田端幸司
「ただいま」
田端家の父、田端幸一は妻である美智子からのお使いを快く引き受け帰宅した。
今日は大晦日。中学2年の息子、浩司と妻美智子。家族3人での年越しとなる予定だ。
「買ってきたネギ、ここに置いとくぞ」
「ありがと。助かったわあ」
美智子が年越しソバのためにネギを買い忘れていたため、幸一が買い出しにいっていたわけである。
「幸司は戻ったか?」
「まだ帰ってきてないわよ。もしかしたら友達と初詣にいっちゃうんじゃないかしら?」
中学生の冬休み。この年頃にもなれば家族と過ごす年越しよりも友と過ごす年越しのほうに軍配が上がるのも無理はない。
幸一も美智子も分かってはいるが少し寂しい気持ちになる。
時刻が22:00を過ぎたころ、幸一はいらつきはじめる。
友達との年越しはいいだろう。だがこの時間まで家に何の連絡もないとはどういうことだ。新年早々説教はしたくないが、こればかりは仕方ない。帰ったらすぐさま説教だ。
だが幸司が家に帰ることはなく、田端家は二人で新年を迎えることとなった。
翌朝、まだ幸司が帰っていないことを確認した幸一は朝から不機嫌になった。
美智子は心配のほうが勝り、何人か知っている友達の自宅へ電話をかけてみようかと思っているが、新年早々所在確認の電話でよそ様へご迷惑をかけてしまうのではないかと躊躇っている。
幸司が戻らないことには家を空けるのもなんとなくだが嫌なので、幸司も美智子もまだ初詣にはいっていない。
この日の夜、いよいよ耐え切れなくなった美智子は知っている限りの幸司の友達の家に電話をかけて幸司を知らないか聞いて回ったが、美智子の期待している返事はどの家からも得られなかった。
「あなた、どこの家にもいないみたい。昨日も一緒にはいないって。」
「そうか。もう24時間以上いないことになるから警察へ相談しようか。」
この後、幸一は警察へ連絡し、詳しい説明をするため最寄りの警察署へ向かった。
万が一幸司が帰ってきた場合に備えて美智子は自宅に待機してもらった。
家に帰ったら幸司が帰ってきているかもしれない。警察にまでいったし、よそ様の家に新年早々迷惑な電話もしてしまった。そのときはげんこつの一発や二発はくれてやらねばならない。そうであってほしい。だが幸一が警察署から戻ったあとも自宅には美智子しかいなかった。
正月真っ只中の今、テレビをつければ皆笑顔だ。本来ならこの時間を家族3人で笑って過ごしていたはずなのに......。このころになると幸一の怒りもどこかえ消えてただただ心配になっていた。
無事に帰ってくれさえすればもうそれでよかった。
警察でも特にめぼしい情報は得られなかった。見つかればすぐに連絡を貰えることにはなっているが、見つかればの話だ。
昨日はあまり眠っていない。美智子も同じだろう。警察からいつ連絡がくるかもしれないし、浩司がひょっこり帰ってくる可能性もある。
「美智子。警察から連絡がくるかもしれなから交代で少し休憩しよう。お前今日もあまり寝てないだろ?先に休んでくれ」
そういって美智子を休ませた幸一はベランダに出てタバコに火をつけた。
このタバコは警察署からの帰り道に買ってきた。普段家ではタバコを吸わない幸一は職場にしかタバコを置いていない。美智子の妊娠以来自宅でタバコを吸ったことはなかった。美智子が禁止しているわけではなく幸一が自主的にそうしてきた。だからこのベランダに灰皿はなく、吸い終わったあと吸い殻をどうしたものか幸一は少し悩んで飲みかけの缶コーヒーの中へと捨てた。
翌朝1月2日のお昼には、美智子も幸一も疲れ切っていた。二人とも結局ほとんど眠っておらず、警察へいってからろくに食事もとっていなかった。田端家の電話が鳴り響いたのはそんな時だった。一人一台携帯電話を持つこの時代に、自宅に電話を持っている田端家は珍しいほうなのかもしれない。勢いよく電話を取った幸一の耳に届いてきた声は幸司でも警察でもなかった。
「はい!田端ですが。」
「あ、すみません。僕。幸司君の友達の目白といいます。同じクラスです。」
「目白、君。?あぁこんにちわ。幸司と一緒にいるのかな?」
「いえ。ええと。やっぱり幸司君は家にいないんでしょうか?」
「あぁ昨日からどこにいるかわからなくてね。今探しているところなんだ」
「そうですか。僕も幸司君がどこにいるかはわからないんですが、さっき友達から回ってきたサイトに幸司君にそっくりな人が映ってて、心配になって電話したんです。」
幸司と同じクラスだという目白君から聞いた話によると、浩司らしき少年の映像が配信されているサイトがあるのだという。幸一は会社で使用しているノートパソコンを引っ張り出し、すぐさまそのサイトを確認した。そしてそこに映っているのが自身の息子であることを確信した。
右上にある1:39というのがタイムリミットだというのを理解した時、全身に冷や水を浴びせたかのような感覚を覚えた。焦り、怒り、焦燥。
660万ってなんだ?そんな大金どうしろっていうんだ?例えあったとして、払うとして、どうやって払えばいい?どこに払えばいい?混乱した頭では理解がおいつかない。美智子は映像を確認してすぐ泣きわめいて話にならない。
まずは警察へ連絡だ。幸一は110番通報をしたが電話ですべてを伝えられるような内容ではなかった。泣き叫ぶ美智子を車へ押し込み、ノートパソコンを持ってそのまま警察署へと向かった。
警察署で一通りの説明をおえ、その場にいる田端夫婦と警察官含め皆が現状を理解するのにしばし時間がかかった。タイムリミットまですでに30分を切っている。幸一は美智子をなだめているが自身も気が気ではない。自然と発言にも熱が入ってくる。
「660万って、うちにそんな大金はありませんよ!だいたいななんなんですかこれは!イジメのレベルを超えてますよ!!1年働いたって稼げやしない!」
「落ち着いて下さい。田端さん。これはもうイジメとかそういったレベルではなく犯罪です。」
そんなやり取りを聞いていた美智子が思いついたことを口に出した。
「うちの…年収。あなたと私のパート代を合わせて去年660万だった……」
「そんなことは今関係ないだろ!」
幸一に怒鳴られ泣き出す美智子。幸一はすぐに謝罪するが、時間は刻刻と進みタイムリミットを迎える。
サイトに映し出されている幸司はパタリと倒れ、そのまま動かなくなった。
その後も映像は数分間続いていたが、やがて真っ暗になり途絶えた。
幸司が発見されたの1週間後。
郊外の工事現場に放置されていたところを朝出勤した作業員が発見した。
死因は一酸化炭素中毒とのことだった。
田端幸司 解放額660万 最終金額0円 一酸化炭素中毒により死亡。