやりと見えた部屋の景色は、一言で表せば沼地。ただし、ポコポコとなぜか沸騰しているように泡を出し続けている、ドス黒い紫色の沼。
そこに生えている木々は少し明るい紫色の葉をつけているが、実っている果実は、染めたように真っ青なリンゴのようなものだ。
「いかにも『毒』って場所だね」
「......うん」
メリーの返事が少し遅れて帰って来たのは、新しい場所に来た驚きからなのか、周囲の警戒をしていたからなのかは分からないけど、突如として数メートル先に出現したモンスターに私もメリーも気を取られていた。
「アぉあぉオおオ」
「......何、アレ」
声にならない奇声を上げ、私達の方へと走ってくる奇形の化け物。
人間の身体の頭の部分だけが、数え切れないほどの蛇の集合体で埋め尽くされ、まるで剥き出しの脳みそのような形をとっていた。
そして、その蠢く蛇の一匹が私達の方へと飛び出した所が見えたその時、何の前触れもなく突然にして現れたのは、顔だけで3メートルはある『大蛇』。
しかも、その大きく裂けた口を名一杯開けた状態で、私達を丸呑みにしようとしていた。
私は咄嗟に手を突き出し、能力を発動させる。
しかしここで、私の予想外の人物に攻撃の邪魔をされた。メリーが私を庇うように両手を広げて私と大蛇の間に割って入ったのだ。
私はすぐに能力の発動をやめ、目の前のメリーを横へと突き飛ばした。
そしてまた目の前に現れた大蛇の牙だけを掴み、飲み込まれないよう力を込める。
バキッ!!
力を込めた途端、大蛇の鋭い牙は根元の方からポッキリと折れた。そして、その痛みで大蛇が呻き、暴れている間に突き飛ばしたメリーの元へと向かう。
「メリー!! 大丈夫!?」
見たところ怪我は無かった。だけど......メリーの黄金の瞳は歪んでいた。
どこか虚空を睨め付け、殺気を振り撒く。まるで親の敵を見るように。
「メリー? どうしたの!?」
そう聞いてる間にも大蛇は復活し、あの化け物はまた何かをしようとしている。
だが、メリーはまた私の前で両手を広げる。
大蛇が怒り狂いながら、突進してくる。地面を削り、毒沼を飛び散らせながら。私は仕方なくメリーを抱え跳躍する。
私達の真下を大蛇が通りすぎ、そのままの勢いで壁にぶつかった。
そして、背後に何かを感じ、振り向くと......大口を開けた大蛇が飛びかかってきていた。
ちょうどその方向には、あの化け物が立っていた。
「くっ!」
空中で逃げる場所が無い。攻撃するしか道は残されていないこの状況で、メリーが私の腕を掴んだ。まるで、私の攻撃を邪魔するように......
「メリー!?」
仕方ない。この攻撃を回避する方法はまだ1つある。
「『突風』」
そう唱えた瞬間。真横から巨大ハンマーで殴られたような衝撃を感じ、吹っ飛んだ。
ダメージは受けるけど風魔法を私自身にぶつけて、何とか回避に成功した。
だが、自身のダメージよりもメリーのあの行動が気になった。
最初は、蛇の攻撃から私を守ってくれるためだと思っていた......だけど、本当は逆だった。
メリーは私の攻撃から蛇の化け物を守っていたのだ。
そんな事をメリーがした理由は、今のメリーの顔を見れば何となく分かった。
思いっきり歯を食い縛り、涙を流すメリー。何かがあるのは明らかだ。
「ねぇ、マナちゃん......わたしのお願い、聞いてくれる?」
「......うん」
私の返事を確認して、メリーは言った。
「わたしの、お姉ちゃんを......元に戻して」
メリーが向く視線の先に居たのは、奇形の化け物だった―――
 




