母の覚悟です!!
「神様......娘を助けて下さい」
そう願うことしか出来ない自分を呪う。
脳裏に浮かぶのは、いつも心配そうに話しかけてくれる二人の大切な娘の姿。
私を心配させないようにと、無理に笑顔を作って笑うような、心優しい娘達。
夜に心細くなって、私のベットに潜り込んでくる可愛いところも、そのベットの中で感じる二人の温かい体温も......今でも鮮明に覚えている。
そして、二人にとって私がどれ程大切なものかも分かってる。
「だから......こんなお母さんで、ごめんね」
1つの決意と共に、一筋の涙が静かに落ちた。
そして、その瞬間。
禍々しい闇が母親に問い掛けた。
『お前は何を代償に、力を求める?』
この世界での禁術。
『代償魔法』を発動させた瞬間だった。
自分の何かを代償にして、莫大な力を得る。ただし、力に似合わない代償は奪われるだけで帰ってこないという危険すぎる魔法。
だから、私は決めていた。
「記憶以外の私の全てをあげる......だから貴方の力を貸しなさい!!」
この心に、二人との幸せな記憶さえあれば、私は死んでも構わない!!
『......ほぅ、我に命令するとは面白い。いいだろう契約成立だ』
闇がそう告げた時には、手足を縛り付けていた拘束具も外れていた。
そして、頑丈に閉ざされていた扉も、嘘のように簡単にこじ開ける事が出来た。
「こんな事を言うのも変だけど......ありがとう」
『本当に面白い人間だ......我に礼など要らん、十分な見返りを貰っているからな』
「......そう」
『あぁ、それと。お前の探し物は、地下にあるぞ』
「意外と優しいのね」
『フッ、代償にみあった対価だ』
言われた通りに、地下に続く階段を落ちるようなスピードで下っていく。
広場へ着いたとき、耳に聞こえたのは呪詛にも似た叫び声。
「殺す!! 殺す殺す殺す!! 絶対に殺す!!」
セツナのその声に胸が張り裂けそうになるのを抑えて、声のする方へと全力で走る。
邪魔な扉を蹴り飛ばし、やっとのことでたどり着いたその場所は......すでに......
「あぁぁ...」
ピクリとも動かない二人。変われ果てたその姿に足の力が抜ける。
間に合わなかった......
絶望が質量を持ったかのように、体が重く、苦しく胸を痛め付ける。
私は、この子達を守れなかった......
神様......なぜ私をこんな母親にしたんですか......娘と一緒に遊ぶことも、笑うことも、怒ってあげることも出来ない体に......私は、二人と一緒に同じ時間を過ごしたかっただけなのに......
手作りの料理を食べて貰いたかった。リッカに近くで料理を教えてあげたかった。セツナと一緒に狩りに出掛けて褒めてあげたかった。二人が独り立ちした時には、泣きながら見送りたかった。力いっぱい抱き締めたかった......
思い出す後悔とは比べ物にならない程に、膨れ上がる殺意。
「全て、お前が奪った」
「や、やめろぉ」
もう、その目には涙は無かった。冷えきったその目がマッドを捉える。
そして、代償魔法で手に入れたその力でマッドの頭を粉砕した。原型が無いほど粉々に砕け、周囲を紅く染める。
だが......まだ止まらなかった。
「帰せ......私の娘を帰せ......」
マッドの顔があった場所を何度も何度も何度も殴り続ける。
そんな時、僅かに声が聞こえた。
「オカア...サン」
それは、機械が出したような音だった。
人ではない何かの声。だが、それが娘の声だとはっきり分かった。
「リッカ!!」
すぐに駆け寄り、拘束具を外す。そしてリッカに力強く抱きつく。もう離れないように、離さないようにと。
抱き締めた体は、人とは思えない程に冷たく、鉄のように固かった。
あの時と同じ温もりを感じることが出来なかった。
「ゴメン...ナサイ」
「......リッカ。お母さんこそ、ごめんね」
「セツナ...ハ?」
「......」
その質問に、私は答える事が出来なかった。いや、答えたくなかった。
なぜなら、目を背けたくなるほどに酷い状態だった。頭を切り開かれ、無理やり何かを捩じ込まれたような状態。
とても生きてるようには......思えなかった。
「ギリギリ10分......能力発動『リワインド』」
そんな声と共に小さな手が、セツナの体に触れた瞬間。逆再生のように肉体が戻っている。
そして、数秒後。
傷の無くなったセツナが静かに目を覚ました。
「これは......貴方達がやったの?」
影の方から現れた二人に、そう問いかける。
「これはミーの能力」
「......そうです」
ミーとリーの二人はそれぞれ答え、私と目を合わせないように目を伏せる。マッドの近くに居た二人は何かしら知っているのだろう。だけど責める気にはなれなかったし、責めている時間も無かった。
「セツナを助けてくれてありがとう」
「私達にそんな事、言われる資格なんてありません!!」
「それでも、ありがとう」
二人に近づき頭を撫でる。
この子達にも、何か理由があったのだろう。でなければ、こんなに目に涙を溜めて悲しそうな顔をしたりしないだろう。
「私の娘を、二人を......よろしくね」
「「......はい」」
そして、起きたセツナも抱き寄せる。
この温もりが最後になるのだと、何となく感じていた。少し変わった娘の体温。だけど、私にとってはそんな事どうでも良かった。
この温もりが、娘の温もりなのだから。
最後に、私の宝物。何より大切な娘達を抱き締めて最後の言葉を遺す。
必死に涙を堪えて、母親として最後の言葉を
「こんなダメなお母さんでごめんね。でも、お母さんは誰よりもリッカとセツナが大好きだよ」
二人を確かめるように、強く抱き締める。耐えられなくなった心が、涙となって溢れ出す。
「オカアサン...ダイスキ」
「セツナも、お母さん大好き」
その言葉だけで、全てが報われた気がした。
娘達の心の温もりを感じて、満足した。
心残りは、数え切れないほどある......だけど、仕方ない。
これほど、二人の娘が私を想ってくれている。
私は、世界一の幸せ者だ......
『確かに、代償は貰ったぞ......あぁ、うっかり首飾りを忘れてしまったが、まぁいいか』
その首飾りは、リッカとセツナが母親の病気が治るようにと、二人で手作りした木彫りの鳥だった。
遺された首飾りを宝物のように抱えて、涙を流す二人の姿がいつまでも続いた。
◇◆◇◆◇◆
「お母さん、今度は私達の大切な人達を連れてくるよ」
「楽しみに待っててね、お母さん」
色とりどりの花が咲き誇る丘を去っていく二人の背中を、カランカランと木彫りの鳥が嬉しそうに見送っていた。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
今回はリッカとセツナの過去の話を書いてみました。どうだったでしょうか?
次回からは本編に戻りますので、よろしくお願いします。




